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海、行こうぜ

「わぁ! 可愛い。匠君の親戚の子かな?」

 突然目の前に現れた五歳児を見て、朱音が顔を緩めながら屈み込むと俺の従弟であるレオンを見詰めた。

 レオンは今この瞬間に朱音に気付いたようで、僅かにグリーンが入った大きな瞳をぱちぱちと数回瞬きをしたが、すぐに歯を見せて笑う。


 レオンが動くたびに色素の薄いサラサラの短めの髪がふわりと風に揺れる。

 子供らしいふっくらとした頬は毎回触りたくなるが、触るとブチキレるため触れることが出来ず。

 見た目は天使のように愛らしいレオンだが、性格は俺様気質。


「おれはレオン。匠と遊んでやるために、アメリカから来てやったんだっ!」

「逆だろ、逆。俺がいつも遊んでやっているんだろうが。うちに来る予定は来週だったはずだろ。ミレイとカノンも一緒か?」

 おそらくシッターか誰か大人と来たはずだ。

 両親は来てないだろう。


 渚叔母様がいるなら、一緒に玄関まで迎えに来て熱烈な出迎えをされるだろうし。

 叔父さんは多忙で日本には一年に一度くらいしか来日しないから、突然の訪問は不可能。


 ちなみに、ミレイはレオンの双子の妹。カノンはレオンの兄で俺と同じ年の男だ。


「俺だけ先に来た。匠が俺と早く遊びたいだろうと思ってな」

「レオンが俺と遊びたいんだろ」

「匠だろ!」

 レオンは真っ赤になりながら子犬の様に高い声音で叫ぶと、俺の足にしがみ付き左右に揺らす。

 普段は口が達者だけれども、こういう態度を見るとやっぱり子供だなぁと思う。


 なぜこんなに懐かれているのかわからないが、美智のことは「美智ねーちゃん」と呼んで俺と態度が全く違う。

 叱り方などの関係もあるのかもしれない。以前、風神雷神を見た時には、「怒った時の美智ねーちゃんだ」と言っていたから。

 俺やカノンが怒ってもあまり効果がないが、美智なら一発でおとなしくなる。


「朱音、紹介するよ。ちょっと俺様気質な俺の従弟・レオン。父さんの妹……渚叔母様の子供で、今アメリカに住んでいるんだ。レオンの父親はもしかしたら朱音も見たことがあるかもしれない」

