7 世界はそれを愛と呼ぶ
その時、コルトはまだ一二歳だった。
「お見事!」
広い大理石の鍛錬場に、拍手が起こる。
古いビジョンだ。白黒の幕がかかった、記憶の中の世界。ボンヤリとした五感。
夢を見ているのだ。
コルトは思った。これは、自分が一二歳だった頃の、夢。
アルキーシュ王国の王都クレシュ。その中央に広がる豪奢で雄大な王宮ロンドリア。
全ての王族はそこで生まれ、育つ。コルトも例外ではない。
コルトはその頃、剣術を学んでいた。もっとも、非力なコルトの事。実用ではなく、見世物としての剣術である。むしろコルトは弓術に長けていた。元々器用だったコルトは、それらを瞬く間に習得する。
そしてその日も、広い鍛錬場でレイピアを構え、剣舞を演じていた。何か見えない物を断ち切るように剣を振り抜けば、顔もおぼろげな剣術指導の教師が、大げさに手を叩く。
「さすが、コルティエ様は何をやっても上達がお早い。母君も、さぞかし誇らしくお思いでしょう」
作り笑いで世辞を並べて、何を欲しがっているのか。
賞賛を受けているコルトは、冷めた目でその教師を見た。
「ならば、是非とも母上から、直々にお褒めに預かりたいものだ」
コルトが吐き捨てるように言ったが、教師は笑みを顔に張り付かせたまま、反応しない。コルトは忌々しげに顔を歪めると、鍛錬場を後にした。
国王の八番目の側室ウエリードの次男であるコルトは、他の王子と同じように、英才教育を受けている。
しかしコルトは、母を良く知らない。
うんと幼かった頃、母と思われる人物と、手を繋いでいた記憶が有るだけだ。
母であるウエリードは、コルトが六歳の時に誕生した妹に、愛情を注いでいた。妹が誕生して以来、コルトは母に会う事も、ましてや見る事さえも出来ていない。
コルトは必死だった。母に会いたいという思いは強く、母が望んでいると知れば、どんな難しい学術書でも読み、特に興味は無かったが、ダンスや剣術にも精を出した。
けれど、どれほど努力しても、幾つ成果を並べても、母はコルトに会いに来てはくれなかった。
「コルト様、お召し替えをなさいませんと、風邪を引きますよ」
自室に戻って、そのままベッドに倒れこむ。と、すぐに現れて、着替えを差し出して来る人物。黒髪の少年。ルグネスだ。
「お前は律儀だな。だが他の連中と違って、作り笑いをするような奴でもない」
「お気に召しませんか」
「いいや」
コルトは苦笑して身を起こす。ルグネスから着替えを受け取る。と、ルグネスがすぐに出て行こうとしたので、コルトは思わず呼び止める。
「ルグネス」
「は……」
「随分素っ気無いな」
「お着替えを見るのは、失礼にあたるかと……」
「あぁ、まぁ……それはそうだが……ルグネス、一つ聞いていいかな」
「何でしょうか?」
「お前は、両親に会いたいと思うか?」
コルトがブラウスを広げながら問うと、彼は小さく首を傾げて答えた。
「生憎、思った事がございません」
「本当か? 本当に、一度もか?」
「はい」
「では、私は弱い人間なのかな。……こんなにも、母に会いたいと思うのは」
コルトが苦笑すると、ルグネスは首を振って言う。
「私は、元々両親を存じません。身の回りに両親というモノがありませんので、羨ましいとも思いません。それだけです。恐らく、知っているならば、恋しいのは当然でしょう」
「そうかな」
「恐らく、ですが……。私は、コルト様に拾っていただいた身。私にとっては、コルト様が両親のようなものです」
「よしてくれ、そんなに歳は変わらないじゃないか」
コルトは苦笑して、そして俯いて言った。
「私は両親から離されて、お前は捨てられて。この世は、愛に欠けているな」
「……コルト様がおっしゃられるならば、そうなのでしょうね」
「……ルグネス。私は、王になるぞ」
突然の宣言に、ルグネスは首を傾げる。コルトは顔を上げ、ルグネスを見つめた。
「愛の国を作るんだ。親の愛を知らない子が居ない世界。互いが互いに愛し合う世界。いいだろう」
「はぁ……」
「良くないか?」
