太陽は僕らの敵 - 7
本当に助かりました。偽計業務妨害でお縄になる寸前で最悪の事態は回避されました。
偶然にも目に入った資料が、二人の「悪事」を止めてくれたのです。
それは一目瞭然の事実。
女真族こと『女城主謙信~姫たちの真実、七重八重の桜燃ゆる家族~』の評価です。
分かりやすくグラフで可視化された数値は最底辺。他の候補作品に比べたら、泡沫候補と呼んで差し支えないポジションだと明示されていました。
ファーストフードでダラダラ涼んでる底辺女子高生にすら、即座に理解できるほど明白に。その支持率は雀の涙、識者や関係者のコメントも後ろ向きの寸評ばかりで……落選は火を見るより明らか。敢えてうわがき君を走らせるまでもない残念ポジションでした。
「上杉祭りでは次の胚芽ドラマとして当選確実! みたいなノリでしたけど?」
「地元補正おそるべし、ね……」
自治体や観光関係者総出で誘致に精を出している所では言い出しづらい現実、ということですか?
「これじゃ【黒いファンミーティング】も確実にお流れですね……」
本当に企画されていれば、の話ですが。
「…………」
意気消沈のゆにばぁさりぃ。仮アジトの駅前ファーストフードで二人は仏頂面です。
久々の正義執行に鼻息荒く敵地潜入を果たしたものの……特に何をするまでもなく撤収。
少女のヤル気は豪快に空回り。
使命に燃える正義の志士ならば当然、巻き込まれた私ですら拍子抜けですから。不完全燃焼のフラストレーションを、どこにぶつければいいのか……
いや、でもですね、
「やっぱり歴史は繰り返すんですよ、悠弐子さん」
何もないならないでいいじゃないですか。斯くて世は事もなしでいいじゃないですか。
「上杉謙信の関東侵攻だって、数ヶ月で終焉を迎えました」
永遠に続く城攻めなんて存在しません。刻々と状況が移り変わるからこそ籠城は有効なのです。
「考えてもみて下さい。福永先生は教育実習生ですよ?」
教育実習なんて花粉症みたいなもの。数週間だけ我慢すれば、嘘みたいに日常へと戻ります。
「すぐ去る人です。そんな人に何か大それた企みなんて出来ますか?」
史実の謙信は越後へと引き揚げ、再び北条家は関東でブイブイ言わせる顔役へ戻りました。
「桜里子!」
な、なんです悠弐子さん? そんな顔で凄まれたって正論は曲げませんよ?
「桜里子!」
近い! 近いです悠弐子さん! 狭苦しいファーストフードのソファなのに、そんなに迫られたら逃げ場もない!
まるで巣穴に追いつめられた小狐を襲う山猫みたいに覆いかぶさって、私に言うのです。
「スカイネットよ」
「は?」
「人類を破滅の縁から追い落としかけた、恐怖のAI」
私の視界を百二十度くらい占める接近距離で彼女は告げてくる。
「そのAIから人類を救った英雄は、二日で仕込まれたのよ!」
「二日もあれば歴史が変わるぞな!」
言わせて下さい悠弐子さん、B子ちゃん。あなたたちはSF映画の見すぎです。
「『女真族』は! 謂わばT-800の残骸よ!」
「この世界から完全抹殺しない限り、何度でも蘇るぞな!」
ついてけません。
「完全抹殺……」
焚書でもする気ですか? この2017年(現代)に?
そんなの無理ですよ。
溶鉱炉へ沈めれば未来永劫なかったことにできる、あの映画の頃とは全然状況が違いますって。
電子書籍(データ配信)が有り触れた存在に成りつつあるこの時期に。
「はぁ……」
一人黄昏れる駅のホーム。高架へ差し込んでくる赤い陽光を浴びながら、ページをめくる。
「こんなもの……」
何度読み返したところで正義の義憤など湧いてきません。私には。
エンターテイメント風味の強すぎる、はっちゃけた歴史小説ですよ、常識的に判断して。
こんなのが【黒聖書】ですか? 数カ月後には古本屋で買い取り拒否されるくらいのポンチ小説な気がしますけど?
