二人で話し合うことだ
今日は竜崎さんとの話し合いの日。
私と匠君は竜崎さんが指定した老舗の洋菓子店が経営しているカフェに来ていた。
黒を基調とした箱型の建物内はモノトーンで統一され、カウンター席以外は全て個室となっていてゆっくりと寛ぐことが出来る造りだ。
私達は込み入った話があるため、個室に通して貰って竜崎さんを待っている。
制服で入るにはちょっと躊躇するくらいの店構えのため緊張していた。
外観もデザイン性が高いと思ったけど、室内も負けていない。
部屋は天井から星の様に輝くシャンデリアが下げられ、ガラステーブルや椅子などを照らしてくれていた。
椅子はテーブルを挟んで二脚ずつに分かれており、私と匠君は隣同士に座っている。
私達を囲む黒い壁には風景写真や人物の写真をコラージュしたものが額縁に嵌め込まれていた。
――どうしよう。緊張して怖くなってきちゃった。
私は少しでも落ち着くために腕を伸ばしてテーブル上にあるグラスを手にとる。
グラスには氷がたっぷり入ったレモネードが入っていて、レモンの輪切りがグラスに飾り付けられている。
私は手に取ると喉を潤す。
口内に広がるレモンの酸味がさっぱりとしていて美味しい。
――落ち着かないと。
断る予定だけれども、なんだか妙にそわそわしてくる。
私は竜崎さんのペースに巻き込まれることなく断ることが出来るのだろうか?
待ち合わせ場所が初めてのお店ということもあって、私の体がだんだん強張っていく。
徐々に追い込まれてしまっている心に、私は抗うように膝の上で添えていた手でスカートを握り締める。
すると、そっと私の手を大きくて温かなものが包んでいった。
それは匠君の手だった。
私は弾かれたように顔を隣へと向ければ、匠君が微笑んでいた。
「大丈夫だ。俺がいる。俺が朱音の事を守るから大丈夫」
「匠君……」
どうやら彼は私が緊張しているのを理解してくれているみたい。
自分のことで精いっぱいだった私と違って、匠君は私の事を気遣ってくれている。やっぱり、匠君は優しい。
匠君が優しく私の手を包み込んでくれているお蔭が、段々強張りが解けていく。
「ありがとう、匠君……」
私は空いているもう片方の手で私の手を包み込んでいる匠君の手に触れ、そっと匠君の手を持ちあげて両手で挟むようにすると、じっと彼の手を見詰めた。
私はこの手に何度助けて貰っただろうか。
ごつごつとした骨ばった手は、私の手なんてすっぽり包み込んでしまうくらいに大きい。
匠君の手に触れるとドキドキするけど、どこか落ち着く。
二つの相対する感情は不思議な気持ちだ。
――匠君の手、好きだな。
「え、あっ、あ、あか、朱音……?」
どうやら急に匠君の手を持って眺め出してしまった私に対して、彼は戸惑いの声を上げてしまったようだ。
「突然ごめんね」
私は匠君の手をそっと離す。
「好きだなって思ったの」
「す、すきっ!?」
匠君の顔が何故か一気に熟れたトマトのような色になってしまう。
「好きって本当に!?」
「うん。私、匠君の手好きだよ」
「……お、俺も……んっ? 手?」
私の言葉を聞き、匠君が首を傾げる。
かと思えば、じっと自分の手へ視線を向けた。
「手? 朱音が好きなのは俺の手?」
「うん。匠君の手に触れると落ち着くの。でも、ドキドキもして……不思議だよね。全く違うのに」
「朱音っ!」
がしっと匠君に手を掴まれ、私は目を大きく見開く。
どうしたんだろうか? 急に大声を出して。
「匠君……?」