「判りません。私は、愛と言う物を存じませんので」
「つまらない奴だな、ルグネスは」
コルトは溜息を吐いて、それから言った。
「いずれにせ、ルグネス。お前さえ嫌じゃなければ、ずっと私を支えていてくれ。私が心を許せるのは、なんだかんだ言って、お前だけだから」
私が王になる道を、助けてくれ。
コルトが言うと、ルグネスは大きく頷いて。
「私の命が果てるまで、お供する覚悟です」
と言い切った。
「……お前、古い奴だな」
「良く言われます」
「……まぁ、嫌いじゃない。ありがとう。……着替えるから、出て行ってくれるか」
「御意」
ルグネスは礼をして、踵を返す。その背中に向かって、コルトは言った。
「おーい。その、命をかけるぞってのが、愛って奴かもしれないぞ、ルグネス」
「……」
ルグネスは一度振り返ってコルトを見ると、目を僅かに細めて、出て行った。
「……愛の世界。いいな。思いつきだけど、なんだかいいな。……まずは、いい嫁を捜さなきゃいけないが……」
コルトは先ほどまでの憂鬱を忘れて、楽しそうに呟きながら、着替えを始めた。
夢はそこで場面が変わる。
何年も前の出来事が、昨夜と繋がる。
「一生の不覚です、コルト様。何なりと処分を」
夜になると、天井から出て来たルグネスが、静かに頭を垂れた。
「……一応、言い訳を聞こう」
コルトが言うと、ルグネスはしばらく悩んで、答えた。
「きのこを……」
「何?」
「きのこを、採っておりました」
「……」
あまりといえばあまりの理由に、コルトは唖然としてルグネスを見る。
「……私より、きのこが大事か」
「いえ、そうではなく……その、この辺りは、王都とは気候が違って、……図鑑でしか見られないような、珍しいきのこが、群生しておりまして。私は、不肖ながら、料理人に憧れておりまして……それで、思わず、こう、夢中で……」
「……きのこ狩りをしていた、と」
「は、はい……」
「……」
「……」
コルトは何も言えなかった。何年も生活を共にしてきたルグネスが、自分よりきのこを優先したのである。それはコルトにとって、かなり悲しい事態だ。
しかし、ルグネスの方も反省しているようだ。成長しても中性的な顔立ちに、影が差している。いつも静かではあるが、今の彼はとても沈んでいるのが良く判る。
「……料理人か……」
「はい……引退したら、料理を作りたいと思っておりまして……」
「引退、な……」
コルトは溜息を吐いて、ルグネスを見た。
ルグネスは幼い頃、孤児だった。それを偶然拾い上げたのがコルトだ。コルトは同じ年頃のルグネスと共に成長した。王族給付金を分け与えて、コルトの不得意な戦闘の技をルグネスに学ばせ、護衛として取り立てた。
長い年月を共に過ごし、本当の兄弟よりも近い人間だとさえ思っている。
だからこそ、今回の事は驚いた。が、その兄弟の夢をどうしてコルトが否定出来るだろうか。彼は彼なりに夢を抱いて生きてきたはずだ。彼はルグネスであって、コルトの護衛として生まれてきたわけではないのだから。
「……次回に期待するよ。今月の給料は減俸する」
「……ですが、」
「いい。気にしてない。私とお前の仲だ。今回の事は、忘れる」
でも、次はちゃんと助けてくれないと、困るからな。
コルトが言うと、ルグネスは力いっぱい頭を下げて言った。
「このルグネス、コルト様の御為に、命を捨てる覚悟です!」
そしてコルトは苦笑して、言う。
「死ぬ事は無い。私が作る愛の世界……そこに、お前も居て欲しいんだから。……そうだ、私が王になったら、お前を料理人として召してやってもいいぞ。だから、その時まで生きていろ」
でないと、何をやっているか判らない。
コルトがそう言ってやると、ルグネスは顔を上げて、そして僅かに目を細めた。
だのに、愛の世界を作らなくてはいけないのに。
今日、私はコーデュを救えなかった。
口ではあれだけ愛を語って、命を捨てると言い張ったのに、守れなかった。
……否、まだ遅くないはずだ。
コーデュを助けて、式を挙げて、愛の世界を作らなくては!
