辺境伯への道
翌朝。
レイルたちは宿の部屋で地図を広げていた。
ラゼルに来てから、依頼所で仕事を受けたり、街の人から話を聞いたりしてきたが、魔素操者に関する手掛かりは得られていない。
「で、次はどこに行くの?」
レイルが地図を覗き込む。
「それを考えている」
「何か候補はないの?」
「今のところはな」
ガルムが地図に目を落とす。
周辺にはいくつもの町が記されているが、どこへ向かえばいいのか判断する材料がない。
「手当たり次第に回るわけにもいきませんよね」
「ああ。時間も金も無駄にはできん」
リシアが少し考えてから口を開く。
「もう少し情報を集めた方がいいでしょうか?」
「でも、この辺りではもう結構聞いたよね」
ガルムはしばらく地図を眺めていたが、やがて顔を上げた。
「なら、ダレスに相談してみるか」
「ダレスさん?」
「ああ。各地に知り合いがいると言っていただろう」
「そっか! 何か知ってるかもしれないね」
リシアも頷く。
「昨日も情報があれば教えてくださるとおっしゃっていましたしね」
「よし、じゃあ行ってみよう」
レイルは地図を畳み始めた。
◇
ダレス商会へ着くと、店内では数人の店員が商品の整理をしていた。
昨日よりは落ち着いているようで、奥ではダレスが帳簿を確認している。
三人の姿に気づくと、顔を上げた。
「おや、皆さん! 今日もいらしてくださったんですね」
「おはよう、ダレスさん」
「おはようございます。今日は何かお探しですか?」
レイルが答える。
「ちょっと相談があって」
「相談ですか。もちろん構いませんよ」
ダレスは帳簿を閉じ、近くの椅子を勧めた。
「どうぞ、お掛けください」
三人が腰を下ろすと、ダレスはふと思い出したように笑った。
「そういえば、昨日のイグニスフォックスのお肉はいかがでした?」
「すごく美味しかったよ!」
「それはよかったですね!」
レイルは隣のガルムを見る。
「でも、ガルムが香辛料を三種類も試し始めてさ」
「三種類ですか!」
「ああ。どれも悪くなかった」
「ほう。それは気になりますね。どんな香辛料を使われたんです?」
ガルムが昨日買った香辛料について話し始めると、ダレスも興味深そうに耳を傾けた。
レイルは二人の様子を眺めていたが、なかなか話が終わらない。
「……ずいぶん盛り上がってるね」
「そうですね」
リシアが小さく笑う。
「ガルム、そろそろ本題に入りませんか?」
「む、そうだったな」
ガルムが話を切り上げると、ダレスもレイルへ向き直った。
「それで、ご相談というのは?」
「あ、そうそう」
レイルは少し身を乗り出した。
「ダレスさん、魔素操者って知ってる?」
「魔素操者ですか? ええ、もちろん知ってはいますが……。お探しで?」
「うん。何か情報ない?」
「そうですね……。貴族や軍事関係者でないと、なかなか知り合う機会もないでしょうからね」
「だよね」
レイルが少し肩を落とす。
ダレスはこれまでの三人とのやり取りを思い返した。
ゲイルバードを討伐し、イグニスフォックスの群れも退けている。これだけの実力がありながら、特定の仕事に就くでもなく、若い二人とガルムの三人で各地を旅している。
以前から少し不思議な組み合わせだとは思っていたが、今度は魔素操者を探しているという。
ダレスは一度だけガルムへ目を向けた。
ガルムもこちらを見ていたが、特に何も言わない。
ダレスはそれ以上尋ねず、いつもの笑みを浮かべた。
「でしたら、一つご提案があります」
「何か心当たりがあるの?」
「以前お話しした、珍しい魔物の素材を集めている貴族の方を覚えていますか?」
「あの変わった趣味の人?」
「ええ。その方です。実は隣国のアルディス王国で、辺境伯を務めていらっしゃいまして」
「辺境伯?」
レイルが首を傾げる。
「国境近くの領地を治めている貴族の方ですよ」
リシアが横から補足した。
「へえ、そんな偉い人だったんだ」
「アルフォード・フォン・レーヴェン様という方で、レーンベルクという領地を治めていらっしゃいます」
ダレスが続ける。
「各地にお知り合いも多い方ですから、魔素操者についても何かご存じかもしれません」
「なるほど……」
ガルムが口を開く。
「その辺境伯とは、直接会えるのか?」
「私からご紹介することはできます。ただ、お会いいただけるかは先方のご都合次第ですね」
