佐緒里からの届け物
「ごめんね、二人共。会議が長引いちゃって」
匠君のお父さんはにこやかな笑顔を浮かべながら部屋に入ってきたので、私は立ち上がって「こんにちは」と挨拶をした。
匠君のお父さんはスーツ姿でとてもよく似合っている。
私の方を見て「こんにちは。よく来てくれたね!」と目尻を下げながら言うと、今度はじっと匠君の方を見た。
匠君は肩を落としながら匠君のお父さんに背を向け、写真を見ている。
どうやら匠君のお父さんが来たのに気付かないようだ。
「朱音ちゃん。匠はなんであんなにわかりやすいくらいに落ち込んでいるんだい?」
「えっと……実は去年の……」
私が説明しようとしたら、匠君が「父さんも知っていたんだよねっ!?」と慌てた声を上げて振り返り、匠君のお父さんの方へやって来る。
そして、手にしていた写真を匠君のお父さんへと掲げた。
「あっ、そのドレスの写真やっぱり見つけちゃったんだ。二人共、綺麗だよね。美智と朱音ちゃんに許可貰ってデータを秋香に貰ったんだよ。もしかして、知らなかったのかい? てっきりこういうイベントは知っていると思っていたんだけど」
「知らないよ……! 母さんには帰ってからじっくり聞くつもり。なんで俺を誘わないのかな? 朱音のドレスは俺が選んだのにさ」
「写真の話をする余裕があるということは、佐緒里ちゃんとの話し合いは上手くいったのかい?」
「上手くいくも何も俺達にはどうすることも出来ないよ。二人で手を取り合って進んで行くことだから。でも……」
匠君はそう言うと、口を閉ざしほんの少し眉を下げて視線を落とす。
そんな匠君を見ていた匠君のお父さんは、穏やかな笑みを浮かべると、手を伸ばして頭を撫でた。
「匠は優しいね。今日、僕の所に来たのは、竜崎家の件でしょ?」
「竜崎家のこと……?」
私が首を傾げれば、匠君のお父さんは私達を席へ座る様に促してくれた。
全員ソファに座ると、匠君のお父さんが口を開く。
「竜崎家の経営は匠が考えているように、家が没落するとかそういうレベルではないよ。勿論、新規事業が上手くいかなかったという、マイナス部分はあるけどね」
「そうか……」
匠君は、ほっと息を吐き出す。
匠君、竜崎家のことが心配で匠君のお父さんの所に来たのかぁ。
経営に関しては大丈夫って匠君が言っていたけど、やっぱり第三者にも大丈夫ってお墨付きを貰いたいのかもしれない。
経営の手腕がある匠君のお父さんならば、信頼もあるだろうし。
「今回の件はやっぱり佐緒里ちゃん達、二人の問題なんだよね。絶対に何か言ってくる人間っているだろうし。僕も秋香と付き合った時に、結構言われまくったから、気持ちはわかるよ」
「父さんも言われたの?」
紅茶に手を伸ばしていた匠君は目を大きく見開き、匠君のお父さんを見る。
すると、匠君のお父さんは苦笑いを浮かべた。
「秋香は高嶺の花中の高嶺の花である春ノ宮家の姫君だからね。姫君にあんなチャライ男は似合わないとか。パーティーで秋香といる時に直接言ってくる人もいたよ。秋香に向かって『君のために言っているんだ。その飄々とした頼りない男とは別れた方が良い』ってさ」
「母さんなんて言ったの?」
「私のためとおっしゃっていますが、ご自分の事しか考えていませんよね? 少なくとも私の事を本当に思って忠告して下さっているなら、こんなに人が大勢いる場所で私に恥をかかせるなんて事は致しませんわ。そっとお伝えして下さるはずです」
「……正論過ぎて何も言えない」
「でしょ? でもさ、続きの秋香の台詞がすごくかっこいいんだよ」
匠君のお父さんは懐かしそうな表情をしながら言葉を紡ぐ。
「私は自分が幸せになる未来を考えて光貴さんを伴侶に選びました。決断したのは私ですので、責任は自分でとります。それに光貴さんはとても頼りになる方です。彼の人柄は周りに集まっている人達が証明して下さっているはずですわって言ったんだよ。ますます好きになっちゃった」