コルトは強く思い、そして目を開けた。
コルトが眼を覚ましたのは、その日の夕方だった。
「コーデュ!」
叫んで飛び起きると、そこは宿屋の一室。コルトはベッドに横たわっていた。慌てて辺りを見渡すと、ウェルが荷物を整理しているのを見つける。
「ウェル、貴様!」
コルトは思わずウェルに飛び掛っていた。ウェルもなすがままに床に叩きつけられる。コルトはウェルの胸倉を掴み上げると、怒鳴った。
「お前は、何処までも腐った奴だ! そんなに金が大事か! コーデュとのこの数日は、たったそれだけの金で売り飛ばせるものか!? お前に人の心って物は、無いのか!?」
コルトの視線の先には、机。その上には、金貨が積まれている。
「たったそれだけの金。そう見えますか」
「何ぃ?」
「貴方は金のなんたるかが、何も見えてない。そればかりか、貴方の生き方は見るも無残なほどに非効率だ。哀れみさえ覚えますよ」
「哀れだと!?」
「愛だなんだと言いながら。その貧弱な腕で何を守れますか。愛で何が出来るんです。愛だけでは、コーデュを救う事も、まして自分の身を守る事も出来ない。貴方は口先ばかりの現実逃避者に過ぎない。しかも、自分を美化した」
「黙れ!」
コルトはウェルを殴りつける。元々非力なコルトの力では、ウェルに怪我を負わせる事は出来ない。しかし、ウェルの頬は赤くなったので、痛みはあっただろう。
「哀れなのはお前だ! 人を売る、それは人間として最低の行為だぞ! お前は人間じゃない! お前と同じ血が流れていると思うと、虫唾が走る!」
「それはありがた事で」
「ウェル! ……っ、もういい! 私はコーデュを助けに行く! お前は金貨でも数えていろ!」
コルトはそう言い捨てると、ウェルから離れた。ウェルは静かに立ち上がって、出て行こうとするコルトを呼び止める。
「兄さん」
「なんだ! ……っ、え? 今、お前、兄さんって言ったか?」
ウェルの口から出るはずの無い言葉に、コルトは怒りを忘れて振り返る。ウェルは真剣な顔で、コルトを見ていた。
「兄さんには、慎重さや、憂慮が足りてない。少し話し合う必要がある」
「そんな時間は無い。早くしなければ、コーデュが……」
「ベイトリオンは召喚師。コーデュを使って何かをやるとすれば、召喚術。人間を使った召喚には、一日ないし二日かかる。僕達はその術が完成するまでに、コーデュを助ければ問題無い。まして、相手はロドッシュなどの召喚獣を引き連れた強敵。兄さんがいくらレイピアを振り回しても、勝てっこない」
「……しかし」
「勝つ方法はあります。二人でなら。ここまで言えばお判りでしょうが、その二人は、兄さんとルグネス君ではない。兄さんと、僕だ」
「……」
思い当たる事が有ったらしい。コルトは息を呑んで、そして舌打ちした。
「……それで、話し合いとは?」
「時間は有る。だから、まずは兄さんとの溝を埋めなくては。『アレ』はお互い信頼が無いと、使えないから……」
ウェルは椅子を差し出して言う。コルトはしばらく悩んだが、やがて椅子に腰掛けた。
「とりあえず、僕がこういう性格になった理由について、話しておくべきでしょうね」
ウェルもまた椅子に腰掛け、静かに語り始める。
「まず、最初に。僕は小さい頃、貧民の少女と出会いました」
「……貧民? 王族のお前が?」
「僕の母はご存知の通り、平民の出自です。だから母は僕に、平民の暮らしも教えようと思ったのでしょう。買い物の仕方等を学んだり、庶民の中に紛れ込んで数日を過ごした事もあります」
「ふむ……変わっているな」
「ええ。……その頃、僕は速算力を高めるために、海の果ての小国で使われているという、暗算の秘術を学んでいたのです。こう、珠を幾つか用意して、その位置を入れ替える方式なのですが……ともかく。その時に、件の少女を見ました。塾の隣の家に住んでいた少女で、話した事もありませんが」
「それで? その少女がどうした」
「彼女は病気でした」
ウェルはそこでふと言葉を区切り、先ほどの金貨を見て言った。
「僕達王族にとっては、これは些細な金です。しかし、平民にとってみれば、何年も苦労して貯めるもの。……僕達のように、熱が出ては医者に行ける立場の者から見れば、彼女の病気もまた、些細なものでした。けれど彼女は幼かったし、その家計は苦しく、蓄えも無かった。見かねて僕が薬を買い、届けに行った時、彼女は棺の中に居ました。薬を三日も飲めば完治する病気だったんですがね」
「……医者にも行けぬのか、貧民と言うものは」
「貧民はおろか、庶民も難しいでしょうね。殆どの人間は金銭の不足から、何らかの不幸を抱えています」
