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第三章 シュワルツェネッガーの来なかった世界で君は - In the world without the Messiah. - 1

「桜里子を離せ、偽謙信!」

 夕刻のホームに響くローレライの叫び。

「ウチの子を誑かそうたって、そうはいかないぞな!」

 元々人目を気にするような子たちじゃありませんけど、それにしたって混雑の時間帯。何事かと人目が集まっちゃってます!

「貴様の話には齟齬がある! 瑕疵がある! 矛盾がある!」

 ただでさえ目立って目立って仕方ない美少女なのに、そんな声を出しちゃったら! 帰宅時間帯のホームですよ? 不特定多数の衆目を集めまくってトラブルを招きかねない!

「さ、お友達の所へ帰りなさい」

 不測の事態に慄く私へ福永先生は、

「騒ぎになったら彼女たちも困っちゃうでしょ?」

 一方的に【 悪 】と糾弾されても、苦笑いで受け流してくれる。

(大人です!)

 どう考えても被害者は先生の方なのに、傲慢無比の女子高生も見逃してくれる。

 出来た人です! 人格者です! 常識的判断のできる人です! 聖人と呼んでも差し支えない!

 さすが! さすが教師を目指すような人は違う、人間が出来ている。冷房の逆恨みを延々ぶつけられても受け流せる度量がある!

 こんな良い人が悪の組織の手先なんですか?

 そんなの思い込みです! 冷房の私怨で頭がどうにかなってる美少女の偏向バイアスですよ!

(だとしたら!)

 私が責任を持って手綱を抑えないといけない! 二頭の暴れ馬を御せるのは私だけ!

「悠弐子さんっ!」

 先生の腕を飛び出して彼女の元へと走る。まっしぐら彼女の胸へ。

「大丈夫だった桜里子?」

「山田は平気です」

「良かったぁ……」

 感触が記憶を揺さぶってくる。抱かれた手の感触が、記憶の深い所を。

 なに? なんだろうこの気持ちは? どこか懐かしくもあるような……

(あ……)

 分かった。これは、ママのハグ。はぐれてしまった娘を二度と離すまいと抱き寄せるハグ。力任せの愛情で身体を抱き留める抱きしめ方です。痛いくらいの、軽く悲鳴を上げたくなるほどの。

 大丈夫、そんなに強くしなくたって私は消えたりません……って抱き返す。ミスフォールンエンジェルの千切れた羽、その付け根あたりを優しく優しく。

 そしたら悠弐子さん、ごりごり額を擦りつけて。なんてワイルドな親愛表現ですか?

「待って下さい悠弐子さん!」

 自重して下さい! 人前ですってば! 何事かと通勤通学客の皆さんに見られてます!

「待たんぞな!」

「ぐへ!」

 油断してると死角から飛んでくるフライングブロンドガール。見事な連携にギブアップ寸前です。

「間に合って良かったぞな桜里子……」

 彼女がイヤイヤと首を振ると、金の髪が私の髪とと絡み合って、溶け合うみたいな錯覚が。

「だから間に合うって言ったでしょ? 拐かされる寸前で助けられるのがお約束よ、正義の姫は」

 ひ……姫ですか? どう考えても姫はお二人の方です。私はしがない侍女Aくらいの役です。

「桜里子がいなくなったら、ゆにばぁさりぃは瓦解するぞな!」

 そんな、大袈裟な……どう考えても私は半人前、贅理部の足手まといです。

 何の戦力にもなってません。楽器も弾けないし客いじりも全然です。

 そもそも少子化克服エンジェルとして、戦う覚悟も持ってません。

 ゆにばぁさりぃは【悪】を討つ存在、その行動理念に従って、福永先生の誅殺処分が多数決で可決されても、承れませんよ? 私は逃げますから、無実の人へ制裁を加えることなど……

(あ……)

 ハグの官能で忘れていました! 私が本当に為さねばならないことを!

 これ以上、衆人環視の元で混乱を広げないことです!

 下手な騒ぎで福永先生を贅理部ワールドへ巻き込んではいけないんです!

 この迷惑美少女に被害を被るのは私だけに留めなくては! 立派な教師として生徒を導く、未来ある教育実習生さんを守らねば! この身を呈して!