「こんなのがスカイネットになるんですか? 人類を脅かすバタフライエフェクトに?」
まさか。
いくら地元が盛り上がってても、あの評価では胚芽ドラマへの採用など夢のまた夢ですよ。
史実通り、上杉謙信の関東侵攻は失敗。【悪のファンミーティング】も開催中止です。
悪あがきの調査を続けても証拠など出てきません。証拠が存在しないからこそ陰謀論なんです。
というか福永先生が霞城中央へ赴任してきたことだって「たまたま」でいいじゃないですか。上杉祭りの里でクロスした運命が、たまたま関東でもクロスした。ポアンカレさんだって、閉鎖系では初期条件に無限回戻ってくるって言っていたじゃないですか。日本は閉鎖された村社会、規模は大きいけど基本的には閉じてます。
「それにもしT-800の残骸が存在してても、来てくれますよ、シュワルツネッガーが」
もし福永先生が本当に【悪のファンミーティング】の主催者だとしても、社会を混乱に陥れようとする悪の尖兵だとしても、然るべき人が退治してくれます。非力なJKが立ち向かわなくても。
敢えて火中の栗を拾いに行く、そんな英雄的行動は私の領分じゃない。村上義清に請われたって上杉憲実に請われたって足利義輝に請われたって、「どう考えても私では役不足。他の御仁を当たって下され」と丁重にお断りです。
「そう山田さん、それでいいのよ」
都会の孤独に埋没していた私を呼ぶ声。優しい肌触りの、少しだけお姉さんの声。
「女子高生は抗わなくていい。無駄に抗う必要などないのよ」
「福永先生……」
夕暮れのホーム、個性の消えた人波に先生が浮かんで見えた。
「争いとは不毛なもの、争いとは心を疲弊させるもの」
先生、穏やかな笑顔を浮かべながら私を抱き留め、
「女子高生は幸せの青い鳥を待っているだけでいい。それが許される存在だから」
背中を擦りながら慰めてくれる。
ああ、もうこの柔らかさの中で埋没していたい。波穏やかな聖母の海へと沈んでいきたい……
「福永先生……」
やっぱりこの人は、いい人だ。
多少偏った考え方の持ち主かもしれないけど、そんなの当たり前だ。教師だって人間だもの、完璧な中立性など夢物語だもの。恋愛禁止も、方法論が先走りすぎているだけで、本質は私たち生徒を思ってくれてのことだ。先生だもの。いずれ先生として生徒たちを導く立場の人だもの。
やり方が強引だとしても、話せば分かる。一緒に修正していけます。根っこが善意なら。
頭っから、問答無用で【悪の尖兵に違いない!】などと決めつけることこそ悪です。
愛しい愛しい冷房を断たれたからといって、自称正義の味方が八つ当たりするのは許されますか?
ダメですよそんなの間違ってます。そこには大義がありません。
「福永先生……」
先生も被害者なんですね。あの自称正義の味方を僭称する美少女二人に人生を狂わされた。
災難ですね、たまたま訪れた実習先にあんな暴れん坊少女が在籍してたのが運の尽き。
でも、これもまた人生。神様は時より思いがけない試練を我々に課してくる。
だけど――止まない雨はない。
お互いに身を寄せ合ってやり過ごせば、やがて芽も出る花も咲く。
「今はいいの。お休みなさい、眠りなさい――疲れた身体を投げ出して」
分かりました先生、女子高生は女子高生らしく繭に篭ります。
陰謀論と無謬性に塗れた正義の戦隊ごっこなんて忘れて、私は女子高生の本分へ……
んが。
安寧に心折れた勇者の、その横っ面を引っ叩く勢いで、
「んなわけあるかぁー!」
彼女と彼女は、否定した――――私を包む彼女を否定した。