「ふむ」
コルトは腕を組んで考える。
コルトは生まれも育ちも貴族で、ダンスや剣術を学び、社交界の上手な渡り方を手に入れた。けれど、平民の事を考える機会は殆ど与えられなかった。
今でこそ王宮を出て遊んでいるが、数年前までは、王宮の暮らしが普通だと思っていた。初めて庶民の生活に触れた時、なんと不便な所だろうと、コルトは思った。どうしてこの不便さに甘んじているのか、全く理解出来ない、と。
それは、甘んじているのではなく、どうにもならない現実なのだと気付くには、しばらくの時間を要した。平民の孤児だったルグネスも、コルトに世界の広さを教えてくれた。
コルト達はあくまで、ほんの一握りの特殊な人間に過ぎないのだ。
「そこで僕は考えた。人の不幸には二つある、と。一つは、金で避けられるもの。そして残りが、避けられないもの。兄さんを含め、多くの人は僕を守銭奴と蔑視します。それも事実でしょう。しかし世界には、金が無い故に起きる不幸が有ることもまた、確かな事実」
「うむ」
「ならば、金が無いにも関わらず、求めようとしない人は、自ら不幸を享受しているという事です。そんな愚かな事はありません。家で例えるなら、風に吹かれなくてすむというのに、景色が見えなくなると壁を作らないようなものです」
「判りにくい例だな……まぁいい、それで?」
「僕は金が欲しい。それを恥じない。何か物が欲しいからではなく、金で消せる不幸が欲しいから。僕にとって金は、魔よけです。お守りと同じです。ただ僕は、教会に行ってそれを買う代わりに、サイフを膨らませているだけなのです」
「……」
コルトは悩むしかなかった。
全く違う価値観に触れる、というのは、そういう事だ。理解するにしろ、しないにしろ、不快になる。極めて不愉快な事だ。
しかし、コルトはウェルの価値観を、笑って跳ね除ける気にはなれなかった。
これは、ウェルが自分に心を開こうとしている瞬間なのだ。何かを伝えようと、何かを判り合おうとしている。ウェルは確かに、その努力をしようとしている。
コルトはその努力を無にしてしまうほど、ウェルの事を嫌いではなかった。何しろ、彼の勘はウェルを「良い」と評価しているのだから。
「……それで、お前。王族給付金をどうした。確か、持っていないんだろう」
「えぇ。あれは投資に回しました」
「投資?」
コルトが尋ねると、ウェルは頷いて、説明した。
世にある不幸の源泉は、金に違いない。
けれど、世にはもう一つの不幸も常にある。
それは無知という事だ。
無知とは、文字が読めない事にとどまらない。難しい数式を解けない事だけではない。
全てを知らぬ人間は、どこまでいっても無知。極言すれば、人間は生きている限り無知なのだ。
病気を知らぬから、手遅れになる。生物学を知らぬから、害獣を駆除して、益獣が滅ぶ。
正しい知識と生活が結びついてこそ、人は上手に生きてゆける。学校はなにも、偏差値のために有るのではない。一生に渡って続ける勉強の、準備をしているのだ。
「一度やってみて懲りたのですが、貧民にいくら金を与えても、すぐに無くなるだけなのです。彼らはまた飢えた貧民に戻る。だから僕は、彼らに金を与えるのではなく、金の知識を差し出す事にしました」
「金の知識?」
「兄さんなら判ると思いますが、金は放っておけば無限に減っていく物です。その減少を、人は食い止めようとしません。穴の開いたバケツに、次から次へと水を注ぐ。つまり、収入を増やそうと努力します。彼らは、馬車馬のように働き続け、金を減らし続けます。そうしている限り、貧民は貧民でしかありません。不幸はいつまでも続くでしょう」
「とすると……お前はどうするんだ?」
「バケツの穴は塞げませんが、小さくする事は可能です。この世の全ての知識に、穴を埋める力があります。僕は、その事を貧民に教えようと思い……学校を、建てました。いくつか」
「……いくつかって、お前、まさか……」
「ほぼ全額、その資金で使い切りました」
ウェルがきっぱりと言う。コルトはあまりの事に、眼を丸くするしかない。
「まぁ、僕も馬鹿ではありませんから、残りの資金は運用していますが。元本に手を付けないのは投資の基本ですからね」
「……」
「そういうわけで、僕は金が欲しいんです。とにかく欲しい。だから、コーデュの事を損切りと言ったのも、あながち嘘ではありません。彼女は今まで、金を使う事しかしていませんでしたから」
「……」
コルトはしばらく悩んで、そして「うむ」と一度頷くと、言った。
