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46話 つまり彼は迷い、彼女は悩み、そして嘆く。

 読んでいただきありがとうございます!

「今日も来ないね……」

「……そうだな」


 不安そうにそっと口を開いた高畑。彼女の瞳は微かに揺らめいて、彼女が今考えていることが嫌でもわかってしまう。

 そんな彼女に対して何を言うべきか一切分からない俺は、ただ少し間を置いてその意見に同調することしかできなかった。

 登大路がカフェを走り去ったあの日から数日、彼女はカフェに一度も顔を出すことはなく、高畑が連絡しても音沙汰なしという状況である。今このカフェに登大路がいないということは、一切の経営が不可能であるということで臨時休業という形をとっている。


「なんかあったんかな……」


 相変わらず辛そうに俺を見上げる高畑の手は震えている。彼女は優しくて友達想いだから、登大路の異変に対して何も出来ないのが心苦しいのだろう。


「どっちにしろ、口出しできねえだろ」


 そう返してやると、彼女はまだ少し不服そうな様子で頷いた。

 その反応を確認したあと、ふと窓の外へ目をやると既に辺りは暗くなっていた。もう今日は彼女は来ないだろうと考え、帰宅することを高畑に提案すると素直に従い用意を整え始めた。

 しかし登大路が無断欠勤するのは些か妙ではないだろうか。それにあの時、妹に言われていたことが引っかかる。彼女ら姉妹に何があったのか。俺たちが口を挟む問題ではないが、ただ脳裏には彼女のあの表情が焼き付いて離れなかった。






 分厚い雲が空を包み月や星の煌めきさえ届かない秋の夜、辺りに響くのは二人分の足音のみだった。

 隣を歩く高畑の弱々しい一歩とは対照的に俺は力強く地を踏みつけていく。それは俺の決意の現れでもあった。


「綾乃っち……助けたいよ」


 ぼそりと呟く高畑は涙をこらえているのか、それはそれはか細い声だった。友達を想う彼女らしい様子だが、確かにそれは彼女ではなかった。

 暗い夜道では隣の高畑の表情すら見えないが、それでも確かにおかしいのは誰だって分かると思う。


「た、高畑?」


 その様子に少し気圧されつつ、なんとかその雰囲気を変えようとたどたどしく名前を呼ぶと彼女はこちらに顔を向けた。その表情は相変わらず分からないが、何となくいつも通りのように感じた。

 そして彼女は何も言うわけでもなく、歩く速度を速めていく。その後ろ姿はとても悲哀的で追うこともできず、ただ眺めている事しか出来なかった。


「……やるしかねえか」


 登大路にどんな事情があろうと、高畑がどんな気持ちに苛まれていようと、俺にとっちゃ関係ない。痛くも痒くもない。ただ……。


「んな顔してんじゃねえよ」


 そんな顔されてほっとけるほど俺は腐っていない。だから彼女に、彼女らに平穏な時間を取り戻す。

 そう決意した俺は、両手でつくった拳をぎゅっと強く握り締めて再び足を出した。






 明かり一つない暗い部屋の中、ただ天井の一点を俺は見つめていた。電気をつけていないことに特に意味はない。天井の一点を見つめていることにも意味はない。気分的に……というのも少し違う。ただ作戦を練るのにうってつけなだけだ。


「状況を整理するか……」


 まず登大路が無断欠勤。妹がカフェに顔を出した日から。そしてカフェが赤字へ傾く一方、かつ部活に目立った実績がないと廃部の可能性も考えられる。さらにそれによって高畑が日に日に暗くなっていく。

 冷静に考えてみればこれはかなりやばい状況だ。行動一つ間違えれば己の首を絞めてしまうかもしれない。だからじっくり時をかけて考えて考えて考え尽くさねばならん。


「目標は……登大路と高畑の救出だな」


 目標を定めた俺は目を瞑り軽く口から息を吐き、少しずつ作戦を練ることにした。

 まず高畑の救出は登大路を部活に参加させれば解決できる。となると、やはり登大路の救出に注力すべきか。

 登大路に異変が起きたのは妹がカフェに来た時、さらに言えば囁かれていた時。そうすると、妹がキーで間違いない。つまり最初は妹に接触する必要がある。初っ端から高難度だが致し方ないだろう。幸い向こうは俺を知っている。さらに俺は女子生徒にイケメンだと騒がれているから、そこを利用すれば妹の仲間にも怪しまれない。となると次はそこで……。

 いや待てよ。もっと簡単で楽で確実な方法があるじゃないか。登大路の性格を鑑みれば絶対避けて通らない道がある……。


「古市先生だ」


 登大路なら先生に絶対なにかしら告げている。先生なら事情を知っているはずだ。


「答えを得ればこっちのもんだ」


 俺は少し口角を上げてニヤリと笑ってしまう。答えを得れば方法を考えて実行するだけで勝ち。

 しかしまあ、ここまでスムーズに作戦を練れるとは思わなんだ。てっきり長期戦になると思っていたものだからな。


「早速、先生に聞いてみ——」


 ようと思ったが、この時間だしやめておこう。流石に深夜に送っては迷惑かもしれんしな。とりあえず今日のところは休んで明日から作戦開始といきますか。

 そう決めて閉じていた目を一度開き天井を見つめる。相変わらず暗くて何も映りはしないが妙に目がさえていた。そしてすぐに目を閉じて意識を落とそうとしたその時、部屋に聞きなれた音が鳴り響く。その音がすぐにスマホからということを瞬時に理解して、スマホを手に取って確認すると見知らぬ番号だった。だが見覚えのあるもので背筋がゾワッとするのを感じた。

 少し間を置いて俺はスマホの応答をゆっくりとタップした。


「……こんな時間になんですか」

『こんばんは~。寝てたかな?』


 悪気のないように質問を質問で返すその人は、こっちの気も知らずに軽い様子である。


「いや起きてましたけど」

『そっか~。あ、結局どうだったのかな?』


 藪から棒に何かと思えば、主語がないから分からない……なんて言う訳にもいかず理解してしまった俺はため息をついて答える。


「全然ダメです。というか今はそれどころじゃなくなってしまって……」

『じゃ、佐紀さんから助言しちゃおっかな』


 そういうと、こほんと軽く咳払いをしてからんーと少しの間唸った。


『多分、それじゃ何も掴めないよ。ってことで佐紀さんは明日早いので寝ます! 京くん、おやすみって言ってくれませんか?』

「え……あ、お、おやすみ……なさい」

『キャー! ゆっくり休みます! ではでは!』


 嵐のように電話を終わらせた佐紀さん。そして用済みのスマホを耳に押付けたまま、彼女が俺に言った言葉に思考をめぐらしていた。彼女が指す「それ」とは一体何なのか。そもそも彼女はなぜ俺にヒントを寄越すのか。などの疑問が次々と頭に浮かんでは消えていく。


「分かんねえよ……」


 そう呟いて体を起こして窓の外へ目を向ける。相変わらずの曇天にはあとため息をつくと、そのため息を嘲笑うかのように遠くから車のクラクションの音が2回聞こえてきた。眠った街に響く音とその暗い天気はなんとも言い難い濁ったものだった。

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