第十一話
水晶のように透明で、静謐な美しさを誇る聖天宮に戻ったロシーヌとルーセムは、璞玉を失い倒れかかっていた翼人の少女を共に連れ帰り別棟で休ませた。
聖天宮には、数日前にロシーヌが目を覚ました場所である祭壇の間のほかに居住空間が別棟として建てられており、こちらは大理石によく似た滑らかな石で造られていた。
「ルーセム、璞玉とはなんですか。それがないために彼女は具合が悪いのですね」
寝台で辛そうに眼を閉じている少女を心配そうに見下ろすロシーヌが問うと、小間使いに何やら指示を出していたルーセムが振り返って歩み寄ってきた。
「璞玉とは、我ら翼人の命とも言えるもの。そして、それは地上に降りることでしか得ることができないのだ」
ルーセムが白い手を己の胸に当てる仕草をしてみせた。どうやら璞玉とは、翼人の体に宿るものらしいことがロシーヌにも理解できた。
「地上に? では……その地上に降りることができずにいる彼女には、魂の器となる存在がいないのですね」
幼いころから察しの良いロシーヌは、何とはなしに事態を把握することに長けていた。天空界という異界に来た今も、普通ならば、地上に住む人間にとっては未知の物である璞玉を理解することすら難しいのだが。
穢れなく美しい心根の持ち主であるということのほかに、柔軟な思考力を持つロシーヌだからこそ、ダニエルの魂の器に選ばれたのであろう。
横たわった少女が呻き声を上げると、ロシーヌは少し焦りを含んだ口調で言った。
「地上に降りることができれば、回復するのですか」
「そうだ。大地の力を璞玉に蓄え、翼人はこの天空界で生きている。お前たちの世界で言う食事と同じと思っていいだろう」
「では、地上に降りるために――彼女に束の間その体を貸すことができる人間を探せばよいのですね」
わかりました、と、頷いた曇りのないロシーヌの瞳は、人ならざるルーセムの金色の双眸をまっすぐに捉えていた。
その強いまなざしに思わず気圧されたルーセムが一瞬言葉を失ったところに、白金の髪の美少女は威厳ある主の風格さえも垣間見せて告げた。
「聖天使・ダニエルに、私の体を返すよう取り次ぎなさい」
ロシーヌはゆっくりと立ち上がった。
「地上へ戻ります」