2
そこに見張り役はいるはずなのに、返事はない。取り合うつもりがないらしい。あたしは今一度声を強めた。扉を叩いてやりたいけど、扉には届かないように、鎖の長さが調整されている。
「これは本当のことなの。さっきはちょっと動転してて、ちゃんと説明できなかっただけなの。あたしはあいつの仲間なんかじゃないし、この街を襲う気もないのよ。そもそも、襲う理由がないわ」
「もう決まったことだ」、めんどくさそうな低い声が返ってくる。「それより、さっきから独り言が多いぞ」
「本気? 本気であたしを火であぶるつもり? そんなのって、ひどいと思わないの?」
「もう決まったことだ、静かにしてろ」
元の場所まで引き返し、あたしはそこに座りこんだ。テディーがあたしの前に立つ。
「どうしよう。まったく相手にされてない。そこで考えたんだけど、色仕掛けなんかどう? ちょっと色気を出せば、あの見張り役、逃がしてくれないかな」
「それは無理だよ。絶対ムリ。私がやった方がまだいいかも」
「…………そっか。テディー、けっこう毒舌なのね。でもあたしも、ちょっとくらい胸の谷間とか出せば」
「谷間があればの話だよね」
「そうね。正論だわ」
色仕掛けが無理となると、いよいよ実力行使的な方法で抜け出すしかない。
この部屋の扉は、鍵で施錠されているわけではない。こちらから開くためのとっかかり、ドアノブがないだけだ。重い鉄の扉だから、それでじゅうぶん逃亡を防ぐ仕掛けなのだろう。
見張りは一人。鎖の足枷をはずすための鍵は、そいつが持っている。扉には、食事の運び入れに使われている受け渡し口がある。横広い四角の穴。あたしは当然出入りできないけど、テディーのサイズなら……。
「頭、大丈夫?」
「へ?」、頭がイカれたのか? そう尋ねられたのかと思った。
テディーは自分の頬を、短い手でぽんぽんと叩いていた。「あー」、あたしのおでこから血が垂れて固まっている。おでこを指したかったけど、テディーの手じゃ自分の頭に届かないから、頬を指してしまったようだ。
「もう大丈夫だよ」
この塔に来るまでの道のり、あたしは木の板にくくりつけられ、まるで見世物のように人々のひしめく広場を運ばれた。
あの時の広場に集まった人たちの、畏怖と憎しみにまみれた顔。顔。顔。怒りをこめて投げられる石。石。石。そのひとつがおでこに当たって、血が流れた。目の前で思い切り鈍器を振られたような衝撃だったけど、それは手で握れるくらいの石ころだった。あたしは石を投げたオヤジを睨んだ。顔も覚えた。
小柄で白髪の男だ。よれた白いシャツを着ている。目は鋭いが眉は垂れている。鼻がでかくて口は薄い。どことなく幸の薄そうな印象を受ける顔だった。
「今度会ったら、石ぶつけてやるから。それより今は、ここから逃げないと」
でも、と心の中で言葉が続く。でも、あたしはどこへ向かい、誰と会えばいいんだろう。 今まではずっと、リーススと生活していた。でも、リーススは……。
「ねえテディ、あたしって、一緒にいてつまんない?」
「ん~……普通」
「………あなたって、可愛げのないぬいぐるみね」
「だって、ほつれてるし」
「性格のことを言ってるんだけど」
なんだかテディ、少し、大人になった? 会ったばかりの時は、ただ生きていることを喜ぶぬいぐるみだったけど、それからのすったもんだが成長させたのか、ちょっと落ち着いてきた気がする。思春期の子供みたいな。
「まあいいわ。つまんないと思われていないだけ。もっと小さい頃ね、学校に通ってたの。リーススと一緒に。あたしは一人も友達がいなかった」
「あはは、おもしろい。うんうん、友達できなさそうだもん」
「あのね、そんなことばっかり言ってると、その汚れた布を引きちぎるわよ」
「あーやだやだ、怖い怖い」




