15.銀髪の魔人
先の大戦にて、魔人は戦争の核と呼ばれていた。理由は人間離れした身体能力と、その知性。軍隊一つと同等の力と呼ばれたそれは、魔人が国家にとってどれほどの重要性が合ったかを証明するのが
それだけであれば、簡単な話だったのだ。
1人で30人の戦力なら、30人で挑めばいい。身体能力だけでは数に勝てることなど出来ないのだから
ではなぜ、魔人は魔人と呼ばれているのか。
それは、魔人の持つもう一つの力によるものであった。
「……もう見つけたし、鉄パイプ」
「て、鉄パイプ?」
季節外れの雪が降る寒空の下、全身びしょ濡れの少女は手に持つ物を修二へと見せつけた。自身の背丈の半分以上の長さのあるそれをくるくると手のひらで回す様子に、修二は首を傾げる。
「それをどこで見つけたんだよ、おっさんが全部壊してたじゃないか?」
「……下に、沈んでた」
それは、修二が兵士を諦め手に持った鉄パイプであった。大男に殴り飛ばされた際、手から離れ水路へと落下したそれは、意図はどうあれ大男の破壊を免れたということになる。そこまでは理解できた修二であったが、
それがどうしたという話である。
今更彼女がその鉄製の管を持ったところで戦況が変わるなんてバカな修二でも考えない。射程距離が伸びると言っても大男の鉄球よりは遥かに短く、そもそもあの男なら鉄パイプ一つ程度片腕でへし折ってもおかしくないのだ。
「ガハハハ、これは盲点だったな……」
そうであるはずだった。いや、厳密には大男にとって鉄パイプ程度なんら脅威にもならないことは間違いなかった。
「貧乏小僧の落とした鉄棒か、水路に叩き込んだことがワシの敗因となるのかねこれは。ガハハハ、いやぁ参った参った、これは困ったぞ!」
「……じゃあ、もういい?」
「ダメだ、元々それを使うことも想定内だからな!」
一体、彼らは何のやり取りをしているのだろう。彼らは今までほぼ互角の戦いを繰り広げてきた。いや、武器の性能の差で大男が優っていたと言ってもいい。
「ガハハハ! まだ諦めたわけじゃないぞ魔人娘!」
激しい破壊音がサイカイ兵士の耳に響く。砂煙が再び広がり、彼の視界から魔人少女がかき消されてしまった。
「ガハハハ、これは魔人娘の運が良かったと言うべきか、それを偶々拾った貧乏小僧の運が良かったのか?」
使う。彼女が何気なく言ったその言葉に、大男の目が大きく開く。その目には焦りの色が見えた。鎖を慌てて手元に戻し、大きく構えを取る。
大男が聞きなれない単語を発しながら慌てるその様子に、サイカイ兵士は首を傾げる。彼女が持つのはただの棒であり、危険性も、武器としての使い方もここまで慌てる必要など無いはずなのだ。
しかし大男はその額に汗を滲ませ、慌てたように鉄球を彼女に投げる。あの強敵が、ここまで恐慌する理由が見つからない。
鉄球は魔人少女の顔の横スレスレを通り過ぎ、その先の壁を破壊していた。鎖に少し擦れたのか、彼女の頬が少し切れてはいるものの、まるで公園のベンチに座ってぼーっとしているような表情のままだ。
これまでで最も速い速度で投げられたその鉄球が彼女へ向け迫った。
それに対し魔人は、ゆっくりと左腕を前に出しながら体を半歩下げる。
真横を鋭い勢いで通過した鉄球が、彼女の長い銀髪を揺らめかせる。地面と平行にまっすぐ伸ばしたその手に鉄の棒を縦に持ったまま、その目は大男を狙いつけている。
魔人少女はそのまま、右手を棒の中央に軽く当てその手をゆっくりと引いた。
その仕草は、
「……射手?」
そう、彼女の仕草はまさに弓を持つ射手。目に見えない弓をゆっくりと引いているかのような動きをしていた。大男は苦虫を噛み潰したような顔で舌打ちした。先ほどまで優位な立場だったとは思えない。
そして――
「……。」
瞬間
シュッッッッッ――――!!
