第四章 私たちのフィールド・オブ・ドリームス - The song of Baseball Maniacs.
悠弐子「だいたい、サッカーの何が度し難く、理解できないかといえば料金よ」
桜里子「プロスポーツなんて、まぁまぁこんなもんじゃないですか?」
「相撲に引き分けはある? プロレスが判定で納得できる?」
「…………」
「しかも、最も理解し難いのがここ! スコアレスドローが許されるってのが一番ダメ!」
「…………」
「一点も入ってないのに試合が成立するとか、興行を舐めてるとしか思えない!」
「…………」
「観客も観客よ! 二時間も応援して一点も入らないとか、自分が阿呆に思えるはずよ。思えなければ感性がおかしい!」
「かといって100 - 99みたいなのも困るけど。相手と味方の二百点、全部脳裏に浮かべられるとしたら、そいつはプロ棋士か何かよ! 常人とは掛け離れた世界よ!」
「だったら、何なら良いんですか、悠弐子さん?」
「常人が覚えていられる数字は、精々十弱……双方とも五点程度が最高のスポーツなの」
答えは、そこにある。
「可愛いふりしてアノ子、割とヤるもんね……」
下品な週刊誌はロクな根拠もなく、興味本位にゴシップを書き散らかす。
「調子に乗りすぎじゃない? 大学生のくせに……」
局アナの出世コースに乗った新人ともなれば尚更だ。
福永心愛はお天気お姉さんからスポーツ担当へ抜擢され、選手からの評判も上々……どころか、プライベートもお盛ん!
見てきたわけでもないのに、無責任もいいところ。有名税にしたって割が合わない。
「生意気……」
ところが、そんな駄文でもギャラが貰えるのは需要があるから。他人がチヤホヤされているのが気に食わなくて仕方がない、とかいう惨めなメンタルの持ち主は意外と多いらしい。
「あんなたち、口を慎みなさい」
外野から見れば「同じ局に所属しているのなら、身内として庇うのでは?」と思われるのかもしれないが、実態は足の引っ張り合いが日常茶飯事。他人の失点を鵜の目鷹の目で狙っているのは、同じアナウンス部の同僚たちだ。
「どこで誰が聞いてるか分かんないんだから」
さすが先輩は処世術を心得ている。誰に逆らってはいけないのか、敏感に嗅ぎつけている。
「何か遭ったら、飛ばされるのはあんたらの方かもよ?」
今の私は無敵マリオ。触らぬ神に祟りなし、が正しい接し方。
「はぁぃ」
鮮度の落ちた先輩たちは給湯室トークを切り上げ、アナウンス室へ戻っていった。
「こいつらも、しつこい」
瀬戸内ロードスターズ 乃村と横須賀シーシェパーズ 三島は既にお払い箱。既読無視されてるんだから察してくれてもいいものを。体育会系という人種はデリカシーがない、呆れるほどにない。
「こいつだけはキープでも……」
神宮ミコミコナースの杉裏。トレードで北海道へ飛ばされたんだっけ?
「あーダメダメ」
一時の感情に流されちゃダメなの心愛。
大化けの可能性がある超有望株でもなければ、情を移す意味がない。本気になったら負け。
あくまでこいつらは踏み台だからね。小さい頃から野球しかしてこなかった、野球しか知らない男をリサーチするためのサンプル。
画面越しのキスでゴメンナサイね。お陰で傾向と対策はバッチリ♪
「予行演習としては上々……」
窓に映る、反抗的な生徒の面影。
「あの子、可愛かった。私の話を真に受けて、馬鹿正直に目を輝かせてたところが」
練習が要らないはずがないじゃないの。ぶっつけ本番で勝てるほど恋愛戦線は甘くない。
生まれ育ちもまるで違う人と仲良くなるのよ? 赤の他人と距離を縮めるためにやるべきこと、やってはいけないこと。そんなの実地訓練でしか身につかない。場数を踏まずに本番に強くなる方法など有るものか。
「ちょーっと考えれば分かることなのにね」
何でもかんでも鵜呑みにするから馬鹿を見るの。
教師とは建前の権化よ。自分が正しいと思うことでも、言えないことは言えない職業なのよ。
「世の中は、教科書に書けないことで出来ているの」
だから!
