番外編 そして紀寺京は意地を張る。 1
スマホの着信音がけたたましい音を立て部屋に鳴り響く。俺はそれに気付いてなお瞼を開くことが出来ず腕のみを駆使してスマホを探す。そしてスマホを掴み眼前に持ってくる。非通知と画面には記されており、わざわざ出るのも面倒なため放置して二度寝を決行する。
やっと収まったと思えば、着信音がまたしても俺の耳を劈く。一応発信元を確認するがやはり非通知だ。どうせ出なくても同じだと考え、応答をタップする。
「もしもし」
寝起きで声が出ないためか、かなり威圧的な声色だ。相手に申し訳ない。
「お、紀寺か」
その声を聞いた瞬間鳥肌が立った。まさかと思いつつも、この嫌な胸のざわつきと俺の名前を知っているという2点から俺は確証を得てしまった。
「なんで番号知ってんすか」
「私は気になった男の番号は聞かずに盗み見るんだ。その方が確実だろ?」
いや、んなこと聞かれても困るっつーの。あれだろ? Yesなら「適当に答えやがって」とか言って、Noなら「私にケチつける気か」って言うんだろ? 分かるぞ。てか行動が犯罪者予備軍なんですけど。そんなんだから男出来ないんだろ。
「いつ見たんすか」
「それより今から空いてるか?」
ガン無視。自己中すぎてしんどいわ。
「はあ……何時だと思ってんすか」
「何時って、昼の2時だろ」
そうですよ。まだ朝の8時です——え? 昼の2時って言った? 返答に驚いてすぐさま室内の掛け時計を見ると短針は14、長針は12と1の間を指していた。
「もう昼の2時!?」
「そうだが……その反応、まさか今起きたのか?」
声と発言で気付かなかったのかよ。だがこれはチャンスかもしれない。寝起きを理由に拒否出来る可能性もある。
「すいません。空いてはいますけど寝起きでだるくて……」
「心配するな。今お前の家の前にいるから。着替えて出てこい」
問答無用じゃねえか。匂わしておきながら選択肢は与えないとかつくづく性格が悪い。まあこうなることは分かってたけど。詰んだことを察し、先生に「へい」と無愛想に告げる。そして急いで衣類を収納している箪笥から着替えを用意し部屋を出る。廊下を突き当たりまで進み階段を1段飛ばしで降りて、靴をちゃんと履かずに玄関の扉を勢いよく開ける。
家の門前に忌まわしき黒の軽自動車が確認出来た。俺は門を出て、その車の運転席の窓を軽く3回ノックする。その音を合図に運転席の窓が下がる。
「来たか。助手席へ乗れ」
「学校関係者に見られたらどうするんすか」
「いいから」
折れてくれないのを察し、渋々助手席へ乗り込む。目的が不明なのと隣に先生がいるため、俺は不安と恐怖に苛まれる。そんな俺を先生は気にも留めずアクセルを踏み込んだ。
車を走らせて5分くらい経っただろうか。お互い特に話もせず気まずい空気が車内に漂っていた。窓越しに空を見上げると生憎の曇り空。車が赤信号で停車したタイミングで、先生の方を見ると欠伸をして眠たそうにしている。
「眠たそうですね」
気まずい空気に耐えきれず先生に話しかけてみた。普段俺から話しかけることが少ないためか、えらく驚いたような表情で俺を一瞬見た。
「まあな。私も忙しくて眠れてないんだよ」
嘘だな。忙しいと言っている人ほど忙しくない。本当に忙しい人はそれを口に出す暇もないと言える。多少なりとも例外はあるだろうが。
「じゃあ帰って寝たらどうです?」
「ここまで来て何を言う」
いやそんな大した距離じゃないですけどね。てかこの人どこまで連れてく気なんだよ。いい加減教えろ。
「それが人にものを頼む態度か?」
だから心を読まないで。エスパーは封印してください。独身エスパーとかキャラ濃すぎる。
「教えてください」
不満げに言ってやる。先生は満足したのか口角を上げて偉そうな態度をとってきた。
「よかろう。目的地は……」
溜める必要ないだろ。いちいち面倒な人だ。恐らくこの先生への苦手意識は墓場まで持って行くことになるだろうな。
「ない!」
「冗談キツいっす」
即答してやると先生は軽く苦笑した。まあ流石に今は冗談を求めていない。全く冗談が下手くそだなあ。アハハ……
「冗談じゃないぞ」
デスヨネ。いやまあ薄々分かってたけど。分かってたからこそ敢えて現実逃避したんじゃねえか。
「少しお前と話したくてな」
学校でも出来るでしょ。そう言おうとしたが先生の表情がそうさせなかった。その大人びた笑顔からはなぜか感情を読み取ることが出来なかった。仮に読めたとしても理解することはできないだろう。
ふと外を見るといつの間にか雨が降っていて、街ゆく人はみな傘をさしていた。