「こういう時になんだけど……というか、こういう時だからこそ前回のようにタイミングで……あ」
匠君の言葉を遮るかのように部屋にノックの音が響いたので、私と匠君は一斉に扉の方へと顔を向けた。
もしかしたら、竜崎さんが来たのかもしれない。
私は心の中で気合を入れると、匠君へと顔を向けた。
「匠君。あのね、お願いがあるの」
「お願い? いいよ。朱音のお願いなら何でも」
「竜崎さんとお話をしている間、手を繋いで貰っていていい?」
匠君のお蔭で強張りが解けたけれども、空気が張りつめたりしたりすると、また固まってしまうかもしれない。
だから、匠君に力を貸して欲しかったのだ。
匠君は一瞬きょとんとした様子だったが、すぐに目尻を下げると大きく頷いた。
「勿論」
匠君は私の右手に触れると「いいか?」と尋ねてきたので、私は「大丈夫」と言った。
私の返事を聞き、匠君が入室を促したので扉が開かれる。
すると、店員さんと竜崎さんの姿が。
店員さんに促された彼女が部屋に入ると、一気に空気が変化したのを肌で感じる。
美智さんもそうだけれども、お嬢様っていうオーラを感じた。
「ごきげんよう、朱音さんと匠」
「呼び出して悪かったな。座ってくれ」
「えぇ」
竜崎さんは微笑むと、空いている席へと座った。
「悪いけど、ちょっと急ぎで連絡しなきゃいけないところあるんだ。佐緒里、何か飲み物でも注文したらどうだ?」
「あっ、じゃあ端末を……」
私は壁際に置いてあったメニュー用の端末へと手を伸ばすと竜崎さんへと差し出す。
すると、彼女は「ありがとう」と言いながら微笑んだ。
その間、匠君はスマホを操作している。
急ぎって言っていたので、てっきり電話かなぁと思っていたけど、メッセージアプリを使っていたらしい。
連絡を終えた匠君は、スマホをテーブルの上に置くと、竜崎さんの方へと顔を向ける。
真っ直ぐ見つめた匠君を見て、私は姿勢を正すと唇を開く。
「あの……公園でお願いされた件ですが、お断りさせて頂きます」
「あら? どうして? 露木さんにとっても匠にとってもメリットがあると思うのに」
竜崎さんは顔色一つ変えずに答えた。
「俺と朱音の二人で話をして決めたんだ。そもそも俺と朱音は佐緒里の件には、全く関係がない事だろ。佐緒里とは以前付き合っていたが、俺には朱音がいる。朱音が一番大事なんだ。それに、こういう大事な話を佐緒里の彼氏は知っているのか? 俺が彼の立場なら傷つくよりも先に怒りが湧くぞ」
匠君の言葉に対して、竜崎さんの表情が固まってしまう。
やっぱり彼氏さんの事が大切だから、彼氏さんの話を出されると弱いのかも。
「佐緒里が話をするのは俺達じゃない。それは――」
匠君の言葉を遮るかのように、部屋をノックする音が届く。
匠君はすぐに返事をすれば、扉が開かれ現れたのは一人の少年だった。
十倉の制服を纏っていて、真面目な好青年という雰囲気だ。
眼鏡をかけていて、優しげなタレ目が印象的な少年。
彼は、私達の方を見ると軽く会釈をする。
誰かな? と首を傾げていると、「匠!」という竜崎さんの怒りを含んだ声がぶつかってくる。
匠君はそんな竜崎さんを気にする素振りもなく、現れた少年に席に促すように告げた。
彼は竜崎さんの隣に座ったんだけれども、竜崎さんは顔を真っ青にして体を戦慄かせている。
うっすらと涙目になり、今にも大きな瞳から涙が溢れそうだ。
そんな竜崎さんを見て、私は彼の正体に気づく。
――竜崎さんの彼氏さん!