あなたたちは練習しなくていい。私はする!
あなたたちは教師の言葉を盲信して、油断しまくってればいい。
世の中はそんなに甘くない! 騙される方がバカなのよ!
『釈迦元、また打った! さすがはジャパンの遊撃手!』
スポーツ中継制作部のモニタには、東京バニーボーイズの生中継が映ってる。
東京バニーボーイズ所属、釈迦元颯人――独身野球選手最後にして最大の大物。ドラフト一位の契約金一億円から始まって、生涯年収十五億は下らない一流中の一流選手。
『釈迦元選手、もはや日本国内には敵なしの勢いですね』
『ファンからもメジャー挑戦を熱望する声が上がっていますが』
『順調なら今シーズン中に海外FAの権利が獲れる見込みですからね』
『シーズンが終われば彼の動向に日本中の目が集まることになるでしょう』
日本代表級選手のMLB移籍ともなれば、契約金は天文学的な額に膨れ上がるはず。
それこそ、並のエリートでは手に入らない額が約束される。
「釈迦元選手、本日からの首位攻防戦について意気込みをお願いします」
翌日、試合前の水道橋ドーム、練習を終えた彼へ直撃アタック。
「名古屋は投手が揃ってるからね。気を引き締めていきますよ」
「はい、撮れ高OKでーす」
スタッフを引き連れたインタビューが終われば、釈迦元選手へ「追加取材」のアイコンタクト。
『来週の東北遠征、サタデーナイトスポーツも同行させて頂きますが……一緒にお食事でも如何ですか? 私、美味しい芋煮が食べられるお店を知ってます』
『オッケー空けとく』
誰にも知られずLINEでアポイントメントを完了。
妙な勘ぐりをされる前に、そそくさと裏へ下がる。
そうだ。こんな大ニュースは然るべきタイミングで然るべきサプライズとして周知されねば。
ゲスな憶測記事として鮮度を落とされたら堪ったもんじゃないわ。
「大人気女子アナと大物独身野球選手、みちのくの熱い夜……」
「くれぐれも真剣交際の方向で書いてよ。でないと余所の出版社へ持っていくから」
情報を統制できてこそのセルフブランディングなんだから。
「ええ勿論そのつもりですよ」
胡散臭いゴシップ屋でも利用できるものは利用していかないと。
「頼むわよ。上手く書いてくれたら次も独占させてあげるから」
「ご心配なく。情報提供者の方は粗末には扱いませんよ」
納得は作れる。作られるものなの。
逃れられない状況を醸成するわ、この手で。自分の力で切り拓くものなの、運命とは!
受け身で待っていても、幸福は訪れない! 果報を寝て待ってる奴は馬鹿なの!
これが私の生きる道!
ウエディングトゥゴール!
『本日は「米沢牛とさくらんぼナイター」と銘打ち、日本一のさくらんぼの産地 山形から美味しいさくらんぼが御来場の皆さんにも配られました』
『甘酸っぱくて美味しいですね!』
水道橋ドームは試合開始に向けて準備万端、私の恋路も順風満帆。全て私の思うがままに。
『そして始球式は……マウンドに僧形の女性が現れました!』
『本日はMHKの現役女子大生アナ、福永心愛さんが始球式を務めて下さいます』
『福永アナは今年の上杉祭りで謙信役を務めたらしいですよ』
『道理でコスプレも堂に入ってますね』
手を振ってスタンドへ応えたら、マイクに向かって台詞を読む。
『なせば成る なさねば成らぬ何事も 成らぬは人の為さぬなりけり!』
『マウンド上で自身の名言をキメました、上杉謙信投手!』
『いや、あれは鷹山公の……』
『まぁいいでしょう。米沢牛ナイターですしね、ご愛嬌ですご愛嬌』
始球式なんて、この程度の緩さで構わない。適当に流せば済むセレモニーだ。
『さぁ上杉謙信に扮した福永心愛アナ、投球体勢に入ります。バッターボックスには名古屋シクススプリンスオブダークネス 辰波選手。審判のコールで振りかぶった福永投手…………えっ?』
突然、審判が両手を大きく降って立ち位置を離れた。
「え?」
始球式でプレイを止めるとか普通はあり得ない……何が起こったの?




