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9 もう一つの旅立ち

「こっち、こっちだ。出口だよ、コーデュ!」

 長い時間を走り続けて、ようやく出口らしい物が見えた。

 それは、真っ白な穴だった。

「ここから出て、元の世界に戻って。そして、忘れないで。信じて、歩き続ける事を」

「エルバは? どうするの?」

「僕は、ここよりもっと先で、お母さんと一緒にお父さんを待つ。そこからなら、お父さんに声が届く気がするんだ」

 お父さんに、僕の事は気にしないで、頑張ってって、伝えて。

 エルバはそう言うと、その輪郭さえ消してしまった。しばらくエルバの名を呼んだが、彼はもう現れなかった。

 コーデュは静かに目の前の穴をくぐり、外に出る。

 すると、耳に声が届いた。

「君の夢と、意思と、力を見せてやるんだ」

 ウェルの声だ。

 コーデュは漠然とそう思った。そして、その言葉の意味を考えた。

 なら、私の全てを見せよう。

 コーデュは脳裏で魔術式を展開した。それは、彼女の作り出した、最も複雑な魔術。

 「ラゥ・ディ・オール」と名付けた魔法。

 発動させると、それは周囲を光で包み込んだ。炎のような、赤い光。

 その光を受けた、ベイトリオンの恐怖に歪んだ顔を見て、コーデュは思わず表情を崩し、笑ってしまった。



 その裏山には、何もない。

 雑木林や杉林が続くと、だだっ広い空き地が広がっている。

 そこに、四人が居た。

 ベイトリオンは拘束され、座っている。コルトとウェルは地面に座り、コーデュは彼らに包帯を巻いている。

「しかし、何だか判らないけど。コーデュの魔法が発動した時には、死ぬかと思った」

 ウェルが呟くと、コルトも頷いた。コーデュは苦笑して言う。

「思いっきり派手な外見にしちゃったからね。こけおどしだもの」

「こけおどしと言うには、凄すぎる。何せ、射程範囲内の動物以外の物が消滅してる」

 ウェルが辺りを見渡しながら言った。

 コーデュの発動した「ラゥ・ディ・オール」は、標的を絞った最高位攻撃魔法だ。

 その標的とは、動物以外の物。建物、植物、皆消滅するが、命のある動物とその付属物だけは、何の害も受けない。

 建築物の解体などに役立つか、とコーデュが独自に開発した魔術式だったが、使う機会が無かったので、今回が初めての起動だったという。

 もし式が間違っていたら、全部消滅してたけどね、とコーデュはあっけらかんと言う。

「そんな事になったら、僕らはもう一度グランディールを使わなきゃいけなかったかもしれない」

「そうだな……あんなしんどいの、もういいぞ」

 ウェルもコルトも、少しやつれた様子だった。

「そういえば、貴方達、何したの?」

 すごく疲れてるけど。コーデュが尋ねると、コルトは頷いて答えた。

「シュレグ一門を打ち倒した四人の戦士は、各々が特殊な力を使って、彼らに挑んだ。私達の先祖アルキーシュは、グランディール……天と地と海に宿る三匹の龍と契約したと言われている」

「あぁ……なんとなく、聞いた事あるかも」

「実際に契約したかどうかはさておき、私達アルキーシュ家の人間は、皆その血筋の力として、グランディールの発動権がある。グランディールの力は……魔術の封印だ」

「……封印」

「そう。アルキーシュはこの力で、まずシュレグ一族の力を無効化したと伝えられている。……で、その力は、私達も持っているのだが……」

「世代が進むに連れて、血の力が弱くなってしまったんだ。契約は続いてるんだけど、僕らぐらいになると、二人一組で全力を出さないと、グランディールが発動出来ない」

 にしても、こんなに辛いとは思わなかったよ……。

 ウェルは珍しく表情を曇らせて、うなだれている。よほどの体力を消耗したのだろう。なにせ、元々彼らは魔術師ではない。魔力無しで魔術を使えば、命を削る事になる。それほどの力だ。二人で負担する分、まだ軽いのだろうが、一人では使えないのだろう。

 それでコーデュはやっと、ウェルが三人目にコルトを選んだ理由が判った。こういう時のために、一緒に行動していたのだ。最も、こんなに早く使う事になるとは思わなかっただろうが。

「それより、ルグネス君は、大丈夫ですか」

 リドルエルに掴みかかるなんて、たいした根性ですが。

 ウェルが尋ねると、コルトは頷いて言った。

「まぁ、あの短時間でまた物陰に隠れてるから、大丈夫なんだろう。頼りになる」

 満足そうなコルトの言葉に、コーデュは僅かに笑む。やはり、彼の「良い」という勘は正しいのだろう。聞く所によれば、ルグネスは殺傷用の召喚獣を押し倒したらしい。主のためとはいえ、そんな恐ろしい事はよほど相手を思っていないと出来ないはずだ。

