表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
23/101

鉄騎兵攻略

「始まったねェ」

孫二娘が、鍋を混ぜながら笑う。

「今度は“アタイが戦に出たはずなのに、全然目立たなかった回”だったんだって?」

顧大嫂が酒を煽った。

「そうだったねぇ」

「そうだったねぇ、じゃないよォ!!」

孫二娘が机を叩く。

「出たんだよ!?」

「アタイ、ちゃんと戦に出たんだよ!?」

「なのに連環馬だの鉤鎌槍だのに全部持って行かれたんだよォ!!」

幕舎の外から、すぐ声が飛ぶ。

「仕方ないでしょ!!」

孫二娘が吹き出した。

「出たよォ!!」

「本人が仕方ないで片付けた!!」

「だって仕方ないのよ!!」

また外から返って来る。

「連環馬よ!?」

「鉄の塊よ!?」

「馬が繋がって突っ込んで来るのよ!?」

「そりゃ目立つでしょ!!」

顧大嫂が肩を揺らした。

「確かに、相手が悪かったねぇ」

「悪過ぎるよォ!!」

孫二娘が鍋を混ぜる手を止める。

「初参加で相手が連環馬って何だい!!」

「もう少し普通の敵で良かっただろ!!」

「普通の敵って何よ!!」

笑い声が広がる。

鍋の煮える音だけが、静かに続いていた。

アタシは思わず額を押さえる。

「でも、ちゃんと居たでしょ」

「居たよォ!!」

孫二娘が即答する。

「居たけど、読んでる側は多分忘れるんだよォ!!」

「忘れないわよ!!」

「いや、忘れるねェ!!」

「連環馬が沈んだり崩れたりしてる横で、アタシ何してたんだい!?」

顧大嫂が酒を飲みながら笑った。

「生きてたんだろ」

「大事だけど地味だねェ!!」

「戦場じゃ一番大事よ」

アタシが言うと、孫二娘は少しだけ黙った。

鍋の湯気が揺れる。

湿った風が、静かに吹き抜けた。

「……まあねェ」

孫二娘が、小さく鼻を鳴らす。

「生きて帰って来なきゃ、次の出番も無いからねェ」

顧大嫂が頷いた。

「そういう事さ」

「派手に斬るだけが戦じゃない」

「分かってるよォ」

孫二娘は、少し拗ねたように鍋を混ぜ直した。

「でも、もう少し目立ちたかったんだよォ」

「次があるわよ」

外から返すと、孫二娘がすぐ笑った。

「その次って、またもっと酷い戦じゃないだろうねェ?」

一瞬、誰も答えなかった。

鍋の音だけが続く。

顧大嫂が、ゆっくり酒を置く。

「……童貫だろ?」

空気が少し変わった。

アタシも、火を見る。

呼延灼の連環馬は崩した。

青州も落ちた。

でも、それで終わりじゃなかった。

官軍は、また動く。

今度は童貫。

梁山泊を討つ為に、さらに大きな軍が来る。

孫二娘も、今度は笑わなかった。

「やれやれ」

低く呟く。

「初参加が終わったと思ったら、次は大軍かい」

顧大嫂が肩をすくめた。

「梁山泊らしいねぇ」

「嫌な“らしさ”ね」

アタシは小さく息を吐く。

戦は終わらない。

一つ勝っても、次が来る。

誰かが加わり、誰かが傷つき、誰かがまた前へ出る。

夜は、何も答えない。

孫二娘の初めての戦が、目立ったのかどうかも。

童貫軍をどう迎えるのかも。

まだ何一つ分からない。

だけど――

生きて帰って来た。

それだけは、確かだった。

夜は、何も答えない。

ただ静かなまま――

初めて戦場へ出て少しだけ拗ねている孫二娘と、また次の戦へ向かおうとしているアタシ達だけを――

湿った風の中へ、静かに残しているみたいだった。

前に出て、左から切り込む。

隊列が崩れるはずの位置に入る。

だが、崩れない。

押している手応えはある。

それでも、流れがこちらに来ない。

前回と同じように、水際を見る。

寄せる位置を測る。

だが、相手が乗ってこない。

隊列が割れる。

連なっていた騎兵が、そこで切れる。

隙が、生まれない。

押し込めば、その分だけ引く。

引いた分だけ、別の隊列が前に出る。

