太陽は僕らの敵 - 6
「あっ! すいません!」
こんな場所で騒いでたらご迷惑ですよね。
すぐ退きますんで、とヘコヘコ頭を下げながら愛想笑いを浮かべたのに、
「君たち、どこかの事務所の新人さん?」
「い、いいえ私たちは単なる女子高生で……」
MHKへ入り込んだ亡国結社の工作員を糺しに行く、とかいう【 妄想 】に突き動かされているだけの普通の女子高生ですので、どうぞお構いなく!
「嘘でしょ? ……本当に?」
「ええ、もちろん!」
私たちは怪しい者ではアリマセン!
正義の私的制裁執行機関とか、そんなの身に覚えはありません! 全く! 全然!
「……ふむ」
なんですかこのオジサン? 人のことを舐めるように眺めてきて……セクハラ? 公然セクハラ?
いい年してスーツも着ないで真っ昼間から。無職? リストラの憂き目に遭った人ですか?
髭くらいは剃らないと面接も受かりませんよ? ハロワのおばちゃんに渋い顔されます。
(ぁゃしぃ……)
君子危うきに近寄らず、意識して事案から遠ざかるのが女子の事項防衛です。
愛想笑いのままジリジリ後退してサラバと雪崩込もう、と思ったのに、
「君たち、テレビ出てみたくない?」
とか持ちかけてきたじゃないですか。
「実はボク、こういう者なんだけど……」
サッと差し出された名刺には、
「MHK制作局プロデューサー……プロデューサー????」
た、確かに言われてみれば業界人っぽい年齢不詳のシャレオツオジサマですよ!
デコラティヴ眼鏡に、意識高い系の人しかしてない腕時計ウェラブル端末。これは普通じゃない、普通のサラリーマンでは憚られる方向の散財です。
「近くでお茶でもしながら話してみない?」
マジでスカウトですか? 局の制作プロデューサーから直接? こんなことってあるんですか?
「名刺なんて屁の足しにもなんないわ」
なのに、悠弐子さんは突慳貪。
「自宅のPCでも作れるぞな」
B子ちゃんに至っては名刺をポイ捨てして溜息まで吐いている。
(場馴れしている!)
同じ様なシチュエーションを飽きるほど経験した猛者にしか採れないリアクションです!
私みたいに浮足立って冷静な判断力も失ってしまうような、凡人の対応とは全く違います。
(こ、これが場数の力ですか!)
私も腐るほどスカウトを持ちかけられたら、こういう対応ができるんでしょうか?
「じゃ、どうやったら信用してくれるのかな?」
それでもオジサマは食い下がる。失礼で小生意気な女子高生相手に。
「どうしても?」
「どうしても!」
ならばと悠弐子さん、
「あそこ」
立てた親指で背中を指す。私たちの背後、高層ビルを。
「うあ……」
MHKの通行パスですよ……別に公開録画番組の賑やかしに来たわけでもないのに、通行パス。
「いやぁ、一目でビビっと来たんだ、こりゃスターの原石だって!」
こんなのが取れるってことは、本物の関係者なんですね、このオジサマ……
彼に引き連れられ、正面から堂々と入場です。
「ボク高校生向けの教育番組やってんだけど、どうも最近パッとしない子ばかりで」
廊下でスレ違う局の人、芸能関係者、あるいは芸能人さん、皆から怪訝な目を向けられる。
警戒の目ですね。とはいっても不審者に対する警戒じゃない。同業者の値踏みですね、自分の席を脅かされはしないか真剣に見定める視線が、痛いくらい突き刺さってくる。
悠弐子さんやB子ちゃんには一種の針の筵です。本人にそのつもりはないのに、四方八方から敵愾心が飛んでくる、妬みの無差別発砲。こんなの私には一生経験できそうもない。
「ハイハイ台本通りこなすだけのちょっと可愛い子なんて飽き飽きよ。もっと心から知的好奇心に飢えている美少女が欲しかったの! まぁ普通そういう子は芸能関係には興味ないからね」
「…………」
「君、君こそボクが求めていた子なの! なんなら次の収録から……………………あれれっ?」
申し訳ない関係者さん。折角お引き立て頂いたのにお応えできず。
「よし、上出来」
『会議中 部外者立入り禁止』のプレートを扉に貼り、ご満悦の悠弐子さん。罪の意識など全く覗い取れません。いつも通りです。彩波悠弐子平常進行。
「ゆに公、桜里子――」
口元を厳重に覆うタイプのゆにばぁさりぃマスクに防塵サングラスで目を覆うB子ちゃん、私たちへも装着を促す。
「うわぁ……」
マスクを着けて恐る恐る部屋へ入ってみれば……職員さんたちがバタバタと床に倒れている。
(お、恐るべし『いけない魔香ちゃん』!)
改めて謎キノコ粉末の即効性に驚愕です!
「ちょっとばかり大盤振る舞いしすぎたぞな」
……大盤振る舞いですと?