「私も?」

「この間、日本の漫画がハリウッドで実写化されるのが発表になったのを知っている?」

「もしかして、SFサバイバル系の……?」

「そう。その主役がレオン達の父親ジャスティン」

「えっ!?」

 朱音は驚愕の声を上げると目を大きく見開き、レオンへと再び視線を向ける。


「匠、なんでうちに遊びに来ないんだよ。うちに来いって電話で誘ってやっているのに」

「俺も色々と忙しいんだよ。というか、ちょっと落ち着け。後で遊んでやるから」

 未だに足に抱き付かれて前後に揺さぶられてしまっているので、レオンを落ち着かせることに。

 俺の口から出た遊んでやるという台詞を聞き、レオンはやっと身を離す。


「ごめん、朱音。ちょっと騒がしくなるかも。レオン、こんな感じで遊べよコールを連発するから」

 朱音は今晩うちに泊ることになっている。

 朱音の両親がいないし、この状況で朱音を一人にはしたくないからだ。


「匠君とレオン君は年が離れた従弟なんだね。可愛いなぁ」

「レオンの兄であるカノンとは同じ年だよ。レオンには双子の妹・ミレイがいるんだ」

「双子なんだね、レオン君は。レオン君、いま何歳?」

「来年六歳になるんだぞっ!」

 レオンはそう高らかに宣言すると、朱音の前に立つ。


「匠の彼女か?」

 彼女。なんて良い響きなのだろうか。


「匠君の友達だよ。初めまして、レオン君。私、露木朱音っていうの。よろしくね。今晩、五王家でお世話になるんだ」

「俺はレオンだ。朱音か。よし、覚えたぞ! 朱音、俺が一緒に遊んでやる。来い」

 レオンは朱音の手を両手でつかむと、引っ張った。


「レオン、朱音は疲れているから駄目だって」

「あっ……匠君。私なら大丈夫だよ」

「ほら、朱音も俺と遊びたいって。サンタさんがくれたプレゼントを持って来たんだ。特別に朱音にも貸してやるよ」

「ありがとう」

 俺様気質なのにサンタを信じているのが可愛い。


 以前、サンタが車に乗っているCMを見て、「匠。どうしてサンタが車に乗っているんだ? トナカイは疲れて休んでいるのか」と聞かれたなぁと思いだす。


 ――俺様だけれども、可愛い所もあるんだよな。


「朱音じゃなくて、朱音お姉ちゃんだろ」

 俺は溜息を吐き出すと、靴を脱いだ。






 +

 +

 +




「……仲良くなるのがほんと早いな」

 俺の呟きがリビングに広がっていく。

 クーラーで快適な温度に保たれている室内には、俺と春ノ宮の祖父、それから母がテーブルでお茶を飲みながら朱音とレオンを見守っていた。


 レオンと朱音はテーブルから少し離れた所にいる。

 レオンが人見知りしないタイプということもあってか、朱音とレオンはあっという間に距離を縮めて仲良くなった。


 朱音を独占されての寂しさなのか、それともあんなに俺に懐いていたレオンが俺を放置して朱音に懐いたからなのか、それともどちらも含んでいるのか。

 俺は寂しさを感じてしまい、シロを抱きしめている。

 もふもふとしたシロの毛が落ち着く。


「朱音はこの絵本が好きなのかー」

 朱音の膝の上にレオンが座り、父が描いたあの絵本を読んでいる。

 レオンは今まで全くあの絵本に興味を持ったことが無かったのに、今日は珍しくちゃんと瞳で追っていた。

 父が見たらきっと喜ぶだろう。


「うん。すごく大好きなの。この絵本のお蔭で匠君や美智さん達と出会えたんだよ」

 朱音がはにかんだのが可愛い。


「朱音、美智ねーちゃんとも友達なのか?」

「うん。美智さん大好き」

「じゃあ、匠は?」

「匠君も大好きだよ」

 今の朱音の大好きという台詞を録音してリピートしたい。

 スマホにボイスレコーダーのアプリがあったのを起動させておけばよかった。


 レオンと接している時の朱音はとても穏やかなので、もしかしたら子供が好きなのかもしれない。


 ――将来、朱音との子供が欲しいな。


 俺の頭の中には数年後の未来が浮かんでしまったため、顔がにやけていくのが抑えきれず。

 絶対に可愛い。俺と朱音の子!


「朱音。俺と海で遊ぼう! 俺、泳げるんだぜ。特別に泳ぎ教えてやる」

「海……ごめんね……水着を持ってきてないんだ」

「えー、朱音行こう! 海、行こうよ」

 レオンは膝の上から降りると朱音の肩にしがみ付き、前後に揺らし始める。


「レオン、駄目よ。朱音ちゃんを困らせては」

 母が止めに入るが、レオンは一切引かず。


「俺、朱音と海に行きたい。水着がないなら買おうよ。匠、朱音の水着を買って」

「み、水着っ!?」

 ちょっと待て。よくよく考えてみれば、海で泳ぐということは水着になるってことだ。

 ……ということは、朱音の水着姿が見られるってことじゃないか!


