【00.02:00】
階段を降りてすぐ、目に付いたものがある。
それは三階にはなかったものであり、そして凜や有理たちがいた場所が『三階である』と決定づけるようなものだった。
「良い眺め――とは、言えないわね」
「……ゲームが始まったから、動き出したんだと思う」
二人の見下ろす先は、一階を通り越して、地下。
吹き抜けから見下ろせる一階の床が、四畳半くらい透明なガラスであったからだ。
この吹き抜けになっているだけで、三階とは異なる造りなのは一目瞭然だ。
ただ、吹き抜けとガラスの床のせいで、見たくない地下のものが見えてしまった。
「あれが何か、知ってる?」
「ん。あれはとても危険」
「ああ……その、とても危険ってのは、ワタシも理解できてるわ」
蠢く肉塊。そう言い表すしかない、そんなモノが、ガラス越しに見る地下には存在した。
肉塊の周囲は、赤黒い。肉塊は鮮やかとは言えない、生々しい赤であるから、余計に目に付く。
「不確定要素は多いけど……明言できるものはある」
「アラ、何かしら」
「あれは卵。孵化するには食べ物が必要」
「食べ物、ねぇ……」
肉塊の周囲の赤黒さには、ムラがある。
だからこそ、今の凜の発言で察してしまう。
――あの赤黒いものは、乾いた血である、と。
ああ、見なければよかった、と心の中で有理は思う。
だが、凜についていくと言った時から、こういうものを見ることになるだろうというのは想像できていたことだ。
頭の中ではわかっていたことだが、こうも遭遇が速いと気が滅入るものである。
「なんでも食べるから、深淵の犬を食べてもらう」
「――――……は?」
気が滅入っていた有理だったが、そんな気分が吹き飛んだ。
この子は何を言ってるのかしら、と理解が追い付かない。
完全に呆けた声を聞いて、凜は首を傾げる。
「深淵の犬がいる限り、安全な移動ができないと思ったけど」
「あ、あぁ……いや、まあ、そうでしょうけど。でも、孵化、しない?」
「量にもよる。けど、食べさせた方が良いと思う。あの卵は、食べたものによってなんになるか、変わるから」
そんな話は聞いていない、と有理は思ったが、魑魅魍魎の生態なんて解明されていないのだから、そんな卵もあるわよね、と半ば無理矢理自身を納得させる。
そうでもしないと精神的な疲れが先に来てしまう。
「そ、そう……ついでに、深淵の犬を食べさせ続けたら、何になるの?」
「煉獄の狩人。獲物と認定したモノを執拗に狙い、死んだ後も魂を狩り、捕食するモノ」
「話を聞く限り、大丈夫だとは思えないのだけれど……」
「あの卵、深淵の犬の食べカスやうっかり部屋に入った人を食べてるみたいだから、煉獄の狩人にはならない」
断言する凜。ただ、断言された内容が、やはり有理の想像していたものと一致した。
あの赤黒いものは、乾いた血――そして、その血は、人間のもの。
卵がどうやって食べるのか、とか、食べ物を欲する卵って何なんだ、という思いもあるが、有理は先程と同じく、そういう生き物だ、と解明されていない生態系として受け流す。
「ひとまず、深淵の犬をあの卵に食べさせるか否かは、置いときましょう」
「なぜ?」
「移動が楽になるのは、確かに良いことよ。でも、ワタシはあの卵を孵化させるべきではないと思うの」
「孵化させる気はない」
「そうだとしても、よ。どのくらい食べたかわからないのに、不必要にエサとなるモノを与えるべきではないわ」
「そう……なら、あの部屋に帰ったら、提案する。移動の苦楽は、あの人たちが一番気にすることだろうから」
「……そうね。提案することには、反対しないわ」
問題は共有し、多くの人の意見を聞いた上で行動した方が望ましい。
ただ、採決はどちらに転んでも一長一短であるため、正しい選択がどちらなのかははっきりしない。
二人で決めるよりは断然いいでしょう、と有理はここが妥協点だと思う。
「ありがとう。それじゃあ、部屋を見て回る」
「ええ……そうね。これだけワタシたちが一か所に留まって喋っていても現れなかったのだから、犬共はこの階にもいなさそうだし――今の内に、行きましょう」
速足で部屋を見て回る。
時には今三階で使用している部屋のように、扉の先に個室があるような部屋も見受けられた。
ただ、中には踏み込まない。
凜が少し集中して神経を研ぎ澄まし、人がいるかいないかの気配を探る。
そうやって何度か凜が神経を研ぎ澄まして人の気配を探る部屋があったが、すべての部屋を見終わった。
丁寧に見た訳ではないが、灯りのついた部屋の場所は把握できた。
タイマーは部屋の中に人がいると動くので、拠点の場所を移動させるとなれば、この灯りのついた部屋は重要であり、有理も覚えておくようにした。
そして――この階で合流した生存者は、いなかった。
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