番外編 そして紀寺京は意地を張る。 2
相変わらず雨が降りしきる中、先生は車を走らせる。どうも先程の先生の表情が頭から離れず気が気ではなく、えも知れぬ妙な感覚が俺に襲いかかる。いつしかお互いに話すことも止め、重い雰囲気が再び車内を包み込み息苦しく感じられる。
雨が打ち付ける音のみが現時点では唯一の心の拠り所と言っても過言ではない。まあその心の拠り所が重い雰囲気を助長しているのだから皮肉な話である。外の景色を伺おうにも、空気の重みのせいか俯いたまま頭を上げることを躊躇ってしまう。修行のような空気を耐え忍んだ先にある何かを求め、俺は下唇を噛んだ。
「着いたぞ」
徐に放たれたその言葉には、先程のような印象は見受けられず肩が軽くなった。先生が車から出たのを確認し、俺も倣った。そして視線を先生と同じくするとそこには1本の枝垂れの大木があった。
「これは……?」
「又兵衛桜だ。夏に見に来るのも趣があるだろ?」
そう言われ改めてじっくり見ると確かに夏ならではの緑に染まり落ち着いた印象を受ける。しかしこれを見せるためだけに訪れたわけではないだろう。又兵衛桜を見上げる先生の表情がそれを物語っている。
「なぜこんなとこへ? 目的地はないって言ってましたよね?」
先生に少し意地悪に聞くと視線をこちらに移し苦笑する。その表情に込められた感情を感じ取ることが出来ない。
「さっきも言ったが、少し話したくてな」
そう言うと先生は俺に一歩近付く。
「登大路には先に話したが……月曜日からいちのせCafeを正式に開店するにあたって一つお願いしたい」
またお願いか……聞くのは聞くけど大したことじゃなさそうだな。
「お前と登大路……仲悪いだろ?」
「いやあいつが勝手に嫌ってるだけです」
半分嘘。あいつは今まで遭遇した生物で最も厄介かつ嫌悪する存在だから。ただ種を蒔いたのは奴だ。
「顔に出てるぞ……」
まじか。やらかした。半分嘘なの絶対バレたわ。
「本題に入らせてもらうが……君達にはパートナーとしてやっていってもらいたい」
もう少し噛み砕いていただけると助かる。理解出来るようで出来ない。
「全く、物分りが悪いな。つまり、オーナーを登大路に、そのアシスタントを君に担当してもらいたいってことだ」
心の声を読むな。いや助かったけど。まあとにかく言いたい事は理解出来た。つまり店のために仲良くして力を合わせろってことか。先生のことだ、きっと俺が断るのは計算済みだろう。
「パートナーの件は受けますが、仲良くは無理です」
先生は俺の肩に手を置き、笑顔で圧力をかけてくる。その圧に俺はビビり身動きが取れない。さながら蛇に睨まれた蛙と言ったところだ。
「いやおかしいでしょ。お互いに嫌悪しあってるのに仲良くなれ、なんて」
実際おかしな話だ。同じ部員だからといって仲良くする必要は一切ない。部員同士でも友達じゃないってのが世間一般では多いだろ。これは運動部や文化部、両方に共通することだ。屁理屈じゃない。
「登大路と同じことを言ってるな」
登大路もそう言ってるんだったら尚更だろ。そう思っている人同士が会っても罵倒合戦が始まるのが安定なんだよ。
「……なあ紀寺。この又兵衛桜といちのせCafe……似ていると思わないか?」
いや似てないだろ。建物と植物じゃあ括りが違うんだから、似ていたら度肝抜かれるわ。
「建物と植物は括りが違うので似るはずがないです」
ドヤ顔で先生を見ると、額に青筋が浮きでてピクピクしている。これは完全にヤバいやつ。女って冗談通じないのな。
「すいません」
大人しく謝ると先生は咳払いをして話を続けた。
「今でこそ緑色で人も来ていないが、春が来れば花が咲き誇り多くの人が訪れる」
どういうことかさっぱり分からない。瞳で噛み砕け、と催促するとそれを汲み取ったのか新たに説明を始めた。
「つまり、君達はまだまだ青い。だがしかし確実に素質は持っていると思うんだ。花を開かせる素質を」
そこまで言ってもらえるのはありがたい。だが俺は先生の熱弁に違和感を覚える。春が来れば花が咲き誇ると言っていた。つまり、春は向こうから来てくれる。俺達から動く必要はないのではないか?
「春は向こうから来てくれるんでしょ? じゃあ花を開かせる必要ないんじゃないんすか?」
「意味を履き違えているな。春が来てくれるんじゃない。春を呼ぶんだ。花を開かせて」
相変わらず言っていることは意味不明だが、言外に俺達二人なら出来るって激励してるんだろうな。その証拠に明らかに期待しているような表情だし。
依頼は依頼だ。俺は軽くため息をついて先生に応じる。
「……仲良くはしませんけど、花を開かせる努力はしてみます」
そう言うと先生はニカッと笑って俺の肩を叩いた。本当に嬉しそうだな。まあ喜んでもらえたんなら何よりですけどね。
「じゃ、先に車戻ります」
ぶっきらぼうに告げて先生に背中を向ける。スマホをポケットから出して時間を確認するともう15時半を過ぎている。はよ帰りてえ、などと考えていると
「君達は似ているな」
と言われたが俺は無視する。あんな奴と似てるとか有り得ねえもん。努力はするが絶対仲良くしてやらねえ。
俺は自らの意地を貫くことを再確認して助手席に座り瞼を閉じた。
いつ間にか雨は降り止んでおり、太陽が俺達を照らしていた。
次回からもう少し字数が増えるかもしれません。
あとサブタイトルも番外編のように「これが~だ。」の型から変化していく予定です。




