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怪物コルロルの一生  作者: 秋月みろく
■死ぬとき
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6




 ライアンは飛行船をコルロルへ近づけるタイミングを計っているようで、いつになく集中していた。でも、そう言った彼の声は、子守歌のように優しかった。


 あたしはリーススに背を向け、昇降口に立った。


「リースス……あたしは結局、リーススの真似しかできないみたい」


『死ぬときは、一緒だよ』、そう言って笑った、テディの姿を思い出す。


「レーニス……なにする気?」、手探りの探し物みたいに、慎重な口調でリーススはたずねた。「まさか…………そんなの、許さない。絶対に許さないから。すぐにこっちに戻って。さあ、私の手を掴むの」


 手が差し出される。昇降口から入り込んでくる強風が、髪や衣服を乱雑に動かした。


「レーニス、あなたとの生活が苦痛だと言ったことは、撤回する。大変な旅だったけど、おかげで私気づいたのよ。レーニスに感情が戻らなくたっていい。生きていてくれれば……それだけで……それだけでいいの。お願いレーニス……私を1人にしないで。置いてかないで……」


 くるりと踵を返し、リーススの元へ飛び込む。そして彼女の額に、短く口をつけた。泣きながら驚く彼女へ、あたしは最後に、できる限りの笑顔を向けた。


 それからすぐ、昇降口へ。一歩、二歩……三歩目には、空の中だった。


 レーニス、とあたしを呼ぶ声は、すでに遥か後方に聞こえていた。あたしはコルロルめがけて飛んでいた。軍の銃弾が飛び交い、いくつかが服や髪をかすめていく。


「レーニス!」、コルロルはあたしに気づくなり、複葉機を蹴ってこちらへ飛び込んできた。


 やつへ向かって精一杯伸ばした腕ごと、コルロルはあっという間にその胸に抱え込んだ。


「レーニス……君は本当に、危なっかしいな」、金の目が、薄くこちらへ向けられる。「君が死んでしまったら、なんの意味もないじゃないか。僕はもう、飛べそうにない」


 コルロルの翼は上下に動いているが、焼け焦げた隙間を、風が通り抜けていくばかりだ。やがて、翼を動かす気力もなくなったのか、動きが止まる。あとはもう、真っ逆さまだ。

 

 吹き上げてくる豪風にハサミを入れるように、あたしたちは風に抗って落ちていく。


 やつの胸へ添えた手に、生暖かい液体の感触があった。血だ。赤い血だ。動物はきっと、みんな同じ色の血が巡っている。あたしにも、そしてコルロルにも。同じ色の血が流れているなら、あたしたちの本質は、同じなのかもしれない。

 

「……あんなに撃たれたら、いくら怪物でも死んじゃうのよ? 分かってる?」


「いいんだよ」、やつはあっさり答えた。


「よくない、そんなの、絶対に良くない。自分だけが犠牲になるなんて……」


 あたしはやつの人生を思った。何百年もの間、孤独に生きた怪物。人間になりたくて、人間の感情を集めた怪物。だけど人間にはなれず、今死のうとしている怪物。


「何百年もの間、ひとりきりで彷徨ってきたんでしょう? 人なんてあっけなく殺せるくらい、強いんでしょう? それがこんな最後で……あなたの何百年が報われるの?」


 あなたはなにを手にしたの? 喜び? 楽しさ? そんなものじゃ、割に合わないじゃない。


「簡単なことを聞くなあ」、コルロルは少し、声を出して笑う。その顔が、息を呑むほど幸福そうで―――。


「君に会えた。それが、怪物として生きた僕の全てだ」


 そう言うやつの口元には牙が出ていて、相変わらず凶悪だった。あたしはそこに、自分の唇をつけた。この怪物に、あたしの全てを捧げたいと思った。


 ねえリースス。どうか笑って。あたしの中は空っぽだから、あなたの真似しかできないみたい。


「死ぬときは、一緒だよ」


 そうして間もなく、ぎゅうっと濃縮された時の塊のような落下を終え、でこぼこで暗い崖底へと、あたしたちは―――……。


 その刹那、三角水晶の中に、新たな色が滲んだのを見た。水晶にヒビが生じたかと思うと、瞬く間に砕け散る。中に閉じ込められた七色が、僅かの間たゆたい、すっと、あたしへ、コルロルへ、染みていく。


 白くまっさらな、ベールの光に包まれた。コルロルの黒い羽が、自ら飛び立つように天へ登っていく。古い皮を脱ぎ捨てるみたいに、硬い外皮が細かに砕け、光の中へ舞っていく。鋭い爪が取り払われ、白い五本指の手が姿を現す。その様子を、あたしは目を見開いて見ていた。





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