「なっ……!?」
鉄棒を『弓』に見立てた魔人少女の手元から、見えていなかったかのように矢が青白く光り輝いて出現した。マッチを擦るような音を出し出現したその矢は、チカチカと点滅しながらも確実にその形を具現化していく。
驚く修二を他所に、魔人は『弓』となったそれを上空に向け、右手を軽く弾く。すると矢は手元を離れ次々と分散しながら空に広がり、無数の小さな矢となった。
月明かりのみの薄暗い世界が、青白く輝く世界に一変する。広範囲に広がったおよそ三十センチほどの矢がまるで星のように煌めいた。
「なん、なんだ、これ……」
「は、ははっ、はははははははははははははは!!!」
驚愕して顔色を変えたサイカイ兵士。その非現実的な力を向けられた大男は嘲った。頭を抱え、心底可笑しそうに笑う彼は荒々しい口調で叫ぶように声を出す。
「これは勝てないな……!はは、こんだけの差があるのか、魔人と人間には!!ええおい、これがお前さんの魔技!魔人特有の『唯一無二の力』、やはり異質、やはり化け物!!戦争が終わろうともどうせお前さんは変わらんのだ!」
「……っ」
ぴくりと、魔人少女が反応した。
「貴様たち魔人はいつもそうだ!自身がたまたま生まれ持った力を振りかざし、人間を見下し、その力を誇示する!異能な力で人を愚弄してなにが楽しい!?」
彼女は相変わらずの無表情で、彼の言葉を黙って聞いている。構えていた鉄棒を下げ、その顔を下げた。
「魔人にとっては楽しいんだろうなぁ!弱いやつをたった一人で蹂躙するのは!人を虐げ、貶し、ただ欲のために力を使うのは!」
「…………そんな」
「お前達が生きているから戦争が起こる!!お前達がいるから人が死ぬ!!お前たちがただ生きているだけで人間は恐怖する!!魔人が、化け物が、お前が、人を滅ぼすんだ!!」
大男の言葉には重みがあった、怒りがあった、そして、魔人に対する差別が込められていた。魔人少女は、何か言おうとしていたが、すぐにまた顔を伏せ、動かなくなった。
その肩が、少しだけ震えていた。
「こういうことか、うーん、思ってた以上にきついな」
二人の間に割って入ったのは、
今まで意識が朦朧していた、サイカイ兵士だった。
少女の肩に手を置き息も絶え絶えながらも彼は大男に吠える。
「魔人ってまだよくわかってないけど、最強もつらいってのはなんとなくわかったわ。この前はごめんちょ」
「……シュウジ」
その目には熱が込められていた。その目には真剣さが込められていた。魔人少女は初めて見る彼の顔をただ、じっ、と見つめていた。
「ほんっとに才能だけで人を判断するなってのよな。どいつもこいつも才能だけで人を見下したりしてさ、話に変な尾びれついてるんだよな、でさ、結局俺のこと全く見てくれないんだよね、ほんとそうなんだよね!! わかる、わかるよー銀髪娘」
彼はただ、震える彼女を放って置けなかった、一方的に言われ、言い返すことも出来なくなるほどに怖がっている彼女を助けたかった。
……というわけではない。
「だいたいさ、才能がないことでなんで俺がバカにされたり文句言われたりするんだ、そんなの知るかってんだバーカ!! お前らには関係ないよな、無視すればいいじゃん! あと税金泥棒はないだろ!盗んでないよ盗ってないよ!?お金は大事だけどよーく考えてるよっ!」
「うるさい」
散々吠えたサイカイ兵士は「まだあるぞ俺はなぁ金が……っぅ!?いた、ちょ、痛い痛い!!あ、やめ、ごめ、ごめんなさ、本当にギリギリだからマジでやめてぇぇぇぇ!!」とまだ続けようとしていたが魔人娘によって止められている。