流れを逃がされている。

違う。

同じ形じゃない。

前に出ると、奥に一つだけ動きの違う影があった。

アタシに向かってきた。

いきなり左右から、鉄鞭が下りてくる。

受ける。

鈍い衝撃が、抜けない。

弾く。

流れない。

止まる。

間に入り、合わせる。

合っているはずの位置で、噛み合わない。

拍が、取れない。

踏み込む。

詰める。

それでも、崩れない。

押せば押すほど、芯が残る。

刃が滑らない。

衝撃だけが残り、流れが切れない。

……呼延灼か。

もう一打、来る。

受ける前に流して、かわす。

距離を取るため、引くふりをした。

追ってくる。

だが、深くは追ってこない。

そこで止まる。

隊列の中へ戻っていた。

崩させない位置に、最初からいる。

前を見る。

連環馬は、まだ整然としている。

水際には寄せられない。

同じ手は、通らない。

アタシは馬を返す。

ここじゃない。

落とし切れない。

しかし、戦は止まっていない。

馬首を返し、押し込まれている流れの外へ出る。

完全には離れない。

二歩下がり、押し返す力を抜く。

相手の前列が出てきて、追ってくる。

そのまま、視線を横へ流す。

草が深い。

低く、広く、視界を切る。

藪がその先にある。

間が狭く、広がれない。

連なったまま、入るしかない。

速度は落とさず、そのまま奥へ。

音が変わり、蹄が沈む。

葉が擦れ、隊列が詰まる。

揃っていない。

間が、合っていない。

後ろが詰まっても、連なりはそのまま。

でも、動きが死んだ。

ここだ――

アタシは手綱を引き、振り返る。

「今よ」

藪の中から味方が、鉤鎌槍で馬の脚に引っ掛ける。

一頭が崩れると、隣が引かれる。

鎖が張り、列が傾く。

隊列が崩れていった。


青州の城門が落ちる。

城内の音が変わる。

押し合っていた流れが、ほどけ、雪崩れ込む。

叫び声がこだまする。

アタシは馬を止める。

城門は開いている。

行ける。

だが、行くのを躊躇う。

ここから先は、違う。

「アタシは……」

小さく呟いた。

手綱を引く。

隣に、気配がある。

玉楼がいた。

「行っても良いのよ……」

「いえ、私の役目は扈三娘様をお守りする事です。」

玉楼は、そのまま黙ってしまった。

隣にいてくれるだけで、心が落ち着く……


梁山泊に帰還する。

人の動きがあちらこちらに見える。

だが、まだ整っていない。

各隊が戻ってくる。一つ、また一つ。

声は少ない。

顔を見る。

欠けていないかを見る。

揃っているのを確認する。

それで、やっと落ち着ける。

「戻ってこれたわね……」

静かに呟く。

やがて、声が上がり、宴が始まる。

盃が回る。音が重なる。

アタシは席に着く。

玉楼が隣にいる。

盃を受け、口に運ぶ。

味が何もしない。

周りは笑っている。

「入りませんでしたね」

玉楼が言う。

アタシはすぐに返さない。

一拍、置く。

「必要がなかっただけよ」

少し間が空く。

「それで、良かったのですか」

アタシは盃を見る。

「あれじゃ、偉そうな事を言ってても、その辺の山賊と変わらないじゃない……」

それだけ答えた。

玉楼は頷かない。

それ以上も聞かない。

アタシは静かに玉楼を見つめていた。


席を立ち、盃を置いた。

玉楼も立つ。

そのまま、外へ出ると廊下は静かだった。

宴の音を、後ろに残しながら歩く。

足音だけが続く。

前から、人が来る。

一人。

止まらない。

そのまま、すれ違う。

重い。

足運びが、ぶれていない。

目は合わせない。

だが、分かる。

あの時の動きだ。

振り返らず、そのまま歩く。

玉楼は黙ったまま。

それでいい。


廊下を抜ける。

音が遠くなる。

外に出る。

夜は静かだ。

さっきまでの騒ぎが、嘘みたいに消える。

風が通る。

アタシは止まる。

玉楼も隣で止まる。

少しだけ、間が空く。