「この流れで惚気か」
「この流れだから惚気だよ。秋香って基本的にはツンデレだから、あの時はちゃんとストレートに自分の言葉で言ってくれたのが嬉しくてさ。もう可愛くて可愛くて。つい抱き締めちゃった」
匠君のお父さんはそう言うと微笑んだ。
匠君のお父さんと匠君のお母さんが私達くらいの時に、どんな感じだったのか見てみたい。
きっと今と同じように素敵な人達なんだろうなぁと思った。
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竜崎さん達の件から数日後。
授業の終わった私が学校から自宅へと戻れば、リビングのテーブル上に私宛の宅配便があった。
ネットで注文などの心当たりが無かった上に、私に荷物が届くなんて滅多にない。
そのため、誰からだろう? と、首を傾げながら差出人を確認して驚く。
「竜崎さん……?」
私は目を大きく見開くと、箱を手に取る。
箱は国語辞典二冊分くらいの大きさで、ずしりとくるような重みはない。
全く中身に心当たりがなく、もしかしたら間違えでは? と頭に過ぎってしまう。
もう一度宛先を確認すれば、やっぱり私だ。
「開けてもいいのかな……?」
テーブルの上に一度降ろすと、私はラッピング用紙を剥がしていく。
中身は箱と白い封筒だった。
箱を開ければ、中にはビタミンカラーの薔薇やガーベラが敷き詰められていた。
どうやら吸水スポンジが箱の中にあって花を活けているみたい。
箱ごと飾れるタイプのものだった。
綺麗だなぁと花を少し眺めた後、私は封筒へと手を伸ばす。
封筒から便箋を取り出してさっと目を通せば、内容はこの間の謝罪とお礼だった。
どうやら、私と匠君が立ち去った後に彼氏さんに包み隠さず話したらしい。
お互いまだ高校生だから出来ることは限られているけど、二人でその都度話し合うことにしたそうだ。
まだ他の人に言われることがあるけど、ある程度気持ちの整理がついたのか、前みたいに大きな気持ちの下落はなくなり、少し落ち着いて物事を見られるようになったと書かれている。
迷惑をかけて申し訳なかったという謝罪の言葉と共に、お詫びとしてお花を届けてくれたみたい。
――一応、解決かな。良かった。
竜崎さんは方法を間違えてしまったけど、大切な人を守りたいと思っていた。
その件については気持ちがわかる。
私もいつかそんな人が出来るかな?
自分よりも大切な人が。
何故かふと頭に過ぎったのは、匠君の顔だった。
「どうして匠君が……?」
不思議には思ったけど、今は竜崎さんにお礼を伝える方が先だと判断。
私は鞄からスマホを取り出せば、スマホのランプが点滅している事に気づく。
どうやらメッセージが来ていたようだ。
アプリを起動してメッセージを読めば、匠君からだった。
画像も添付されているようだったので、すぐに開いて確認すればつい顔が緩んでしまう。
『シロの兄弟犬の飼い主が今度結婚するんだ。シロ同伴のガーデンウェディングに参加するから、シロの衣装を買ったよ』
と書かれた文字と共にシロちゃんの画像が。
シロちゃんは、ふかふかの真っ白い毛に映えるネイビーの上着とワイシャツに蝶ネクタイ姿。
とっても可愛らしい。
シロちゃんで和んでいると、メッセージの中に首を傾げる文字があった。
『ブロッコリートスもあるみたいだから、頑張って取ってくるよ!』と書かれている。
「ブロッコリートスってなに?」
首を傾げながらスマホで調べれば、ブーケトスの男性版のようなものらしい。
初めて知ったけど、貰ったブロッコリーってどうするんだろう?
食べても良いのかな?
疑問は湧いて出て来るけど、私は匠君にメッセージを送るために再びアプリを起動した。