 これでルグネスがクビになる事は当分無いだろう。コーデュがそんな事を考えていると、

「……何故、殺さない」

 ベイトリオンが呟いた。

 魔術師としての力を封印され、息子の死を完全に決定付けられた今、ベイトリオンは失意のどん底に居た。しかも、最後の召喚術は失敗し、家も無い。

何もかも無くなったというのに、まだ生きなければならないのか。

 ベイトリオンの言葉に、ウェルは肩をすくめて言った。

「犯罪者には、なりたくないですし」

「……」

「それに、魔術師として殺したのだから、そこに残った貴方は、僕らの敵だったベイトリオンじゃない、って事で」

 ウェルは言うが、ベイトリオンは首を振る。

「愛する息子の体も、家も、魔術も。恨む術さえ無くなった。生きていても、広がるのは絶望の海だけだ。殺してくれ」

「嫌です」

「頼む」

「お断りします」

 ウェルはきっぱりと言って、それから、諭すように言った。

「この先に絶望の海しか広がっていないなら、諦めるより、船出する事を勧めますがね。……はい、これ」

「?」

 ベイトリオンは膝に袋を置かれて、首を傾げた。中からは金貨が覗いている。

「コーデュを貸したのは一日でしたので、これだけ返金します」

「一日分は貰うのか、弟よ」

 コルトのつっこみを無視して、ウェルは言った。

「希望が無いとお思いなら、作るがいいでしょう。僕らがそうのように、貴方もまた、何一つ始めてはいない。失う物はもう、一つも無いのです。それは喜ぶべき事でもある。……貴方さえ興味があれば、ここに行ってみるといい」

 ウェルはベイトリオンの拘束を解くと、一枚のパンフレットを差し出した。

 そこにはウェルエッシュ共同学園と書いてある。

「いい所ですよ、たぶん」

 ウェルはそう言って、そして山を降り始めた。コルトもそれを追う。

 いつまでも動かないベイトリオンに、コーデュは声をかけた。

「何処かで、エルバという少年に会いました」

「……!」

 ベイトリオンは驚いた顔でコーデュを見る。

「僕の事は気にしないでくれ、頑張って、生きてくれって……伝えるように、言われました……お父さんに、と」

「……」

 コーデュはそれだけ言うと、ウェル達の後を追った。



「ルグネス君、怪我は無かったですか」

 帰りの道。ふいに物陰に入って、そして出てきたコルトにウェルが尋ねる。

「ああ、大丈夫みたいだ」

「見た目より、タフですね」

「でなければ護衛は勤まらない」

 そんな会話にコーデュは入っていけない。コーデュはルグネスの外見を見ていないからだ。

「……その人、どんな外見なの?」

「そうだなあ。黒い髪で……コーデュとそんなに変わらない体格ですよね」

「うむ……」

「あら。じゃあ、結構華奢ね。女の子でもおかしくない感じ」

「……」

 コーデュの言葉にコルトは一瞬顔を顰めて、

「……確認した事は無いが、……」

 と曖昧に呟いた。そしてしきりに首を傾げる。

「……いや、いや、まさかな……もう一〇年以上、過ごしてるしな……いや、うん、いやいや」

 独り言を呟き続けるコルトを後目に、コーデュは今度はウェルに尋ねる。

「それにウェル。どうしてコルトの事、兄さんとか呼んでるの?」

「……まぁ、成行きで……」

「……あと。……私を貸したお金って、何の事?」

「……」

「ウェル?」

 コーデュが顔を覗き込んで尋ねると、ウェルは気まずそうに顔を反らした。それを見て、面白そうにコルトが言う。

「この守銭奴は、君をベイトリオンに売ったんだ」

「まあ」

 コーデュはわざとらしく驚いて、そして怒った顔を作って言った。

「ウェルって、本当に酷い人」

「……」

「こら、ウェル。言う事があるだろう、ほら」

 コルトがウェルを突くと、彼はちらっとコーデュを見て、立ち止まる。コルトもコーデュも立ち止まって、ウェルの行動を見守った。

 ウェルはしばらく言い淀んでいたが、やがて、

「……すまなかった」

 と、極小さな声で言った。

「一時的とはいえ、仲間である君を、敵に売った。仕方が無かったが……兄さんに言わせると、非人道らしい」

「じゃあウェルはやっぱり、悪いと思ってないんじゃないの?」

「う……」

「ひどい」

 コーデュはぷいと向こうを向いてしまった。コルトは腹を抱えてプルプル震えている。よほどおかしいらしい。

 ウェルは頭をかいて、そして、言った。

「僕は、お金や合理的な事しか考えていない、守銭奴だ。だから、……だから、確かに、悪いと本当に思ってるわけじゃない……でも、……その」

 ウェルは一度空を仰いで、そして。

「その、僕に欠けている物を、教えて欲しい……僕と、プライスレスを探す旅を、続けてくれないか。コーデュ」

 言い切って、ウェルはまた俯いた。そんなウェルに振り返り、コーデュは笑って言った。

「いいわ。一緒に行きましょ。三人で仲良く。いいじゃない、欠けてる所を補い合ってて。グランディールみたいね、私達って」

 無表情のはずのコーデュが、おかしそうに、笑んでいた。

「……コーデュ、なんだか変わったね」

「そうかしら?」

「うん、……でも、そんな君も嫌いじゃない」

「そうさ、コーデュ。君は君であれば、私の妻だ!」

 そして当然の如くコルトの発言内容は無視しながら、彼らは山を降りて行った。


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