35、シエルさんと過ごす時間
宿屋ノームを出ると、シエルさんは、すぐに左に曲がった。彼の職場が右の方だから、無意識に避けているのかも。
「あっ、そうだ。昨夜のレストラン、また支払いをせずに帰ってきてしまいました」
「ん? それなら気にしなくていいよ。サリィさんが同席したでしょ? あのレストランは、身分の高い人が払うことになってるからね。それに、通貨はGじゃなくて、イービー星のお金でしか払えないよ」
あっ、そういうことか。だから転移屋さんは、アクセス権限がないって言ってたのね。イービー星セルフィア王国の直営レストランは、ゲーム舞台からは独立した存在なのかも。でも、ミッションクリアには使えたけど。
「じゃあ、今度会ったら、お礼を言わなきゃ」
「ふっ、オモチは、本当に真面目だね。あっ、ここは四大精霊のポスターが多いな」
いつの間にか、石畳の看板通りを歩いていた。ここも、人が多い。シエルさんが名作だと言っていた乙女ゲームをやってみたくなる。
私達も見られてる。二人とも主人公だから、仕方ないのかな。だけど、昨日感じたような、女性からの敵視する視線は感じない。
新しいメモリーがどうのという声が聞こえてきた。あっ、二次元の写真のメモリー機能は、他の人でも見ることができるのか。
恋人の24時間が過ぎると、私はより一層、多くの人に追いかけられるのかと、暗い気持ちになってくる。
「僕達のメモリーを買った人が多いみたいだよ。あっ、僕の方にしかポイントは入ってないよね? たぶん、行動を起こした方にポイントがつくんだと思う」
「ポイントって、あの写真が買われたということなんですか?」
「うん、そうだよ。あっ、そっか。オモチは、知らなかったよね。昨日は、ちょっとオモチに酔っていたから、ちゃんと説明できてなかった。ごめんね」
「いえ……」
私に酔ったって言われると、なんだか恥ずかしくなる。私も、シエルさんの放つ魅了にかかっていたもの。
「あの店でいいかな? たぶん有料配信だから、オモチは知らないゲームだと思うけど、料理は口に合うと思うよ」
シエルさんが指差した店頭のポスターを見て、私はドキッとした。場所は違うけど、セルさんと行ったのと同じコンセプトカフェだ。
「はい。落ち着いた外観ですね」
「うん、有料配信のゲームのコンセプトカフェは、だいたいの店が、落ち着いた雰囲気だよ」
シエルさんは、18禁だとは言わないのね。もしかしたら、知らないのかもしれない。
◇◇◇
「いらっしゃいませ。2名様ですね? お好きなお席にどうぞ」
あっ、ちょっと違う。セルさんと行った店より広くて、ウッディな雰囲気だった。店員さんの衣装は同じね。
店内でも、私達は注目を浴びていた。だけど、それはほんの少しの間だけだった。恋人の時間じゃなかったら、騒がしかったかも。
「全然、絡まれないな。これはいい。オモチも食べるよね? 僕は朝食だけど、ランチでもいいかな」
「私は、朝定食を食べ過ぎたから、軽めがいいですけど」
「ん? 残ったら、僕が食べるよ。Aランチを2つね」
あっ、同じランチだ。シエルさんと一緒にいて、セルさんのことばかり考えるのは、彼に失礼だよね。切り替えなきゃ。
「オモチ、僕は今日が11日目だけどさ。今日のミッションも明日のミッションも、そして今、明後日のミッションも終わったから、すんごい解放感だよ」
ふふっ、なんだか可愛い。
「私も、かなり進んでますよ。看板通りを歩いたから、またひとつクリアできましたし」
「このまま、ガンガン達成したら、心に余裕が生まれるよな。この数日は悲惨だったんだよ〜」
ランチが運ばれてくると、シエルさんは、パクパクと食べ始めた。私は、ほぼ満腹状態だったから、サラダや軽い物を中心に食べていく。
「お仕事をしながらだから、大変ですよね」
「うん、まぁ、僕がやりたかったんだけどね。僕は、三男だから、家を継ぐことができないんだ。気楽だけど、どこで生きるかを選ばないといけない」
そういえば、アイル村という所の村長の息子さんだっけ。王宮の料理番をする村だとも聞いた。
「アイル村の人は、セルフィア王国の王宮の料理番って、昨日聞きました」
「まぁね。この星に来てる理由でもあるよ。貴族の務めだから、拒否権はないんだけどね」
「えっ? 貴族なんですか? 村って……」
私がそう尋ねたとき、シエルさんは、私のパンを指差した。どうぞとパン皿を押すと、パンを取って食べている。私の食べかけではないけど、貴族なのに気にしないの? あ、サリィさんも王女様なのに、気にしない人だけど。
「イービー星からこの星に来ている人は、全員が貴族か王族だと思うよ。僕の村は、代々セルフィア王宮に仕えている。一応、何かの際には戦闘要員でもあるけど、何かなんて起こらないからね」
「何かって、戦乱とかですか?」
「うん、戦乱もだけど、ほとんどの星が困ってるのは、様々な自然現象でしょ? 空から無数の隕石が降ってくるとか、自然界の魔力暴走事故による星の爆発とかさ」
「えっ? 自然現象って、大雨による水害や地震とかじゃないんですね」
私の返事が不思議だったのか、シエルさんはキョトンとしている。あっ! 食べようと思ってたポテトフライを取られた。
「ん? あ、これ、食べちゃった。びっくりしてて聞くのを忘れたよ。食べて良かった?」
「別にいいですけどー」
私は普通に返事をしたのに、シエルさんは、ぷぷっと笑ってる。
「オモチ、怒ったでしょ? かわいい〜」
「からかわないでくださいね」
「僕は、そんなことしないよ。ねぇ、オモチは、僕と結婚したいと思ってない?」
はい? シエルさんは何を言ってるの?




