45話 つまりその毒は既に内部を侵し、崩壊を促す。
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——やっぱ進展なしか。
あの日から数日経った今、依然として状況に変化はなく、カフェ及び部活の存続すら危ういのではないかと疑わざるを得なかった。
高畑と登大路は無言で自らの仕事に従事してるが、如何せん気がかりなのだろう。目線が泳いでいたり、咳払いの回数が多かったりと落ち着きのない様子が見受けられる。
「紀寺くん」
俺の名を呼んだ登大路の方へ目を向けると、カップを丁寧に拭く登大路と目が合った。
相変わらずのきつく鋭い眼差しは今は一層鋭く感じられ、思わず唾を呑んで言葉を待つ。
「例の原因と遠因をそろそろ探し出す必要があると思うわ」
「まぁ、悠長に待ってるだけじゃいかんわな」
登大路の提案に躊躇せずに肯定を示す。彼女の言うことが確かであるからだ。様子を窺うとは息巻いたものの、そもそも誰も来店しないためそれも叶わない。
ならばこちらから動くしかない。とはいえ、問題はその方法なのだが……。
「確か京の身近な人が遠因だって言ってたよね?」
「ああ」
「あたしがそれとなく情報を集めるよ!」
自信満々に胸に手を添え胸を張る高畑に困惑しながら、彼女に一言物申す。
「高畑じゃ頼りねえな」
「綾乃っちなら分かってくれるよね!」
「高畑さんでは危険ね」
「そんなに信用ないの!? なんか複雑なんだけど!?」
不満そうに彼女は頬を膨らませて俺たちを見つめてくるが、正直彼女では危なかっしいのは事実に違いない。如何せん抜けてるし馬鹿だし。
とはいえ、今この状況において打てる一手は限られてくる。むしろこれが最善なのかもしれないし、ここは任せておくのが吉かもしれん。
「俺は登大路に従う」
そう答えると高畑は静かに登大路の方を向く。俺も登大路に目を向けると、彼女は顎に手を添えてなにやら考え事をしているようだった。
だが彼女は少し間を置いてから高畑の顔を見つめる。そして考え抜いた末に出たであろう疑問を投擲した。
「仮に遠因になる人物がいたとして、その人に自覚はない可能性が高い。つまり意味があるようには思えないわ」
「多分だけど、身近で出回ってるこのカフェとか部活の噂とかを聞き出せばいけると思う!」
その返事に対して、登大路はまたしても黙り込んだ。先程の険しい表情ではないため、前向きには考えてくれているはずだが……。
と、すぐに口を開いた登大路の答えは待ち望むものとは全く違うものだった。
「高畑さんの言い分はよく分かったわ。でも却下させてもらうわ」
「なんでか聞いてもいい?」
「まず噂自体あまり信用できないわ。人というのは平気で事実無根の事柄を盛って話すの。そしてこの中でも大規模な情報網を持つ貴方にその手の情報が入ってきていない。つまり、関連する噂は流れていないと読み取れるわ」
登大路の妙に説得力に溢れた説明に俺と高畑は何も返せずにいた。彼女の考察は確かに辻褄があっている。あの高畑に流れてこない時点で噂は存在しない。つまり、高畑の提案する方法はこの時点で意味を成さないということだ。
唯一の希望も簡単に打ち砕かれ、心の中で盛大にため息を吐く。結局また振り出しに戻ってしまった。その事実と己の無力さが思考を邪魔する。
「じゃ、じゃあイベントとかに参加して出店させてもらうとか?」
「それこそ無理だろ。赤字寸前で予算もないし先生にも申し訳ない」
とうとう誰も意見を発さなくなり、いよいよ危機的状況に陥ってしまったように感じる。登大路なら、という希望もなくなり既に俺たちは詰んでいるように思えた。
三人が静かに肩を上下させているしかない空間で、必死に思考を巡らせる。何かしら方法があるのではないか、という微かな希望を抱いて模索するが、簡単に見つかるはずもなく結局何も思い浮かばなかった。
「仕方ないわね。対策はまた後日——」
登大路が話し始めてすぐ、ふと扉は来客者の存在を告げるベルの音とともに開いた。三人の視線がその扉に集中する。そして静かに店内へ足を踏み入れてきた美女。その美女を俺も高畑も——登大路も知っている。
「こんにちは」
美しく透き通った声で挨拶する彼女は、驚く俺と高畑に笑顔を向けながら、もう一歩足を前に踏み出して立ち止まった。終始愛想のよい様子を見せる彼女を不気味に思いつつ、美女に目を向けていると俺の視線に気づいたのかこちらへ体を向けた。
「紀寺先輩そんなに見つめないでくださいよ。もしかして惚れちゃいました?」
「は、え、や、そんなことはねえよ」
緊張と困惑、経験のなさから思わず挙動不審になってしまうが、そんなものは今はどうでもいいだろう。久しぶりの来客、しかもその来客が——。
「こっち見てよ、お姉ちゃん」
登大路の妹ということが問題なのだ。
妹が登大路を見つめているのに対し、登大路は一切目を合わせようとしなかったが、その一言を受けて徐々に顔を上げた。
「あ、綾華……」
その表情と声は酷く怯えた様子だった。この様子から普通ではない雰囲気が漂っているが、正直どうでもいいな。他人の人間関係には不干渉が一番だし。
「まだこんな店やってたんだね~。とっくに閉店してるかと思ってたな~」
怯える登大路を他所に、その場でくるりと一回転してからそう言った彼女は、まるで小馬鹿にするかのように見下した視線を登大路に向けた。
「な、何をしようが私の勝手じゃない」
「あはは♪ それもそうだね♪」
内側が読めない……いや読ませない余裕の笑みは妙に気持ちが悪かった。その表情を保ったまま彼女は畳み掛けるように口を開く。
「登大路ホテルっていう偉大なホテルがあるのに、その元後継者候補がこんなちっぽけな店やってるって笑えちゃうな~」
「どういう——」
「————」
登大路にそっと近づき耳打ちした彼女。何を言ったか聞き取れないが、登大路の正気を失った瞳が只事でないことを物語っていた。
「それを伝えに来ただけだから。先輩方、お姉ちゃんをよろしくお願いしますね!」
そう俺たちに告げると嵐のように彼女は去っていった。彼女が出ていった扉の方から登大路の方へ目を向けると、いつもの冷静沈着な様子とは打って変わって、絶望しきった顔に体を震わせて普通とはいえない状態だった。
「お、おい大丈夫かよ」
「綾乃っち!? なんか言われたの!?」
そう必死に声をかけるが、彼女の心には届かないようだった。それでも声をかけたり、肩を揺らしたりしてみても一切状況は変わらず、俺たちもどうするべきか分からなかった。だが、まもなく彼女は震えを止めたかと思うとか細い声で呟いた。
「ごめんなさい」
その言葉に俺たちが困惑していると、俺たちの手を退けて彼女は扉の方へ走り出した。
「綾乃っち!?」
高畑が呼び止めるも効果はなく、扉を勢いよく開けて走り去ってしまった。
追いかけるべきだと、頭の中では十分に理解していた。だが、彼女の瞳と声と後ろ姿が俺たちを呪縛して行動を起こさせなかった。
ただ勢いのまま、開いたり閉まったりする扉の隙間からは冷たい風が店内に吹き込んでいるだけだった。
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なにやら様子のおかしい登大路。一体彼女になにがあったのか……。




