44話 つまり状況は一転し、植え付けられたそれは心で蠢く。
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「ういっす」
扉を開けて店内へ入ると、既に用意を済ませた二人がいたので軽く挨拶をする。
「京おそ~い」
「早く用意なさい」
二人から飛んでくる非難の声を受け流しつつ、奥の更衣室へ向かう。しかしまあ、挨拶は基本中の基本だというのにしないなんて、人間の風上にも置けんやつらだ。
まあいい。二人にこれ以上批判されるのも癪だ。さっさと用意をしておこう。で用意し終わったら寝よう。
え? いやサボりじゃないからね? ほら、ちゃんとした休息をとらないと支障が出るでしょ?
「……来ないんだが」
そう呟くと登大路が軽く咳払いをしながら俺を睨む。え、怖い。
一方、高畑はそわそわとカウンター周辺を歩き回っている。落ち着けよ。
「こんなはずではなかったのだけれど……」
「なんでだろう……」
二人がそうボヤくのも無理はない。
というのも開店してから2時間と少しが経った今、客は誰ひとりとして訪れずにいた。俺たちの大盛況という予想は大いに外れ、むしろ文化祭以前の開店当初に逆戻りしている状況である。
文化祭の時確かに高い評判を得ていたにしては妙だが、かといって誰かがまた来ると言った訳でもない。つまり、まんまと社交辞令というものに嵌められたといっても過言ではない。
「まずいな。売上が上げられんし、赤字になっちまう。ただでさえ赤字寸前だろうに」
「そうね……。なにか解決策を探るしかないわ」
登大路の想定外の出来事だったのだろう。軽く爪を噛みながら右足を何度も踏み鳴らしている。
「とりあえず開店と並行しながら対策会議を開きましょう」
「う、うん!」
登大路の提案にいい返事で応じる高畑。そして登大路がメモ帳とシャーペンを取り出してカウンター席に座った。高畑もそれに続いたのを受けて俺も登大路の隣に腰を落ち着かせる。
「では第2回いちのせCafe赤字改善及び復興促進対策会議を始めましょう」
え、なにその会議。初めて聞いたんですけど。俺だけ知らなかった系ですか?
戸惑う俺を他所に登大路が問題の提示をし始めたので諦めて対策を練ることにした。俺たちが会議を始めたちょうどその時、ぽつりぽつりと静かに雨が降り出す音が聞こえていた。
「疲れたー」
会議を終えて帰宅した俺は、その一言ともに盛大にため息をつく。そしてその勢いのまま、ベッドにダイブして仰向けになり天井を見つめる。
俺の様子から想像はできるだろうが、もちろんその通りだ。会議を始めたものの、俺や高畑はともかく登大路すら良案を出せず、ついに会議は停滞状態に陥ってしまうという生産性のないものだった。
「今回ばかりは作戦も思いつかんな」
彼女たちも家に帰ったら考える、と言ってはいたが正直期待はできない。登大路も高畑もどこか焦っている。推測に過ぎないが、あの様子は文化祭のノルマ達成の大半を担ったのが俺であると分かっているため、足を引っ張りたくないとかそういうことを考えているのだ。
「はあ」
ため息をついて悩んでいると、ふと着信音が部屋に鳴り響く。
——どうせ先生だろ。
そう思い込んで発信元を気にかけず電話に出た瞬間、相手から発された声にトリハダがたった。
『京くんであってるかな?』
「……はい」
『本当!? よかった~。がんばって特定したかいがあったな~』
向こうが紡ぐ言葉一つ一つに恐怖を覚えながら、額に浮かび出てくる汗を服の袖で拭う。しかし、拭ってもそれは再び浮かび上がってくる。
「な、なんですか」
『そんなに警戒しなくていいのに。今日は災難だったね』
彼女の言う「今日」が何を指しているかは咄嗟に理解できた。しかし、だ。なぜ彼女がそれを知っているのかという疑問が浮かび上がる。
「なんで知ってるんですか」
『京くんのことをずっと見てたからかな~。あと原因と方法も知ってるよ』
ふふ、と上品に笑う彼女の言葉は俺を戦慄させるには十分すぎた。普通の事のように語られたその行動は常道を逸しているように思える。
しかしそれと同時に、その続きの言葉に俺は惹きつけられてしまう。俺たちが悩みに悩んでも得ることのできなかった「方法」と、この悪しき状況をつくった「原因」を彼女は知っているというのだ。
借りを作りたくないため絶対に嫌なのだが、優先事項はそこではない。状況の打破が何よりも優先すべきで、俺の私情を挟んではいけないだろう。
「佐紀さん……。教えてくれませんか」
『うーん。佐紀さん気まぐれだしな~。どうしよっかな~』
彼女はまるで見透かしたかのような口調で俺を挑発してくる。しかし何とかして情報を得たい俺は、その挑発にまんまと乗っかってしまう。単純なヤツだ。
「なんでもしますから」
『本当に? じゃあ教えちゃおっかな~。あ、原因だけだけどね』
やはり俺はいつだって彼女の手のひらの上で踊らされている。だが原因を知れるだけでもかなり大きいに違いないし、ここは何も言わずに聞こう。
『君の身近な人が遠因に。その人のさらに身近な人が原因だよ。じゃ、京くんの声も聞けたし佐紀さんはこれで! また会ったらなんかしてもらうね~』
そこまで言うと彼女は俺の返事を待たずに電話を終了させた。そしてホーム画面に戻ったスマホの画面を見つめながら、佐紀さんの発言をもう一度脳内で繰り返した。
身近な人が遠因、その人のさらに身近な人が原因。その言葉に頭を抱えながらスマホを横に置いた。身近な人というのが誰なのか分からない。俺の交友関係は埼玉県蕨市レベルに狭いため、身近な人は簡単に絞ることができる。だが、さらに身近な人となるとどうしようもない。人の家庭や交友関係にまで首を突っ込みたくないのでな。
「身近な人……。登大路、高畑、古市先生、菟田野、榛原、和尚……」
多分この中に存在はしている。しかし先程も言った通り、その先を絞ることは不可能だ。人のプライベートを探るのも気が引けるし面倒だし。軽く詰んでいるような気がしなくもない。
「しばらく様子見か……」
闇雲に探ったところで意味はない。ここは周囲の状況に目を光らせておくべきだろう。根気よく粘ればきっと点と点が線で結ばれていくはずだ。
「明日2人にも言っとくか」
そう決めて俺は体を起こし窓の外に目をやる。空を覆い尽くす黒い雲からは雨が静かに音を立てて降っていた。その天気は妙に俺の心に胸騒ぎを植え付ける。晴れが嫌いで雨が好きな俺にとっても、その天気はどうも気持ちが悪くて嫌悪感に包まれていった。
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それと京と高畑の過去の話は物語の都合上、もう少し後に投稿します。