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「あだしぎり」と出会った日  作者: ふうらいぼう


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墓場で落語をする女

当時の僕は剣道の先生が系列だった&話が滅茶苦茶上手だったこともあり、山岡鉄舟の小説にドはまりしており、自分で言うのも何だがかなり拗らせていた。その結果何を考えたかといえば足りない胆力を補うためには、墓場で座禅とか良いのではないかと……そんな事を思ったのだ。


ちなみに今思えば、しょせん僕でしかないなあという所ではあるが、夏場で敢行するのは早々に諦めた。最近の酷暑は夜だろうが何だろうが、地獄絵図である。アスファルトの場所を選ぼうが余熱が結構残っているし、さりとて土地面はヌチョヌチョした感じ&アリとか何やらえらい感じだ。


ついでに藪蚊もシャレにならない&蚊取り線香代もシャレにならない。昔の人はきっと気にしなかったのだろうが、現代人の僕は気にする。熱中症で死にたくもなかった。ではどうする事にしたのか、そうだ冬場にしよう......!


昨今は暖冬だし、相応の防寒対策と飲み物準備で、後は場所が場所だし静かにやる慎みさえあれば何とかなるのではないかなあと思ったのだ。そして実際やってみた。物議を醸しだしてしまうから万人におすすめ出来るとは言い難いけど、暖冬とはいえ体がかじかむ事だったり、気配にビクンとかなってしまう事や虫の類に慣れさえすれば、意外とズッシリやれるものだなあという結論を得た。


具体的な技の練習の方だったりに、もっと時間を割いた方がとか後になってみれば色々思う所もあったのだが、技の立ち回りが非常に落ち着いて「こりゃ良いな!」という実感が当時はえらくあった。何かあったとしても、墓地でビクンドクンとか人様に見られたらどうしようとかでピリピリするのに比べたら、色々軽いなあとか思えるようになったのだ。


だから、学生時代で暇な間はこれを密やかな自己鍛錬と定めようとか、そんな風に思っていた。そしてあの日も墓地で座るべく装備固めて、夜の夜中に出かけたのだが……ちょっと深刻に青くなりかける出来事と遭遇した。


僕がふだん座る場所から、少し離れた通路の様な場所に少女がいたのだ。笑点を思い出してほしいのだが噺家さんの着物を着こんで座布団に座り、静かに瞑目している。ぶっちゃけ、僕だって相当変な事を当時していたくせに、その時真剣に思ったのは「あ……こりゃあ幽霊だ」という事だった。


噺家さんの新人さんなんかが、自分の芸を磨く為に人気のない場所で稽古していたみたいな事も思わないではなかったが、それならそれでジャージやら何やらで、傍らに落語の見本が入った録音機材か何かでも持っていそうではないかと思ったのだ。


だが、彼女はしっかり笑点で出てくるような着物をしっかり着ているし、座布団まで持ってきている。色んな意味であり得ない。そうなると頭に過る最後の可能性は「幽霊」という物だった。此処に来て、急にゾッとしてきた自分がいた。


それこそ単純に小説に憧れてマネなどしていたわけだが、まさか本物を見るとは夢にも思っていなかった。急に自分が罰当たりな事をしているような複雑な心境になってきたのだ。だから、このまま静かに墓地から家に帰って、清めの塩でも振って寝ようと思いかけた……その時だった。


「いないはずの人」が僕の隣を通って、彼女の少し前に置いてある無人の椅子に座ったのがハッキリと分かった。フィールドオブドリームズという映画を見た事があるだろうか。


もういないはずの......幽霊の野球チームが集い静かに野球をする感動巨編なのだが、あれの幽霊登場シーンが一番近い。


別に姿を見たわけではないのだ。ただ、人が通ってそこに座ったのが頭の中にスーッと浮かんだというそれだけの話。年の頃は5歳くらいの女の子。続いて30代前半と思われるお母さんが生まれたばかりの赤ちゃんを連れてやってきて、旦那さんと思われる男性も……同じく座る。


