第60話 選んでほしい一食
部長からの返事は短かった。
『次の案には、できなかったところを先に付けろ』
俺は札の写真が先頭にある報告を開いた。
美緒も自分の画面で確かめている。
「最初に付けておいてよかったな」
「次のも、ですって」
会社は今回の確認を、船でそのまま使える証明とは扱わなかった。
条件を揃えてやり直すことと、船側の机や保管場所で確かめる案を作ることが別に返ってきている。
俺の名前は現地の調整担当の欄にあった。
美緒は図面の担当へ相談を送り、俺は窓口へ出す記録をまとめた。
品目を増やすだけでは仕事が終わらない。
かといって、札が隠れたから全部やめる話でもなかった。
俺たちは同じ机でそれぞれ返事を書いた。
気づくと美緒の送信を待っていた。
「何か見ますか?」
「いや、一緒に持っていこうと思って」
「はい。あと一行です」
俺は自分の画面を閉じた。
その一行を待つのは、長くなかった。
◇
説明室でリセさんと船の食事担当に結果を見てもらった。
笹倉さんが共有する範囲を確かめている。
参加者の名前や個別の勤務は外し、許可された写真と使い方の記録を出した。
リセさんは札の隠れたところを拡大した。
「こちらでもありそうです。通る時に邪魔にならないようにすると、内側へ向けたくなります」
船の担当も頷いた。
二食分を持ち歩くより、席へ来た時に次の分を受け取りたい人もいるという。
俺は図の横へ書き足した。
二つを渡せれば全員が助かる、とはしなかった。
仕事によって持って行ける場所まで違う。
美緒が船で使う場合の確認事項を出した。
器の形と留め方。
まだ食べない分を置く場所。
片づけた容器を戻す先。
実際の物を使って確かめる案は、船側と施設側へ相談してからになる。
「リンカの方も、別に止めずに続けていいでしょうか」
美緒が聞いた。
香りの小袋をまとめる案は、まだ完成していない。
持ち運ぶ食事を考えているうちに、元から残したかった味の相談を置いていきたくはなかった。
「お願いします」
リセさんは頷いてから笑った。
「便利な方だけになったら、少し寂しいです」
「俺も、匂いの戻った方をもう一度食べたいです」
「そこ、覚えていてくれたんですね」
俺は写真の色の重なっているところを見た。
食べた時に選んだ端がどこだったかも覚えている。
名前だけだった料理に、今は自分の一口があった。
船の担当が次の相談に持ち帰る資料をまとめた。
契約や納入の約束を今日結ぶわけではない。
それでも、先に見学へ来た時にはなかった項目が机に並んだ。
しまう前の画面をリセさんがもう一度止めた。
うちの品目一覧だった。
魚の二つの味付けが隣り合っている。
「相沢さんなら、私にはどちらを選びますか?」
俺は美緒の方へ視線を向けかけて、やめた。
答えを知っている人へ聞く質問ではなかった。
味噌煮を勧めたい。
でもリセさんの好みはリンカで教わったところしか知らない。
食べられる条件の確認と、何を好きか聞くことも別だった。
「もう少し、好みを聞いてもいいですか?」
「はい」
彼女は手元の一覧ではなく俺を見ていた。
「仕事の質問ばかりになりますけど」
「では、相沢さんの好きなものも教えてください。それなら半分ずつです」
美緒が隣で小さく笑った。
俺は手帳を開こうとして指を止めた。
覚えられるかどうか心配するより、今は本人に聞きたかった。
「辛いものは、好きですか?」
リセさんはすぐには答えなかった。
迷っている顔ではない。
どこから話そうか選んでいるようだった。
机の向こうで彼女が口を開いた。
俺はカタログを閉じ、その続きを待った。