「ウェル。お前の言う事にも一理ある。だからこそ、私は否定ではなく、反論をするぞ。いいか、不幸は三つある。お前の言う二つの不幸、それと、金がある不幸だ」
「……」
「私は金のおかげで裕福に育ったが、その反面、確かにお前より無知だ。確かに私は、穴の開いたバケツを抱えて、知らぬフリをしていた。となれば、金よりも不幸を呼ぶのは無知の方だろう。無知は金が無いから起こるわけではない。無知は、ただひたすらに不幸だ。それは認める」
「そうですか」
「だがな、ウェル。その上で私は、お前の無知を非難するぞ。コーデュは私にとっても、お前にとっても大事な人だ。何故なら、仲間だからだ。それを売るのは、お前の利益じゃない。損だ。それに気付けないお前は無知だ」
「……」
「例え、危険が有ったとしても、仲間を見捨てるような事をしてはいけない。お前の理屈は判るぞ、あの状況は確かに危険だった。けれど、もうコーデュはお前を仲間だと思わないかもしれない。そうなれば、お前は折角見つけた仲間を失う事になる。それは明らかに損失だろう」
「……」
ウェルは黙ってコルトの言葉を聴いていた。ウェルもまた、コルトの努力を受け入れようとしているのだろう。
「お前は事有るごとに、投資だのなんだのと言う。なら、コーデュもまた投資だ。なのに、一緒に居て何日も経たないのに、こんな事をして。それは本当に愚かな損切りだ。もっと長い眼で見るのが、お前の言う投資だろう。コーデュを助けに行くぞ。そして、彼女にしっかりと謝れ。その後、たくさんの事があってから、コーデュをどうしようとお前の勝手だ。その時は私が娶るから」
さりげなく主張しながらコルトは言う。
「彼女を助けよう。そしてお前はプライスレスを探せ。必ず見つかるはずだ、彼女と居れば」
「……そうですね、僕もそう思います。何せ、彼女は只者じゃない」
「……うん? 何の話だ?」
突然の話題の変化にコルトが尋ねると、ウェルは答えた。
「コーデュは、正真正銘、シュレグ一族の末裔なんです」
「……な?」
コルトはきょとんとした顔をする。何故そうなるのかが判らない様子だ。
「彼女のピアス。どこかで見たと思うはずですよ。赤水晶の中に浮かぶ金の鳥。フェーレルビー。シュレグ一門の魂を受け継ぐ、血を吸うピアス」
「あ! そういえば……古い伝承だから、すっかり忘れていた」
「シュレグ一門は絶滅したはずですからね……恐らく、分家の末裔なのでしょう」
魔術師シュレグの一族は、その殆どが消された。
現在の国王達の祖先、四人の戦士達は各々、特殊な能力を使い、彼らに打ち勝った。彼らを大いなる青き洞穴、ゴルドゥーンに追いやり、封印したという。
その後、シュレグの血を継ぐ者達は、執拗な攻撃を受けた。しかし幼い子や、身重の女、関係者だが、悪意の無い者達は生き延びる事を許された。
代わりに血の呪いを彼らは受けた。一目でそれと判るよう、彼らには生まれた時からフェーレルビーが付与する。決して外れないように、本能に枷をした目印だった。
しかしその目印は、彼らを弾圧するに充分だった。フェーレルビーの持ち主は、シュレグの血を引く者と迫害され、時には事故という名目で消された。
そうして、今やフェーレルビーの示す物が何であったかさえ、人々の記憶から消えていた。
「彼女は本当の意味で投資です。僕も彼女を失いたくない。彼女は自覚の無い逸材だ」
ウェルは笑んで言った。
「一緒に、助けに行きましょう。兄さん」
その言葉に、コルトは大きく頷く。初めて二人の利害関係が一致した。
「でも良かったですね、兄さん。やっぱりお金は大事ですよ」
「何? どうしてそんな話になる。プライスレスを探すために、コーデュを助けに行くのだろう」
「だって、考えてもみて下さいよ。兄さんとルグネス君では、ベイトリオンには対抗しきれないでしょう。兄さんは重火器にも詳しくないし。でも、僕が本当に金に困っていたら、この金が手放せませんから、コーデュを見捨ててしまったでしょう。僕は金に困っていないから、兄さんに協力する。兄さんはコーデュを助けられるかもしれない。ほら、僕に金が無かったら、こうはいかないでしょう?」
「……」
「僕は何も、金が一番でそれしか無いと思っているわけではないんです。ただ、必要であり、上手に付き合わなくてはならない金という物に皆、あまりに無頓着だ。僕は少しでもいいから、金という物が何であるかを考えて欲しいだけなんですよ」
「……ふん。……これが無事済んだら、考えてもいいぞ」
「是非、お願いします。……まずは、武器を買い揃えなくては」
ウェルは机の金貨を手に取ると、コルトを手招いて宿を出た。