客観的に見たら、誰もそこにはいないのに、ただ理屈ではない何かがそこに誰かが座ったのをハッキリと教えてくれていた。ただ、困ったのは此処からだ。正直これは「心霊体験でこわーい!」とかではなくて、何かの御弔いの類の様にも思う。


そんな中に墓場に座禅に来ていただけとかいう意味が分からん人が、いつまでいていいとも思えない。これはそのままお邪魔にならん間に退散しようと思ったのだが、その時、噺家みたいな少女が僕に向かって話しかけてきたのだ。


「これも何かの縁でございますし、お付き合い頂けませんか? まだお席はありますのでおばあさまのお隣に」


正面に並べられた椅子の他に、離れた個所に席が1つあり、そこには前の席に座った「いないはずの人」ではない生身の目を腫らしたおばあさんが座っていた。


その隣には確かに空の席がある。おばあさんは困惑した顔を一瞬、少女に向ける物の......彼女は「大丈夫ですので」と微笑むばかり。


それにおばあさんは納得した様子で、僕に席を勧めてくれて、僕は止む無くそこに座る事になった。実を言えば、この時に「あ、でも急ぎますので。失礼します」という選択肢もあるかないかで言われるならあった。


ただ、彼女の話しかけてきた言葉から、何となくだが「残ってほしい」という気配を強く感じたので、断るという考えが頭に浮かばなかったのだ。


この時の判断は後で、間違っていなかった事が分かる。そして彼女の噺が始まった。内容は必ずしも落語に限定されていたわけではなく、女の子に向けてプリキュアのどのシリーズが好きなのか等雑談の様な事をしていたかと思えば、旦那さんや奥さんと日常の話を楽しそうに語り合ったりもしてみせた。


時にはおばあさんにも話題を振って、おばあさんも大きく頷いたり、会話に入って楽しそうだった。傍から見たら、少女と僕たちが勝手気ままに、いないはずの誰かを補いながら会話をしていただけに過ぎない。でも、間違いなく……少なくとも僕達の中には、そこに女の子と旦那さんと奥さんともう1人のお子さんは「いた」。


とても奇妙で不思議な時間だった。少女は時折、ぶんぶく茶釜だったり、へこき嫁だったり子供が楽しそうな噺をしたりするのだが、その時に女の子が僕の脇をつついてきたのも分かったし、時には彼女たちの隣に、ぶんぶく茶釜が躍っていたりしたのも見えたような気がした。


それはどれくらい続いたのだろうか。僕は半分不思議な空気の中で夢か現か分からない様になっていたのだが……ふと、大きな風が吹き、突然意識がスッと戻って前を見ると朝日の中に「いないはずの人達」は消えかけていて、おばあさんはそれにずっと泣きながら手を振っており、少女はそんな彼らに深々と頭を下げていた。


周りの空気は入れ替わり、彼らとおばあさんの別れが済んで……僕はそれを呆然と見送るばかりで、おばあさんはやがて迎えに来た家の人に連れられて家に帰っていった。やがて僕は少女と二人きりになる。色っぽいも減ったくれもない。


僕は延々と不思議な儀式を外側から覗いていただけに過ぎないのだから、どういう内容なのか聞いてみたい気もあったが、少なくともそれが言い出せる様子ではなかったから。それにまさか墓場で夜明かしする予定もなく、僕はその場を辞して今度こそ去ろうと思ったその時に、少女は僕に消え入りそうな声でこう言ったのだ。


「一晩で徹夜で……5000円なんです。分かってはいるんです。そういうお役ですし。でも今日試験でもあるんですが……。どうしたら良いでしょう……? 喜んでもらえたのは……嬉しいのですが」


「学生だった!?」とギョッとしつつ、試験といきなり言われてもどう慰めて良いのか分からず、とりあえず冷えない様に持っていた飲み物を提供したのだが、これが「あだしぎり」と名乗るヘンテコな役をする者と出会った一番最初の会話だった事を覚えている。





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