「今日は、終わりですね」

玉楼が言う。

アタシは空を見る。

「そうね」

短く返す。

それ以上は続かない。

夜は動かない。

だが、止まってはいない。

アタシは歩き出す。

玉楼がついてくる。

そのまま、奥へ進む。


部屋に向かって歩く。

足音が揃う。

隣に、気配がある。

いつもと変わらない。

――玉楼は覚えている。

小さい頃の扈三娘を。

人前では、弱音を吐かなかった。

背を伸ばし、誰よりも先に立っていた。

それでも、二人きりになると、袖を引いた。

今も、変わらない。

少しだけ、間が空く。

「……玉楼って」

前を向いたまま、言う。

「姉みたいなものよね」

玉楼はすぐに返さない。

「恐れ多いお言葉です」

静かに返る。

アタシは小さく息を吐く。

「そういう意味じゃないわよ」

それだけ言う。

また、足音が揃う。


次の日。

林冲が部屋を訪ねてきた。

玉楼が扉を開ける。

そのまま通す。

林冲は中に入る。

少しの間の後、アタシを見る。

「見ていた」

アタシは小さく頷く。

「そう」

林冲は何も言わなかった。

もう一度だけ、こちらを見る。

「無理に入る必要はない」

アタシは間を置く。

「わかったわ」

それで終わった。

林冲はそのまま出ていく。

扉が閉まる。


扉の外に気配がある。

玉楼が一歩前に出る。

扉を開けると、使いが立っていた。

短く言葉が交わされる。

声は拾わなかった。

わずかな間。

外の空気が入り込む。

玉楼が扉を閉め、こちらに戻る。

「晁蓋様がお呼びです」

少しだけ、間が空く。

アタシは玉楼を見る。

「行きましょ」

玉楼は小さく頷く。

アタシが立つと、玉楼も動く。

そのまま部屋を出た。


聚義庁に入る。

頭領たちが顔を並べている。

誰も無駄口を叩かない。

アタシはそのまま前に出る。

玉楼は一歩後ろで止まる。

晁蓋が座している。

視線だけが動く。

場が整う。

しばらくの間の後、一人の男が前に進み出る。

旅装のまま、土と埃をまとっている。

膝をつき、息を整える。

「報せに参りました」

晁蓋は頷き、先を促す。

「官軍が動いております」

誰もすぐには口を開かない。

「総大将は、童貫」

その名が出ると、場の空気が変わる。

アタシは動かない。

アタシは玉楼の顔を見る。

その視線は、動かない。

李逵の方を、外さない。

誰かが、ほんの少し場所を空ける。

声はない。

アタシはそのまま立っている……


聚義庁を出る。

廊下に出ると、流れがある。

人が行き交う。

短い指示だけが飛ぶ。

アタシは歩く。

玉楼が隣にいる。

足音が揃う。

しばらくして、前を向いたまま言う。

「李逵を見てたわね」

玉楼は間を置かない。

「はい」

アタシはそれ以上聞かない。

また、足音が揃う。


外へ出る。

風が通る。

兵が動き、馬が引かれる。

誰も声を上げず、準備に遅れない。

アタシは歩く。

玉楼が隣にいる。

足音が揃い、馬の前で止まる。

玉楼が手綱を取り、差し出す。

アタシは手綱を引き、跨る。

周りも同じように動く。

列が伸びる。

乱れない。

無駄がない。

まだ合図はない。

小さく呟く。

「またなのね……」


隊列が進む。

土が乾き、蹄が音を立てる。

前も後ろも途切れず、同じ速さで進む。

しばらくして、横に並ぶ影がある。

歩いている。

李俊。

アタシは視線だけ向ける。

李俊は前を見たまま言う。

「水際には寄せてこねえだろう」

アタシは返さず、しばらく並ぶ。

足は止まらない。

李俊がもう一度だけ口を開く。

「出来るだけ、引きつけてくれ」

アタシはわずかに頷く。

「分かってる」

李俊が一瞬だけこちらを見た後、

隊列から離れていった。

アタシは振り返らず、そのまま進む……


夜は、相変わらず静かでした。

銅鑼もありません。