 朱音の水着姿がみられるのならば、何着でも買うに決まっている。

 だが、ここで俺が朱音に水着を買いに行こうと誘ったら下心が丸見えだ。

 いや、朱音の水着を見たいのは事実だが。



 どうしたらいいんだ!? こんな時に美智が居れば……



 美智は朱音のいとこ達に大人気だったため、俺と朱音だけ先に戻って来たのだ。

 祖父は村長さん達と食事などの予定があるらしく、美智とはまた別で帰宅する予定となっている。


「ただいま戻りました」

 悶々としているとタイミング良く扉が開き、女神の声が届く。


「美智! 良く帰って来てくれた」

 立ち上がって美智の傍に駆け寄れば、訝しげに眉を顰められてしまう。


「なんですの? お兄様」

「朱音の水着なんだ。水着なんだよ!」

「落ち着いて順を追って説明して下さいませ」

 レオンが海に連れて行けコールを朱音にした事などを説明すれば、美智はやっと納得してくれたようだ。

 俺の横を通り過ぎてレオンと朱音の傍に座れば、朱音が美智に向かって微笑む。


「美智さん、今日はありがとうございました」

「いいえ、朱音さんのためですもの。朱音さんと一緒に居られるのが嬉しいです。

 今日はおしゃべりしながら一緒に寝ましょうね」

「はい!」

「俺も朱音と寝る」

 レオンも名乗り上げたため、俺もと続けたかったが勇気がなかった。

 きっとシロも今日は朱音達と寝るだろう。

 一人で寝るのが寂しかったので、俺は美智の方へ行こうとしているミケに声を掛け、「一緒に寝ような」と告げれば、ミケが仕方ないなという顔をする。


「美智ねーちゃんも海に行こうぜ。美智ねーちゃんは水着を持っているのか?」

「えぇ、持っているわ」

 美智は朱音の方を見ると唇を開く。


「朱音さん、レオンがご迷惑をかけてすみません。海に行く件、もし朱音さんさえ良ければ一緒に行きませんか? 勿論、朱音さんの勉強が一番です」

「海、私も行きたいです」

「水着の件でしたらご心配なく。お兄様がおりますので」

「あの……水着でしたら、自分で買います……それか、うちに寄って頂ければ……」

「じゃあ、決まりだな! 朱音の家に寄って海に行こうぜ。あっ、美智ねーちゃん。俺と朱音の写真を撮ってくれ。カノン兄ちゃんとミレイに自慢するんだ。日本で友達が出来たって」

「「え」」

 俺と美智の声が綺麗に重なってしまう。

 それはカノンの名が出てしまったからだ。


 俺が美智の方を見れば、美智も俺の方を見たようで瞳同士がぶつかり合った。

 きっと考えていることは一緒だろう。カノンはマズくないか? って。


 カノンの好みの女性が料理とお菓子作りが上手な大和撫子タイプ。

 落ち着いていて控えめな子が好きなようで、朱音がぴったりと当てはまる。


 ――あいつ、先月彼女と別れたって言っていたよな!? 写真送ったら興味持ってプライベートジェット飛ばして来そうな気がする。


 俺はテーブルの上に置いておいたスマホを手にすると、SNSアプリを起動してカノンのアカウントを開く。

 俺はやっていないが、カノンは写真を掲載させているアプリを使っているさ。


 カノンの奴、今はどこにいるんだ? 時差は……


「お兄様、カノン兄様は今どこに?」

「昨日SNSにあげられたのを見ると、友達複数人とリゾート地でクルージング。連泊するみたいだ」

 ディスプレイに映し出されているのは、水着姿の複数人の男女が船上で盛り上がっている様子。

 海外ドラマのワンシーンみたいだ。


 カノンもカノンの友達もパーティー大好きなタイプ。その反動か、カノンは大和撫子タイプが好みらしい。


「予定があるようですのね。でしたら、プライベートジェットで来るのは無理ですわ」

「やっぱりお前も思ったのか。俺も思った」

 俺と美智はほっと安堵の息を漏らす。


「匠、早く海に行こうぜ。俺、かき氷食いたい。朱音、かき氷は何味が好き? 俺、いちご」

「私もいちごかな」

「一緒だな!」

「いいですわね。海でかき氷。私は焼きそば食べたいです」

 俺は食べ物よりも朱音の水着姿の方が気になって仕方がなかった。







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