4
あたしの肩に添えられた怪物の手が、かすかに震えていることに気づく。口では強気なことを言っているけど、コルロルは怖いんだ。
コルロルの首に下がる三角水晶へ目が行く。六つの色が閉じ込められた水晶。そうだ、コルロルには、恐怖があるんだ。
「……たしかに、他に手があるとは思えないし、時間もない」、ややあって、あたしは言った。
「レーニス、冷静になれ」、責めるようなライアンの呟き。
「ライアン、あたしは感情がないから冷静よ。コルロルなら、翼で飛ぶまでもなく、やつらのところまで一足でいける。今の窮地を突破するには、怪物の力が必要なのよ」
「力が必要? これは犠牲って言うんだ。今あそこに行けば、コルロルは間違いなく死ぬ。複葉機に向かえば飛行船が撃ってくるし、飛行船に向かえば複葉機が撃ってくる。飛べないコルロルは、敵と一緒に落ちるしかない。俺たちはその間に、うまくいけば逃げおおせるかもしれない。でもそんなことは」
「分かってる。でも助かる可能性があるとしたら、これしかない。コルロルの力があれば、あの兵士からライフルを奪えるし、飛行船を引き裂くこともできる。分かってる……。分かってるのよ」
思わず俯く。言葉が詰まる。まったく整理が追いつかない歪な考えを、あたしはゆっくり紡いだ。
「でもそれは……ダメだ、って。思う……。なぜだか強く……そう思うの」
言いながら混乱する。シンプルに考えて、コルロルが敵を止めてくれないと、あたしたちは全員ここで死ぬ。コルロルが敵の元へ向かえば、コルロルは死ぬだろうけど、あたしたちが助かる可能性はぐっと上がる。簡単な算数だ。4人死ぬより、3人助かって1人だけ死ぬ方がマシだ。
命の価値がすべて等しいなら、そういう単純な計算が成り立つ。
「レーニス、僕は臆病だから、これから死ぬと思ったら、怖くてたまらないんだ。でも、君がそう言ってくれて、震えが止まったよ。僕、気づいたんだ」
頬に手が添えられ、あたしは顔を上げた。
「君が生きるために犠牲がいるなら、僕はその役目を誰にも譲りたくない。大丈夫。もう怖くないから」
黒羽が風にまたたく中、コルロルは金の目を細めた。そしてふっと、息を吹かれたろうそくの火みたいに、目の前から姿を消した。「コルロル!」、ライアンが叫ぶ。「うそ……本当に行っちゃったの……?」、リーススは強張った顔をあげる。
あたしはコルロルの消えた昇降口から、目が離せなかった。
暗い空には、分厚い雲。優しさを形にしたような笑顔だった。
ライアンは「くそっ」と自分を奮い立たせるように言って上体を起こし、飛行船の操縦に努めた。
「ライアン危ない! 顔を上げないで!」
「危険でもやるしかない! こうなったら意地でも助かってやる!」
リーススの顔が、コルロルを追うように動いていた。あたしはコルロルの姿を探さなかった。
今あたしは飛行船のゴンドラにいて、たしかに足をつけているけど、中身はすっぽぬけてしまったみたい。途方もなくおちていく感覚だけが、全身にくまなく満ちている。
「犠牲になるなら、あたしだった」、小さく呟く。
「……レーニス」、リーススが複雑な表情であたしを見た。
「コルロルは怪物だけど、感情がある。やつの方が人間に近い。心のなくなったあたしの方がよっぽどバケモノなんだから、この場で犠牲が必要なら、あたしが犠牲になった方がいい。でもだからって、あたしの人間の体じゃ、あいつらを追い払えない」
あたしとコルロルはちぐはぐだ。どっちもバケモノなんだけど、コルロルは見た目で、あたしは中身。