「先生!」

 慌てて振り返れば……福永先生は姿を消していた。

「ち、取り逃がしたか!」

「さすが小悪党、逃げ足だけは優秀だわ!」

 悠弐子さんB子ちゃん、その口ぶり、どう聴いてもチンピラです。正義側じゃないです。


「ふぅ……」

 行き先も見ずに飛び乗った。

 際限なく増え続ける野次馬の輪を強行突破して、夕暮れのホームからバックレます。

 あとは野となれ山となれ、取り返しのつかない事故が起きちゃう前にドロンです。

「桜里子」

 大きな溜息を吐きながら高架のホームを眺めていた私に、

「何を言われたか知らないけど……全部忘れなさい、あいつが言ったことは」

「朱に交われば赤くなる。悪と交われば黒くなるぞな」

 とか悪びれもせず、この子たちときたら。

「悠弐子さん、B子ちゃん!」

 ここはガツンと言っとかないとだめですね。

「陰謀論を信じるのは勝手ですよ、それは個人の自由ですが!」

 越えてはいけない線はキッチリ弁えさせておかないと。

「それで関係ない人まで迷惑かけちゃダメですよ!」

 根拠もなく人を疑いまくるなんて、正義の味方にあるまじき行為です!

「関係は!」

「あるぞな!」

 ――――ビシッ!

 揺れる車内なにするものぞ、ゆにばぁさりぃの見得ポーズを決める美少女AとB。

「おー」

 思わず車内から拍手があがっても私は騙されませんから!

「ここは一つ、頭を冷やして考えてみて下さい!」

「あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”~」

 いや、別にエアコンの真下で肩車して風を浴びろ、と言ってるわけではありません。

「福永先生は世に悪を為す工作員なんかじゃないですよ!」

 揺れる車内で肩車。どんだけ運動神経いいんだ、この二人は?

「生徒を導くに相応しい人格者ですって! 聖職者の卵に相応しい人です!」

 じぃー。人間トーテムポールの体勢からジト目で私を睨んでくる二人。

「そりゃ考え方は多少偏っているかもしれませんけど…………恋愛禁止とか。でも、それも生徒の為を思ってのことで……基本は善意で生徒を導こうと考えてますって!」

 悠弐子さんもB子ちゃんも賢い。

 だからちゃんと話せば分かってくれます。理路整然と真摯に思いを伝えられたのなら。

 そう私は信じています。

 同じ日本人ですから話せば分かる! 聖徳太子様も仰ってました!

「桜里子……」

 B子ちゃんを肩に載せた悠弐子さん、私の肩を叩き、ジッと覗き込んでくる。

 黒真珠みたい円な瞳、深く吸い込まれそうな瞳で私を見つめながら呟くのです。

「桜里子……」

 あ、あかん腰が抜けそう。膝が笑って、カックンってしちゃいそう。

 こんな近くで言い寄られたら、美に溺れてしま……

「これ」

 ……いませんでした。

 電車の扉に私を壁ドンした右手と左手と……それと第三の手が私の眼前へ冊子を差し出した。

 なんてことはない、悠弐子さんの肩に跨った金髪少女の手ですが。

「なんですかこれ?」

 枯れた色に退色した古い本、B子ちゃんが開いた当該ページには気味の悪い人面疽のイラストが描かれてた。その筆致からして相当古い、戦前戦後期のカストリ雑誌ですね? リアルとは言い難いけれど独特のドメスティックな怖さのある絵。これは当時の絵師にしか出せないテイストです。

「――――【密教疽】よ」

「み、密教疽?」

 なんですかその空海さん激怒しそうなネーミングは?

「この【邪痕】が浮かんだ教師は、悪魔思想の宣教師として生徒を染めていくことになる!」

「昭和四十年代までには既に予見されていたぞな!」

「飯綱信仰など相手にならないほど、ヤバい地下宗教よ!」

「呪詛で無垢な生徒を餌食にする、邪教の一種ぞな!」

 ああもうクラクラしてきた。彼女たちの脳内でどんだけスペクタクルな陰謀論思考が練り上げられているのか? 陰謀論に凝り固まったローマ貴族がカルタゴ滅亡ありきで脳内元老院でも開いてます?

「危険思想の持ち主が教育現場へ入り込めば学校はテロリストの生産装置になる!」

「排除! 即排除ぞな!」

 だからその人面疽、確認してませんよね? 福永先生の身体に浮き出てるとか未確認ですよね?

「遂にこの秘密兵器が陽の目を浴びる日がやってきたようね!」

 なんですその、お玉が付いてないお玉杓子みたいな棒は?

「名付けて! ――――ゆにばぁさりぃロボトミー棒……」

「うわー! うわわわわわわー! うわあああああああああああ!」

 不穏すぎる! 名前がヤバすぎます! ここをどこだと思ってるんですか!

「ダメよ桜里子、公共の場でそんな大声出しちゃ」

「迷惑ぞな」

 ダメだもうダメだこいつら! 本気でなんとかしないと無実の先生に迷惑がかかっちゃう!

 根拠不明の陰謀論で前途有望な教師志望さんに取り返しのつかない傷をつけてしまう!

 そんなの人として許されませんよ!

(―と、止めねば!)

 どうにかしてこの二人の暴走を止めなくては!

 狂おしいほどに染まってしまった陰謀論者、彼女たちを納得させるに足るスーパーロジックで!

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