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1000光年の亡命  作者: リンダ


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金属の墓場

 第6話 金属の墓場


 第六地表降下地点は、軌道上から見ても異様だった。


 大陸の内陸部。

 かつて広大な平野だったと推定される地帯に、黒い筋が幾本も走っている。

 地形の隆起ではない。

 河川の跡でもない。

 その線は不自然に直線的で、ところどころで巨大な円形の窪地につながっていた。


 ミレナ・オースは、その地形画像を見た瞬間から、言葉少なだった。


「熱変質帯が広すぎる」


 タルク・イシェンが問う。


「火山ではないんだろう?」


「違う。火山なら熱源に方向性が出る。ここは……上から焼かれたように見える」


「上から?」


「まだ仮説よ」


 だが、ミレナの声はすでに確信に近かった。


 降下艇ハルミアが地表へ近づくと、窓の外に見えていた黒い筋の正体が少しずつ明らかになった。


 都市だった。


 いや、都市の残骸という言葉さえ正確ではない。

 それは、都市が一度溶け、崩れ、押し潰され、長い時間をかけて鉱物のように固まった場所だった。


 建物の骨格らしきものが、地面から斜めに突き出している。

 金属製の梁は波打ち、ねじれ、表面が泡立ったまま固まっている。

 複数の構造物が、まるで巨大な熱に押し流されたように同じ方向へ倒れている。

 道路だったと思われる直線もある。

 だがその表面はガラス化し、亀裂の奥から金属粒子が光っていた。


 レオム・サイが、着陸前から無言になった。


 ナディア・フェルンは、観測窓に映るその景色を見ながら小さく言った。


「墓場ですね」


 誰も否定しなかった。


 地表に降りると、風の音だけがあった。


 金属の墓場。

 それが最も近い表現だった。

 建物、機械、配管、移動装置、通信塔。

 かつて使われていたであろう人工物が、形を失ったまま大地に沈みかけている。

 生命の反応はほとんどない。

 岩陰にかろうじて膜状微生物が薄く張り付いているだけだ。


 ミレナが、ねじれた金属梁へスキャナーを向けた。


「融点を超えている」


「どの程度?」

 セリオスが聞く。


「この合金が元の性質を保っていたなら、少なくとも摂氏二千度を大きく超える熱を受けてる。

 それも、ゆっくりではない。極短時間で」


 タルクが眉をしかめる。


「自然火災では無理だな」


「もちろん。通常の工業火災でも足りない」


 レオムが地面に膝をつき、崩れた金属片を慎重に拾い上げる。

 表面は溶けて滑らかだが、内部には無数の微細な穴が空いていた。


「圧力も受けてる」


「そう」

 ミレナが頷く。

「高熱、高圧、放射線。

 しかも複数方向からではなく、かなり明確な方向性がある」


 セリオスが、遠くの円形窪地を見る。


「爆発か」


「爆発の一種でしょうね。

 ただし、地表起点ではない可能性がある」


「上空?」


「ええ。

 空中で高エネルギー反応が発生し、熱線と衝撃波が地表へ降り注いだ。

 そう考えると、この金属の変形方向やガラス化層の偏りが説明しやすい」


 その場にいた全員が、同じ方向――空を見上げた。


 今は静かな空だった。

 薄い雲が流れ、遠い太陽光が地表を鈍く照らしている。

 だが1億年前、この空から何かが落ちてきた。

 光か。

 熱か。

 爆風か。

 それとも、それらすべてか。


 調査隊は円形窪地へ向かった。


 直径は数キロ。

 中心部へ近づくほど線量が上がる。

 安全限界に達する前に停止し、無人探査機を進ませる。


 無人機の映像には、奇妙な構造物が映った。

 厚いコンクリートに似た材質。

 多層の隔壁。

 地下へ続く崩落した通路。

 地表の都市とは違い、明らかに防護を意識した造りだった。


 レオムが映像を拡大する。


「これは都市施設じゃない」


 セリオスが低く言う。


「軍事施設か」


「可能性が高い。

 遮蔽、地下化、強化構造。

 通信か、指揮か、兵器保管か……」


 ミレナがデータを重ねる。


「ここも同位体比が異常。

 核物質の取り扱い施設だった可能性があるわ」


 ナディアが静かに問う。


「つまり、この文明は破壊された被害者であると同時に、破壊装置を保有していた?」


 レオムは答えなかった。

 だが、映像が答えになっていた。


 地下施設の壁面には、溶けた表示板のようなものが残っている。

 文字は読めない。

 だが警告色と思われる配色の残留、幾何学的な記号、重厚な扉。

 そこにあったのは、生活の場所ではない。


 守るための場所。

 あるいは、壊すための場所。


 その頃、《エルディアス》の解析区画では、青柳光子と柳川優子のアーカイブ解析が続いていた。


 映像は何本も見つかっていた。

 舞台。

 配信番組。

 家族との会話。

 音楽。

 そして、奇妙な鳥たちの映像。


「またこの鳥が出てきた」


 解析担当が言う。


 画面の中で、色鮮やかな小鳥が何かを喋っている。

 翻訳機はまだ混乱しているが、どうやら人間の言葉を真似ているらしい。