「五王様。お電話いただき、ありがとうございました。この度はご迷惑をお掛けして申し訳ありません」
深々と頭を下げた竜崎さんの彼氏さん。
彼の気持ちを考えるといたたまれない。
竜崎さんも事情があったのかもしれないけれども……
「佐緒里」
眉を下げた彼氏さんが隣にいる竜崎さんに声をかければ、彼女の瞳から涙が零れ出す。
今までの様子が嘘のように、今の彼女は儚い。
私が竜崎さんの立場ならば、知られたくない事実だ。
だから、彼女の気持ちを察するのは容易かった。
「佐緒里。君が話をするのは俺達じゃない。彼だ。これから先ずっと一緒に居たいなら、なおさら話をしなければならないだろう。順風満帆な事ばかり起きるわけじゃない。二人で乗り越えなければならない事も起こる。俺は朱音とならば乗り越えて行ける。佐緒里は違うのか?」
匠君の言葉に対して、彼氏さんが竜崎さんの肩に手を添え、「佐緒里。僕もそう思っているから。佐緒里が不安な事とか話して欲しい」そう優しく彼女に言った。
これをきっかけに静かに泣いていた竜崎さんだったけど、両手で顔を覆うと嗚咽まじりで泣いてしまう。
彼女が背負っているものは私にはわからない。
でも、竜崎さんの痛々しい様子を見て、私はきっと想像も出来ないようなプレッシャーの中で生きているんだなと思った。
「朱音。俺達は席を外そう。俺達が口を出すべき案件じゃない。佐緒里達が二人で乗り越えなければならないことだ」
「……うん」
私は頷くと匠君に促されて立ち上がった。
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竜崎さん達をお店に残して、私達はそのまま帰宅ではなく、大きな企業の高層ビルが立ち並ぶオフィス街に来ていた。
匠君に立ち寄りたいところがあるからと誘われたのが、ここ――五王の本社。
最上階にある社長室。つまり、匠君のお父さんのお仕事場にいる。
――社長室って初めて入ったかも。
ソファに座りながら私は忙しなく視線を動かしていた。
家が丸ごと一棟入りそうなくらいに広々とした室内は、ふかふかの絨毯が敷かれ、壁一面が本棚になっている。
本棚には、日本語・外国語問わず難しそうな本が収納されていた。
家具類は重厚で上質なものだと一目でわかるような代物で、仕事用の一枚板で作られた執務机やソファなどが設置されている。
「匠君のお父さん、毎日ここでお仕事しているのかぁ……すごいなぁ……」
私がぽつりと呟いた瞬間。
「朱音っ!」という匠君の叫び声が奥から聞こえてきたので、私は何事かと思って彼がいる方へと体を向ける。
匠君はさっきまで私の隣に座っていたんだけど、本棚の方へと本を見に行っていたのだ。
どうしたんだろう? と首を傾げながら匠君を見詰めた。
匠君は本棚へ背を向けるようにして私の方を見ながら、目を極限まで見開いてこちらを見ている。
彼の手には写真立てが。
「ちょっと待って。ちょっと待って。ねぇ! 家族写真と並んでこの写真があったんだけどっ!?」
早口でまくしたてるように言いながら、匠君が私の元へとやって来た。
「写真……?」
「これ!」
匠君が差し出したのを見て、私は「あぁ」と声を上げる。
それは、私と美智さんがウェディングドレスを着ている写真だった。
髪もメイクもして貰い、手にはブーケを持っている。
――去年の写真だ。懐かしいなぁ。
去年の六月に美智さんと五王家で遊んでいると、匠君のお母さんから「結婚式場に行ってみない?」と誘われた。
匠君のお母さんのお友達がブライダル会社を経営しているようで、新しいお店を見に来てね! って言われていたそうだ。
会場に着いたら、「会場限定のオリジナルドレスを試着してみない? 感想を聞きたいわ」と誘われることに。
そんな経緯があって、私と美智さんはドレスを着たのだ。
「なんでウェディングドレス着ているわけ? しかも、朱音の隣にいるのが俺じゃなくて美智だし! なんで? ねぇ、俺、聞いてない」
「去年、匠君のお母さんに誘われたの」
「母さんが関係しているのっ!? なんで俺に声をかけなかったんだ……」
匠君がため息交じりの言葉を発して、ガクリと肩を落とした時だった。
部屋の扉が開く音が聞こえて来たのは。
顔を扉の方へと向ければ、そこには穏やかに微笑んでいる匠君のお父さんの姿があった。




