第14話
心地よく揺れる豪華な馬車のなかで、エカテリーナとギルバートは向かい合って座っていた。
大きな窓の外に広がる、王都とは一味違う豊かな自然の景色を眺めながら、エカテリーナはキラキラと瞳を輝かせる。
「わあ、すっごく綺麗な景色ですね! ワクワクしますね!」
無邪気に笑うその姿に、向かいの席に座るギルバートはわずかに頬を緩ませ、落ち着いたトーンで応じた。
「……気に入ったなら何よりだ。これから向かう場所は、我が領でも随一の自慢の場所だからな。期待していて損はない」
目的地の美しい景色に思いを馳せながら馬車に揺られること、数時間。
心地よい疲労感と期待感が入り混じるなか、エカテリーナはごそごそとかばんを探ると、小さなバスケットを取り出した。
(今朝、メイド長や料理長には「奥様にこんなことをさせるわけにはいかない!」とすごく止められちゃったけれど……日頃から優しくしてくれるお礼の気持ちを込めて、どうしても旅の道中で、私が作ったサンドイッチをギルバート様に食べて欲しかったのよね!)
ふふ、と心の中で小さく笑いながら、エカテリーナは布巾をめくった。なかには綺麗に形を整えられた手作りのサンドイッチが並んでいる。
「あの、ギルバート様。もしよろしければ……これ、召し上がってください。道中で小腹が空くかと思って、用意してきたんです」
差し出されたサンドイッチを見て、ギルバートは一瞬動きを止めて固まった。
(これを……カティが、わざわざ俺のために?)
思い返せば今朝、エカテリーナがキッチンで何やら楽しそうに作業をしている気配があった。まさか、自分のために手作り弁当を用意してくれていたとは。
内心では嬉しさが爆発しそうになり、顔がニヤけそうになるのを必死の形相で抑え込みながら、ギルバートは努めてクールな声を絞り出す。
「……わざわざ、すまないな」
「はい! 私が作ったものですから、遠慮なくどうぞ。実家では母が亡くなってからは、家事全般をしていましたから……料理の腕にも、それなりに自信があるんです。昔は弟のお弁当も作っていましたし、それに……ジュリアスの家でも、毎日料理をさせられていましたから」
明るく微笑むエカテリーナの口から、軽快に零れ落ちた「前夫の名前」。
その瞬間――ギルバートの顔からスッと血の気が引き、代わりに凄まじいまでの黒い険しさが浮かび上がった。
「……あなたは、いつもあの男のために料理を作っていたのか?」
低く、地を這うような冷たい声に、エカテリーナはびくりと肩を震わせる。
「ええ、結婚当初は……。でも、すぐに彼は家に帰ってこなくなってしまったので、結局はほとんど一人で食べていたんですけどね」
寂しさを紛らわせるように苦笑するエカテリーナ。だが、ギルバートのなかでふつふつと沸き起こる感情は収まらなかった。
(あんなクズ野郎のために、彼女が手料理を……? ふざけるな、二度と思い出すな、あの男の名前を!)
激しい嫉妬と怒りで内心の治安が完全に崩壊しかけたギルバートだったが、目の前で不安そうに自分を見つめるエカテリーナの瞳にハッと我に返る。
ここで自分が荒れたら、せっかくの旅行が台無しになってしまう。
ギルバートはぐっと感情を飲み込み、差し出されたサンドイッチを一つ手に取ると、口に運んだ。
「……美味い!」
ひと口食べた瞬間、予想を遥かに超える素朴で優しい味わいに、ギルバートの胸が熱く打たれる。
美味しい、という本心のままに思わず顔をほころばせるギルバートに、エカテリーナはほっと胸を撫で下ろした。
「よかったです! お口に合ってホッとしました。……あ、それじゃあ私も、一ついただきますね」
そう言って、エカテリーナも小さめのサンドイッチを一つ手に取り、上品に口に運ぶ。
「んーっ、やっぱり美味しいです! お外で食べるとまた格別ですね」
満面の笑みで美味しそうに頬張るエカテリーナの姿を見て、ギルバートは(彼女が作った料理を、こうして隣同士で一緒に食べている……!)という事実だけで、胸がいっぱいになり、さっきまでの黒い感情がすっかりどこかへ吹き飛んでしまうのだった。
「自分で作ったものを食べてもらえるのってうれしいんです」
というエカテリーナに、
「……こうしてカティと一緒に食べると、美味く感じる……」
少し照れくさそうに言うギルバートに、エカテリーナは「ふふ、ギルバート様、ありがとうございます!」と嬉しそうに目を細めるのだった。
***
それからしばらくして、馬車は今回の宿泊地へと到着した。
「かなりの距離を移動したからな、疲れてはいないか?」
ギルバートはそう声をかけながら、いつものようにそっと手を差し伸べた。その温もりの宿った大きな手を取って馬車を降りながら、エカテリーナは「全然疲れていませんわ!」と満面の笑みで答える。
宿の玄関前では、先回りしていた側近のリチャードが控えていた。ギルバートを見るなり、リチャードは深刻そうな顔で歩み寄る。
「閣下、大変でございます!」
「どうした、リチャード」
「それがですね……こちらの宿の手違いで、あいにく本日ご用意できるお部屋が『一部屋』しか空いていないそうなんです……!」
「なんだと?」
ギルバートの顔に険しい皺が寄る。リチャードは申し訳なさそうに頭を下げつつ、どこか含みのある笑みを浮かべて続けた。
「ですが、その一部屋というのが、この館で最も贅沢な『最高級スイートルーム』ということで……! 広いリビングもございますし、今宵はこちらの部屋で仲睦まじくお過ごしいただければと!」
(……本当の手違いか、それともこの有能すぎる側近がわざと仕組んだのか……)
リチャードの怪しすぎる名演技に一瞬目を細めつつ、ギルバートはゆっくりと振り返り、エカテリーナに視線を向けた。
「そういうことらしいが……カティ、大丈夫か? 一応、部屋には広いソファーもある。俺はそこで寝るから、カティがベッドルームを使うといい」
「っそ、そんな! ギルバート様にソファーで寝ていただくわけにはいかない! 私がソファーで寝ますよ!」
「ダメだ、……俺の妻をソファーで寝かせるわけにはいかない」
押し問答を繰り広げる二人だったが、まずは荷物を置くために、そのスイートルームへと足を踏み入れることになった。
案内された部屋に入ると、そこは言葉を失うほど豪華な空間だった。だが、肝心の寝室には――やはり、天蓋のついたふかふかの『巨大なベッド』がぽつんと一つだけ、圧倒的な存在感を放って鎮座していた。
(……リチャードめ、後で昇給させてやるか、それとも首を絞めるべきか……!)
内心で激しく葛藤しつつ、ギルバートは部下の名アシストに冷や汗を流しながらも、チラリと横にいるエカテリーナの様子を盗み見るのだった。
「やっぱりベッドは一つですね……」
気まずそうに目を泳がせるエカテリーナに、ギルバートはフッと小さく息をつく。
「まあ、夜のことは後で考えるとして……まずは、夕食に出かけよう。この地域で採れた極上の肉や新鮮な野菜がふんだんに振る舞われる、評判のレストランを予約してある」
「あっ、はい! 夕食ですね、行きましょう!」
気まずい空気から逃れるように元気よく頷いたエカテリーナは、ギルバートや同行するリチャードたちと共に、賑やかな街のレストランへと出かけていくのだった。