 周囲の人々が笑っている。

 その鳥は胸を張り、別の鳥に突っ込まれ、さらに笑いが広がる。


 タルクは地表調査から戻ると、疲れ切った顔のままその映像を見て、思わず言った。


「なんだこれは」


 ナディアが答える。


「娯楽映像の一部です。

 彼らは、鳥とのやりとりまで笑いとして保存していました」


「鳥が喋るのか」


「正確には模倣のようです」


 タルクはしばらく黙って、それから小さく笑った。


「……変な文明だな」


 レオムも戻ってきて映像を見た。

 鳥にからかわれ、青柳光子らしき人物が笑いながら突っ込んでいる。

 柳川優子がその横でさらに言葉を重ね、場が崩れるように笑う。


 レオムは地表の金属墓場を思い出した。


 溶けた梁。

 地下軍事施設。

 ガラス化した大地。

 そして、この笑い。


「同じ文明なんだよな」


 彼の声には、怒りではなく混乱があった。


「こんなものを作っていた人たちが、あんなものも作った」


 ミレナが静かに言う。


「文化を持つことと、破壊装置を持たないことは、同じではないのよ」


 その一言は、解析区画に重く響いた。


 ミレナは、その後の解析でさらに踏み込んだ結論へ近づいていた。


 地表金属の熱履歴。

 ガラス化層の分布。

 地下施設周辺の同位体比。

 衝撃方向。

 上空起爆の可能性。

 それらを重ねると、自然現象では説明できない。


「隕石衝突なら、破片の成分が出る」

 彼女は会議室で説明した。

「火山なら、熱源と鉱物組成が合う。恒星フレアなら全球的影響になる。

 でもこの痕跡は局所的で、選択的で、都市や施設に集中している」


 セリオスが問う。


「結論は」


 ミレナは、少しだけ間を置いて言った。


「軍事的に強力な兵器が使用された可能性が高い。

 それも単一ではなく、複数回。

 おそらく、同じ文明内、あるいは同種の複数集団間で」


 沈黙が落ちた。


 ナディアが確認する。


「内戦、または国家間戦争?」


「概念はまだわかりません。

 ただ、この惑星規模の破壊は、自然由来ではない。

 知的存在が、知的存在に対して使った力です」


 レオムが拳を握る。


「なぜだ」


 誰も答えない。


「彼らは笑っていた。歌っていた。家族がいた。

 鳥の冗談まで記録していた。

 なのに、なぜこんなものを育てた」


 ミレナは静かに言う。


「守るため、だったのかもしれない」


「守るため?」


「どの文明でもありえる仮説よ。

 自分たちを守るために、より強い力を持つ。

 相手に使わせないために、自分も持つ。

 均衡を保つために、さらに大きくする」


 ナディアが続けた。


「そして、守るための力が、いつか守る対象そのものを壊す」


 その言葉に、誰も反論しなかった。


 会議後、セリオスは一人でアーカイブ室へ向かった。


 青柳光子と柳川優子の映像が、解析用に何本も並べられている。

 彼女たちは、時に舞台で笑わせ、時に音楽を奏で、時に家族らしき人々と話していた。

 断片的に復元された映像の中に、子どもたちの姿もあった。

 鳥たちもいた。

 言葉の意味はまだ完全ではない。

 だが関係性はわかる。

 近くにいる。

 笑っている。

 誰かを大切にしている。


 セリオスは、その画面の横に、今日見た金属墓場の映像を重ねた。


 同じ星。

 同じ文明。

 同じ種。


 彼は低く呟いた。


「何を恐れたんだ、君たちは」


 画面の中の光子が、何かを言って笑う。

 優子が即座に返し、周囲が爆笑する。

 その音はノイズ混じりだが、確かに明るかった。


 そして別画面では、溶けた都市が無音で横たわっている。


 セリオスは思った。

 この文明は、ただ愚かだったのではない。

 ただ悪だったのでもない。

 それなら、まだ理解は簡単だった。

 だが彼らは笑い、愛し、歌い、その一方で自分たちを滅ぼす力を育てた。

 それが恐ろしい。


 なぜなら、それは怪物の話ではないからだ。

 文明の話だからだ。


 ナディアは第六観測記録を作成した。


 第六観測記録。

 地表調査により、広域金属溶融域および地下強化施設を確認。

 熱履歴・衝撃方向・同位体分布から、自然現象ではなく、軍事的高エネルギー兵器の使用が強く推定される。

 同時に、青色保存体内の文化記録からは、当該文明が高度な娯楽・音楽・共同体文化を持っていたことが確認された。


 彼女は、そこで長く手を止めた。


 そして最後に、こう入力した。


 この文明は、笑う力と滅ぼす力を同時に育てた。

 我々が理解すべきなのは、なぜその二つが分離されなかったのかである。


 記録を保存したあと、ナディアは深く息を吐いた。


 外では、地球が静かに回っている。

 金属の墓場も、深海の生命も、青いカプセルの笑い声も、すべて同じ星の中にある。


 《エルディアス》の調査隊は、ようやく気づき始めていた。


 地球の謎は、放射線の量ではない。

 兵器の威力でもない。


 本当の謎は、

 これほど笑うことを知っていた文明が、

 なぜ自分たちを滅ぼす力を止められなかったのか、ということだった。

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