馬の嘶きも、怒号もありません。

あるのは、湿った風と、鍋の煮える音だけです。

その中で――

孫二娘殿と顧大嫂殿は、今日も鍋を囲んでおられました。

初参加でも鍋。

童貫でも鍋。

もはや、このお二人にとって鍋とは宇宙の真理そのものなのかもしれません。

――閑話休題

「で?」

孫二娘殿が、鍋を混ぜながら笑います。

「結局アタイ、活躍したのかい?」

顧大嫂殿が酒を煽りました。

「まだ言ってるのかい」

「言うよォ!!」

即座に返ります。

「初参加だったんだよォ!?」

「物語初だよォ!?」

幕舎の外から声が飛びました。

「ちゃんと居たでしょ!!」

孫二娘殿が吹き出します。

「出たよォ!!」

「本人はそれで済ませる!!」

「だって事実じゃない!!」

また外から返って来ます。

「ちゃんと戦ったし!!」

「ちゃんと帰って来たし!!」

顧大嫂殿が肩を揺らしました。

「そこは大事だねぇ」

「大事だけど地味なんだよォ!!」

笑い声が広がります。

鍋の湯気が静かに揺れていました。

私は小さく息を吐きます。

ですが――

本編で印象に残ったのは、別の事でした。

孫二娘殿が首を傾げます。

「違うのかい?」

「はい」

私は静かに答えました。

「城門です」

鍋の音だけが続きます。

顧大嫂殿も少し表情を引き締めました。

「入らなかったねぇ」

「はい」

私は頷きます。

「入れました」

「誰も止めませんでした」

湿った風が静かに吹き抜けます。

「ですが」

少し間を置きました。

「扈三娘様は進まれませんでした」

外から小さく声が飛びます。

「別に普通でしょ」

孫二娘殿が吹き出しました。

「出たよォ!!」

「また本人だけ普通!!」

「普通よ!!」

また返って来ます。

「勝ったからって何しても良い訳じゃないでしょ!!」

笑い声が少しだけ静かになりました。

私は続けます。

「戦場では」

「勝つ事ばかりが語られます」

鍋の音だけが続きます。

「ですが」

「勝った後に何をしないか」

「それもまた、大切なのだと思います」

顧大嫂殿が静かに頷きました。

「なるほどねぇ」

孫二娘殿も鍋を見つめます。

「三娘らしいねェ」

私は小さく目を伏せました。

「はい」

「だからこそ、多くの者が従うのでしょう」

湿った風が幕舎を揺らします。

その時――

孫二娘殿が、ふと思い出したように顔を上げました。

「でもさァ」

嫌な予感がしました。

「何でしょう」

「玉楼」

少し間が空きます。

「姉みたいって言われてたねェ?」

沈黙。

鍋の音だけが続きました。

顧大嫂殿の肩が震えています。

私は静かに視線を伏せます。

「聞こえておりましたか」

「聞こえてたよォ!!」

孫二娘殿が机を叩きました。

「三娘、珍しく甘えてたじゃないか!!」

幕舎の外から即座に声が飛びます。

「甘えてないわよ!!」

「出たよォ!!」

「絶対甘えてた!!」

「甘えてないって言ってるでしょ!!」

笑い声が広がりました。

私は小さく息を吐きます。

ですが――

少しだけ嬉しくもありました。

幼い頃から。

泣きそうな時も。

悔しい時も。

苦しい時も。

あの方は、人前では決して見せませんでした。

だからこそ。

二人きりの時にだけ見せる言葉には、重みがあります。

夜は、何も答えません。

童貫軍との戦いがどうなるのかも。

これから誰が傷付き、誰が生き残るのかも。

まだ何一つ分かりません。

それでも――

迷いながら進む主と……

その隣を歩く者達は……

まだ前を向いております。

夜は、何も答えません。

ただ静かなまま――

少しだけ拗ねている孫二娘殿と、笑っている顧大嫂殿と、照れ隠しをしている扈三娘様だけを――

湿った風の中へ、静かに残している様でした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