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怪物コルロルの一生  作者: 秋月みろく
■がんばるテディ
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3




「あのね、なにもおもしろくないと思うの」、たぶん、あたしに『楽しい』が欠けてるせいじゃない。


「あのね、さっきのレーニス、すごくかっこよかった。ナイフ重いのに、ひとりやっつけちゃった。しゅん!しゅん! って動いてね、かっこよかった」


「そう。鍛えておいて良かった」


「でも、全員じゃなかったね」


「悪かったわね」 


「全員じゃなくて、こちらとしては助かったよ」


 頭上からの声。

 はっとして顔をあげる。銃声が耳をつんざく。鋭い痛みが肩を駆け抜ける。それらはほとんど同時に起こった。激しく横へ倒れ込む。岩壁を男が降りてくるのが見える。一足遅れて、目の前にテディーが転がった。地面に落ちて、一度小さく跳ねる。そのぬいぐるみへ腕を伸ばし、なんとか掴みとったところで、横腹に鉛玉がめり込む衝撃が起こった。


 男に蹴り飛ばされたようだった。体をくの字に曲げて痛みに耐える。テディー……大丈夫。腕の中の柔らかい感触を、上着の中に突っ込んだ。男を見上げる。足を切った方じゃない。男は憤慨した様子で、怒りをぶつけるように何度も蹴った。


「相棒がやられて、彼は激怒しているんだよ。レーニス、これは君が悪い」


 あたしが悪い? ふざけないでよ。思うだけで、言い返すことはできない。固く目を閉じ、亀が甲羅に閉じ篭るように、体を縮めて耐えるしかなかった。


「もういいだろう、連れていけ」、どれくらいそうしていたのか、やがておじさんは言い放った。その声に憐憫は含まれていない。熱も冷えもない淡白な声だった。


 バケモノ。気が付くと、頭の中にその文字が現れ、あたしは地面に向かって血の混じった涎を吐いて、咳込みながら、何度も口の中で呟いていた。


 後ろから髪を掴まれ、体を起こされる。


「もう、どんぐりは手に入れたでしょ。コルロルも、死んだんじゃないの?」


 間に不規則な荒い呼吸が混じり、言葉が切れ切れになる。


「やつは生きてる。すんでのところで爆弾に気づき、あの男と一緒に逃げたんだ。君を見殺しにしたんだよ」


 おじさんの姿は綺麗なものだった。怪我はなく、それほど汚れてもいない。昨日とは服も異なっている。顔色も良かった。


「それで、またあたしを人質にするつもり? 見捨てられた人間に、人質の価値があるの?」


「やってみる価値はある。何事も挑戦だよ。しかしあの怪物、私たちの手には負えん。少し先に飛行船を停めてある。君はそこに同乗し、私の住む街へ来てもらおう」


「おじさんの住む街へ? なぜ?」


「国に動いて貰うんだ」、おじさんは高らかに言った。「筋書きはこうだ。君はコルロルの仲間であり、君を助けるためにあのバケモノはやってくる。コルロルを確実に仕留めることのできる機会だ、国軍も喜んで協力してくれるだろう」


「……あの金のどんぐり、高値で売れるんでしょ? それだけじゃダメなの? まだ足りない? コルロルを相手にするのは、おじさんだって危険なはずだよ」


「足りないってわけじゃない」、おじさんは、豊かな顎髭を撫でた。「ただ、もっと欲しいんだよ。沸き上がってくる欲望を、抑えることが出来ないんだ」


「……バケモノ」、あたしは吐き捨てた。でもそう言いながら、いや、違う。とも思う。『欲もないと、人間じゃないだろう?』とコルロルは言った。人間なんだ。バケモノなら金への執着を持たない。人間だからなんだ。


 人間だから金を追い求める。それが幸福だと信じている。十年間、それがただ一つの道だと疑わず、復讐をやめられずにいたあたしと、金を手にするため躍起になるおじさんとの間にある違いなんて、微々たるものなんだ。


「手荒な真似をして悪かった。しかし視点を変えて見てほしい。あの怪物を殺すことは、国の平和にも繋がる。難攻不落と思われた怪物にも、弱点があった。君だ。敵の弱点をつく。これは基本的な戦術なんだ」


「……全員、殺すつもりのくせに」


 おじさんは何も答えず歩きだす。あたしも男に掴まれ、引きずって連れて行かれる。さっき満身創痍だと思ったけど、まだ上があったなんて。


 肋骨が軋んで、体を真っ直ぐ立てることができない。唇や口の中が切れて、砂利の感触と血の味で満たされている。銃弾の通った肩は服が破れ、血の生ぬるさが腕を伝っている。


「生きてる」、それでも、あたしの頭の中は、その一言でいっぱいに埋め尽くされていた。生きてる。コルロルは、生きてる。生きてる。生きてる。生きてる。


「聞いた?テディー」、上着の中のテディーへ、声を押し殺し囁く。「あいつ、生きてるんだって」




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