ダレスは続けた。
「それに、レーンベルクには他国からの商人も多く訪れます。さらに先の国へ向かうなら、現地で伝手を探すこともできると思いますよ」
「それは助かるね」
レイルが顔を上げる。
リシアも興味を示した。
「そこから別の国へ向かうこともできるんですね」
「ええ。商人の往来がありますから、移動手段にも困りにくいでしょう」
ガルムが頷く。
「悪くないな」
ダレスは少し笑う。
「実は、もう一つお話がありまして」
「まだあるの?」
「ええ。近いうちに、その辺境伯様のところへ商品を運ぶ予定なんです」
「そうなの?」
「はい。以前買い取らせていただいたゲイルバードの素材も、その時にお届けするつもりです」
レイルは思い出したように頷いた。
「ああ、あれか!」
「ええ。それで、もし皆さんのご都合がよろしければ、道中の護衛をお願いできませんか?」
三人は顔を見合わせた。
「護衛?」
「はい。今回は商品も多いので、腕の立つ方がご一緒してくださると大変助かるんです」
ダレスがガルムへ目を向ける。
「もちろん、報酬はきちんとお支払いします。目的地までの馬車もこちらで用意しますので」
「なるほどな」
ガルムが少し考える。
「出発はいつだ?」
「三日後を予定しています」
「商隊の規模は?」
「荷馬車が三台です。御者や商会の者も同行します。護衛は皆さんとは別に二名手配しています」
ガルムは頷いた。
「道中の危険については?」
「大きな問題は聞いていません。ただ、人通りが少なくなる場所もありますので」
「そうか。護衛が必要になる場面もあるだろうな」
ガルムはレイルとリシアへ目を向けた。
「二人はどう思う?」
「俺はいいと思う。目的地まで連れていってもらえるなら助かるし」
「私も賛成です。情報を集める機会にもなりそうですし」
ガルムが頷く。
「なら、引き受けるか」
レイルがダレスへ向き直った。
「俺たちでよければ引き受けるよ」
「本当ですか! ありがとうございます!」
ダレスは嬉しそうに頭を下げた。
「皆さんがご一緒なら、私としても心強いです」
「こちらも助かるよ。次の行き先が決まったし」
「お互いにいいお話になりましたね」
ダレスが笑った。
ガルムは地図を取り出し、ダレスの前へ広げる。
「それで、目的地はどの辺りになる?」
「こちらですね」
ダレスはアルディス王国の一点を指した。
ラゼルから国境を越え、さらにその先へ伸びる街道。
レイルは指先を目で追った。
「結構遠いんだね」
「ええ。途中で何度か宿泊することになります」
ダレスは道中の町や休憩場所を説明していく。
ガルムも時折質問を挟みながら確認した。
ひと通り話がまとまったところで、ダレスが地図を畳む。
「では、三日後の朝にこちらへお越しください。出発の準備を整えておきます」
「分かった!」
レイルが立ち上がる。
リシアもダレスへ頭を下げた。
「色々とありがとうございます」
「いえいえ。こちらこそ、よろしくお願いいたします」
ダレスは三人を店の入口まで見送った。
「それでは、三日後にお待ちしております!」
◇
商会を出ると、レイルが大きく伸びをした。
「次の行き先、決まったね」
「ああ。出発までに準備を済ませておくぞ」
ガルムが答える。
リシアは少し考えながら歩いていた。
「辺境伯様が何かご存じだといいですね」
「そうだね。でも、知らなくても他の人を紹介してもらえるかもしれないし」
レイルが頷く。
「ダレスさんに相談してよかったね」
「ああ。人とのつながりは大事にしておくものだ」
ガルムがそう言うと、レイルは少し笑った。
「じゃあ、これからもいろんな人と知り合っていかないとね」
「そうだな」
三人は人通りの多い街を歩いていく。
出発まで、あと三日。
レイルはふと、通りの向こうに見える武器屋の看板へ目を向けた。
「……そういえば、まだ試したい武器があったんだよね」
「訓練なら付き合うぞ」
「本当? じゃあ明日、お願い!」
「いいだろう。相手してやる。覚悟しておけ」
「……そんな本気でやらなくてもいいんだけど」
ガルムが小さく笑う。
「レイルは武器のことになると元気ですね」
「せっかくだし、いろいろ試しておきたいんだ」
三人はそんな話をしながら、宿へ向かった。




