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延長戦 セーラー服と昇り兎 - A girl in a dress laced with violent rabbit.

「入ります」

「は?」

 どこだ? どこだここ?

 旅館の和室?

 いや、それにしちゃ何かおかしい。全体的にやさぐれた雰囲気を感じる。

 障子は所々破れ、襖には何か水滴みたいな赤黒い汚れが付着して……饐えた臭いが部屋に充満している。

 その臭いの正体は男。

 寝食そっちのけで血走った目をギラつかせる男たちが、生臭さを篭もらせてるの!

(な、なに? なななんなのこれ?)

「はっ!?」

 私! そもそも私が変です!

(なにこれ!?)

 着物なんて七五三以来ですよ?

 しかもなんか絢爛豪華に歌舞いてる派手派手なデザイン。

 うわ、負けてる! 完全に負けてる、私着物に負けている!

 それをまた普通じゃない着方で着ちゃってるし。遠山の金さんみたい片方の肩を露わにして。さすがに桜吹雪は背負っていませんが。

「は……!」

 周りを見れば私を凄んでくる目、目、目、目、目、目、目、目……

 対バンで私たちを敵視する鋲革ジャンのお客さんとは次元が違う!

 あの方々はアイライン描いて眼力を強調してるけど、この人たちナチュラルだ。ナチュラルに隈がクッキリ浮いて、怖い! 怖すぎる! マジモンの迫力!

(この人ら絶対カタギじゃない!)

 音楽性とかいう趣味の世界とは隔絶した、血生臭い自己主張が全身から漲っている!

 私とは、穏やかに生きている普通の国民とは交わらない世界の人たちです!

(あっ!)

 もしかして…………

 交わるとしたら「アレ」しか考えられない。

 私たちの関わる何らかの債権が、回り回ってこちらさんの手へ渡ってしまった可能性!

 な、なんだろう? ライブ関係の支払いが滞ったせい?

 楽器とか撮影機材の負債? 衣装か移動の経費をスッポカシたから?

 ダメだ! 思い当たることが多すぎる! 絞りきれない!

「よござんすね?」

 うおぉっ!

 す、すごい迫力ですよ!

 花柄と呼ぶのも憚られる大胆な色とデザインが施された着物、そんなゴージャス柄を着こなせるのは大物演歌歌手かB子ちゃんくらいなものです! 幾何学的にデザインされたダリアの図案が、これでもか! ってくらいに高価な生地で踊っています。

 なのにそれでも負けない美貌ってなんなんです?

 白粉おしろいで更に白さが際立つ肌に、伝統の朱色が差す。絶妙に畝る立体感と、生々しい質感を讃える唇。

「皆々様?」

 その唇がお伺いを立てれば、場の緊張は極限へと張り詰めていく。

「よござすんね?」

 右手の白に対して左手の黒は悠弐子さん。

 荒くれ男たちを前にしても一歩も動じないその態度、まるで女侠客の趣です!

 黒の生地に描かれた、なんですかその凶暴そうな獣は?

 定番の昇り龍じゃなくて西洋風のドラゴンというか恐竜っぽいというか…………ん? なんか耳が長いですね? 耳がピンと立っていて、体毛は純白で目は赤…………兎? 兎なんですか?

 とても兎には見えない凶獣に描かれていますけど! 今にも火でも吐きそうな!

「さぁ、張った張った張ったァ!」

(なになになに? 何が起こるの?)

 てか、なんで私がこの位置?

 普段なら悠弐子さんが不動のセンターに君臨、隙あらば主導権を奪い去ろうと狙うB子ちゃん、私は二人の影に隠れ、できるだけ客から見えない場所がレギュラーポジションなのに!

 今日は私が真ん中。

 事情が飲み込めない私の脇に右大臣左大臣、阿像吽像、水戸黄門の格さん助さん状態で盛り立ててくれてる、謎フォーメーションです!

「さ、桜里子」

 人差し指と中指、それと中指と薬指の間にサイコロを握らされ。

「あんたに全て掛かってる」

 え? な、なんですか? 何の話ですか?

「金銀小判のバスタブで入浴できるのか、それとも地獄へ堕ちるか?」

「皆あんた次第」

「は?」

 言ってる意味が、言ってる意味が分かりません! 本気で分かりません!

 悠弐子さん!?

 B子ちゃん!?

 私に何をやらせようってんですか!?


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