彼は、護りたかったとか可哀想だからとかそんな理由で吠えたのではない。ただ、その言葉を聞いて自分のことを思い出し吠えていたのだ。
それを理解した彼女は先ほどまでの感動を返せと言わんばかりに結構強めに彼の頬を引っ張っていた。
先ほどまでの緊迫感、緊張感は思い切り破壊され、未だ上空で光り輝きながら大男を狙う矢が「自分たちはどうしたらいいんでしょうか?」と言いたげに宙を舞っている。
――ただ、
「才能がないことで、なんで俺がバカにされたり文句言われたりするんだ……そんなの知るかってんだ……」
頬を引っ張りながら、彼女は呟いた。彼の言ったこと、サイカイ兵士が自分自身のために吠えた言葉をもう一度呟くと、
「……うん」
彼女は頷き、もう一度大男へと歩きだす。
「ケレル」
魔人は、大男に声をかける。
「……才能があるだけで、私のせいにしないで」
そして、彼女はゆっくりと片手を挙げる。「出番か!」と無数の矢が再びシュッ……!と音を鳴らし大男へと狙いを定める。
「ばーか」
二人を侮辱した一人の男に向けた、反撃が上空から襲い掛かる。
「く、クソガァァァァァアアアアアアアアア!!」
反撃は、凄まじい速度で降り注ぐ雨となった。
*****
それは大穴だった。『光矢の雨』は勢いよく大男に向け降下し、地面をえぐり、音を殺す。時間はたったの数十秒であるにも関わらず、修二にはその何十倍もの時間に感じられた。大穴の中央、そこに倒れている大男はもうすでに意識がないのか起きあがる素ぶりもない。
「終わった」
「……す、げぇ、な」
魔人少女は粉々に砕けた鉄棒を捨てながら、後ろで呆然としていた修二に向き直る。その顔には疲労の色などなく、いつものようにぼーっとした表情で立っていた。
修二は先ほどの凄まじい光景に衝撃を受け、あまり口が動いていない。
自分が死ぬかもしれないと、そう思った強敵が瞬殺された。その現実をすぐには受け止めきれていない。
――これが魔人……確かに国の機密情報だわ、これ。
今まで魔人少女に会ってから、修二は魔人のことを甘く見ていた。彼女の、普通の人間と全く変わらない部分だけを見ていたからそう思っていただけのことだったのだとようやく気づく。こんなにも壮絶な力を持った者を国が危険人物に指定しないわけがないと、再認識していた。
「終わったよ?」
「お、おぉ。で、今のなによ?」
「……魔技?」
「いや、その魔技ってのを聞きたいんだけど」
「……やだ、教えない」
先ほどの力の名称が魔技というようだが、名称だけ言われても全く分からない。……しかしその先は教える気がないようだ。
「まぁいい、それよりそんなに強いなら早めに助けてくれても良かったんじゃないの?俺ボロボロなんですけど」
「……別に、最初は出る気なかったし」
「じゃあなんで最後は助けてくれたんだ?」
彼女は修二へと視線を移す。そして彼女は黙って修二を見る。……そして
「なんとなく」
「お前ね、そればっかでなんとかなると思ったら大間ちが……っ?」
途端、修二の体がすとんと落ちた。まるで電池が急に切れたロボットのように倒れ腕を抑える。
先ほどまで興奮で忘れていた痛みが、ほっとした瞬間に再び襲いかかってきたのだ。
彼は敵兵士からの暴行を数十回、大男による剛撃も数十回、そして鉄球で左肩が壊されている。
今まで倒れなかったのが不思議なくらいなのだから。
我慢の限界になり叫ぶような声を出す修二は最後まで言い合える前に気を失ってしまった。
それから約十分後、ようやく異変に気付いた兵士小隊が彼らの元へやって来るのだった。
…