華音が剣道や徒手格闘を極めない理由を語る
華音は、ゆっくりと話しはじめた。
「剣道、そして徒手格闘は、あくまでも鍛錬とか自己防衛の手段で・・・」
「それを極めようとまでは、思わないのが、本心」
「というのも、剣道にしろ、徒手格闘にしろ、目の前の相手を倒せば、それで一応の決着がつく、そこで終わりなんです」
「たいていは、一対一の勝負で、大会に参加したとしても、相手をするのは・・・10人・・・多くても20人くらいでしょうか」
周囲全員が華音の言葉に、耳を傾ける。
華音は、一旦、すまなそうに空手部員、空手部顧問松井、剣道部顧問佐野に頭を下げた。
「それで、文学とか、書き物の場合は、書いたものが、残ります」
「つまり、その人の考えていることが、ずっと残る」
「世界の歴史、日本の歴史を考えれば、紀元前、つまり二千年以上残る文もある」
「たくさんの人に、書いたもの、書いた考えを読んでもらえるし、評価されれば、影響も残る」
華音は、またすまなそうな顔。
「そもそも、比較の対象には、なっていないのですが」
「それと・・・奥が深くて、偉そうなことを言っても、なかなか・・・恥ずかしい限りで」
華音の言葉は、そこで終わった。
聞いていた学生たちは、「ポカン」とした顔。
あまりにも、想定外の話だったようだ。
空手部顧問松井は、笑ってしまった。
「・・・まあ・・・それは・・・その通りだ」
「確かに、格闘はその時限り、永遠には残らず」
「文は、残るか」
剣道部顧問佐野も笑った。
「宮本武蔵の五輪の書は残るけれど、宮本武蔵の剣は見ることはできないか」
華音は、両顧問の笑顔で、ようやく笑った。
「僕が強いとか、弱いの話ではないんです」
「僕は、そうでないことを、したいだけなんです」
吉村学園長が、再び華音に声をかけた。
「まあ、華音君も、暇があったら、剣道部とか空手部にも顔を出してみたら?」
「部に入るとかではなくてさ、身体ほぐしとか、気分転換の意味でね」
吉村学園長の言葉で、両顧問はうれしそうな顔。
空手部顧問松井
「それは、助かるなあ、刺激になる」
剣道部顧問佐野
「鍛錬方法も教えて欲しい」
華音は、恥ずかしそうに笑っている。
「わかりました」
そして、また、頭を下げた。
「ただ・・・まだ、本来の希望の、文学研究会には、何の挨拶もしていないんです、これもまた、申し訳なくて」
吉村学園長は、周囲の雰囲気を読んだ。
「じゃあ、華音君は、今日はこれでいいかな?」
「あとは、華音君の都合しだいで」
誰も、異論を言わない。
拍手まで起きている。
華音は、再び深くお辞儀をして、空手部練習場を後にした。
鞄を取りに、自分の教室に戻る華音に、吉村学園長
「華音君、お疲れ様」
華音は笑顔。
「ナイスフォロー、ありがとうございました」
吉村学園長
「これから文学研究会?」
華音は、首を横に振る。
「いえ・・・まだ部屋の整理です」
「持ち込んだ本が500冊以上あるので・・・」
吉村学園長は、目を丸くしている。