「B子ちゃん!」
そんな晴れ晴れした顔で何てことを言っちゃってるんですか?
「な、なんぞ桜里子?」
今日という今日は吐き出させて貰いますよ! 積もりに積もった鬱憤を!
「お、大盤振る舞いってなんですか大盤振る舞いって!」
「こんだけ広い部屋だと、相当使わないと効果が出ないぞな。いくら密閉しても」
「粉塵爆発一歩手前ぐらいが目安ね」
「悠弐子さん!」
「はい!」
「あなたもあなたです! なぁーにが「目安ね」ですか!」
こんな!
「こんな大量に【魔香ちゃん】を使っちゃったら!」
広い部屋が軽くモヤるくらい豪快に花咲か爺さんしちゃったら、在庫の【魔香ちゃん】が一掃セール
されちゃうじゃないですか!
「いくら掛かると思ってるんですか!!!!」
数十年に一度発芽する珍キノコ、アタゴヒャクインダケ。その摩訶不思議な生態がネックとなり、国内では酷く流通量が限られる希少キノコです。なので新規購入は輸入に頼らざるをえない。
「もう破綻寸前ですよ贅理部の財政は!」
アタゴヒャクインダケの輸入経費だけで大赤字です!
「しようがないよ桜里子、正義のためだもーん」
「必要な経費は計上しないと」
必要?
「これが必要なことなんですか?」
この光景を見ても、まだそんな戯言をいけしゃあしゃあと……無関係の職員さんまで、謎の幻覚キノコの餌食にしちゃってますよ? 何の罪もない彼らまで巻き込んで!
「正義の為には! ――若干の犠牲が要る時もある!」
「少子化克服エンジェル!」
「We're ゆにばぁさりぃ!」
誤魔化されませんよ、そんな見事な見得ポーズを採られても!
「分かった桜里子!」
「……分かって貰えましたか?」
己の蛮行を真摯に反省する気になりましたか?
「出来得る限り手っ取り早く済ますから!」
「了解、ゆに公!」
「分かってないじゃないですか悠弐子さん! B子ちゃん!」
善は急げとばかりに局員のデスクへ向かう二人、持ってきたUSBをブッ刺していく!
「なんですかそれ?」
PCの液晶ではめまぐるしい速度でウインドウが開いては保存されてますけど……
「保存された全てのファイルから特定のキーワードを探り当てて不穏当表現を削除していく――」
「バースデイブラックチャイルド プレゼンツ! 『ゆにばあさりぃうわがき君』!」
「は?」
「マーケティング調査のデータであろうが識者会議の答申文書であろうが!」
「女真族に関する好ましからざるデータを好ましい数値と表現へ書き換えるスクリプトよ!」
つまりは体のいい悪口生成器ですね? それも悪辣狡猾な超高性能の!
「ネットワークで繋がる全記憶ストレージへうわがき君は潜り込み」
「共有資料から私用メールまで根刮ぎサーチング!」
「ありとあらゆる文書を!」
「「上書き完了!」」
ゆにばあさりぃ印の改変テキストに置換されてしまうと?
「そ……そこまでやる必要あるんですか?」
いくらなんでもやり過ぎでは?
「桜里子、これは今しかできないことぞな」
「まだ最終決定が為されていない、今が最後にして最高のタイミングなのよ!」
「……たかがドラマの題材じゃないですか? 何もここまで……」
「メディアの大罪はフェイクニュースに限らないのよ!」
「捏造歴史観の蔓延は国際的信用すら奪いかねない、国家的大罪ぞな!」
「民族の自尊心を貶める卑賎の行いよ!」
「だ、だからと言ってですね……」
何の断りもなく資料改竄とか……
「大丈夫よ桜里子!」
「だ、大丈夫なんですか?」
「正義のためなら多少のオイタは許される!」
「何故ならあたしたち! 女子高生なので!」
よしんば! よしんば悠弐子さんの女子高生無罪論に一分の理があるとしましよう。
それでもそれが通用するのは学校という繭の中だけな気もしますよ? その方程式は外の世界では上手く働かない気がするんですけど?
「さ、正義の浄化作戦執行よ!」
「ラジャー!」
とはいえ私の身体は一つだけ。仮に一人からUSBを取り上げたとしても、もう一人がスクリプトを走らせてしまう。一度プログラムが放たれてしまったら、復元など不可能です。後の祭りです。震えながら我が身に降りかかる不幸を呪うしかない。
私、何か悪いことしましたか神様? 前世で取り返しのつかない大罪とかやらかしました?
全く以て身に覚えがありませんけど!
それくらいの因果説でも信じないとどうにかなってしまいそうです、罪の意識で!
「私は悪くない! 何にも加担してません! ただ同じ部活に所属して…………あれっ????」
ち、ちょっと待って下さい悠弐子さん!
「どうしたの桜里子?」
「ちょっとこれ見て下さい!」