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1000光年の亡命  作者: リンダ


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 二つの星の家、二つの星の恋

第四十一章 二つの星の家、二つの星の恋



ガイアの行事を知ることは、その星の時間を知ることだった。


地球では、正月があって、節分があって、花見があって、盆があって、月見があって、年越しがあった。

季節に名前をつけ、その移ろいに区切りを作り、人はそこへ集まり、食べ、祈り、笑い、少しだけ泣いた。


ガイアにも、それはあった。

ただし形は違う。


ナディア・フェルが最初に見せてくれたのは、芽吹き期の始まりの集いだった。

大規模な祭礼というより、地域ごとに行う小さな確認の場だ。

その年最初の新芽を見つけた場所へ人が集まり、土壌や水の状態を見て、歌い、静かな食事を囲む。

「今年も生命が戻ってきた」

ことを祝うのだという。


次にアルシア・レンが語ったのは、収束期の灯りの会。

地球の灯籠流しや追悼行事にも少し似ている。

一年の中で失ったもの、終わった関係、役目を終えた道具、亡くなった個体の名を、小さな光とともに読み上げる。

忘れないための会であり、同時に“執着を次の季節へ持ち越しすぎないため”の会でもあるらしい。


そして最も興味深かったのが、均衡の日の公開点検だった。

それは地球の祭りとは少し違う。

祝うより、見直す。

街の流れ、資源の偏り、誰かの負担、孤立、停滞。

それを地域単位で確認し、言いにくいことまで口に出す。

でも、それを重苦しい義務にしないために、必ず最後には音楽と共食がある。


「点検して、責めて終わると、誰も本当のことを言わなくなる」

アルシアがそう言った時、レイはその一言に地球との差を見た気がした。



ガイアの子どもたちは、地球の祭りを面白がった。

地球の子どもたちは、ガイアの行事の“静かな理由づけ”に驚いた。

やがてその二つが混ざり始めるのは、ほとんど当然だった。


最初に言い出したのはサラだった。


「じゃあさ、花見しながら均衡の日したらよくない?」


「どういう組み合わせやねん」

とレンが突っ込んだが、完全には否定しきれなかった。


ユイが考え込む。

「でも、悪くないかも。

集まって食べるのと、ちゃんと話すの、両方あるし」


ミナ・レフがそれに乗る。

「地球の“願い事を書く”のも入れたい」


コハルはもう紙に絵を描き始めていた。

細い枝に短冊みたいなものが下がり、その下で人が輪になっている。

地球の七夕と、ガイアの均衡の日が混ざったみたいな絵だった。


タレス・ミアがそれを見て笑う。

「君たちは、混ぜるのが早い」


白石凛は、その様子を記録しながら思った。

文化は継承されるだけではなく、交わって増える。

地球の祭りがただ保存されるのではない。

ガイアの行事と出会って、別の形へ育っていく。

それは失うことではなく、ちゃんと次へ進んでいる証拠だった。



そして、もっと日常的で、もっと大きな変化も起きていた。


学校のクラスメイトの家へ、初めて遊びに行く子どもたちが出始めたのだ。


最初は、アレン・シオの家だった。

レンとハルトが招かれ、あとからユイとミナ・レフも合流することになった。

次はソレア・ミルの家に、コハルとサラとミオ。

リクはユール・カシアの家へ行って、移動網の模型を見せてもらう約束をしていた。


「よその家庭」

という感覚は、ガイアでもやはり特別らしかった。

学校で会う顔と、家で会う顔は違う。

それは星が違っても同じだ。


レイたち大人は、最初こそかなり緊張した。

子どもたちを本当に行かせて大丈夫か。

文化差はないか。

失礼は起きないか。

食事や生活習慣はどうか。

だが、ガイア側の親たちは驚くほど自然だった。


「暮らしを見せないと、信用は進まない」

とナディア・フェルに言われた時、レイははっとした。

たしかにそうだ。

職場や学校だけでは、その星の本当の空気は見えない。

“家に上がる”ことで初めて、文明は制度から生活へ変わる。



アレン・シオの家で、ハルトとレンが最初に驚いたのは、玄関に近い空間に置かれた小型の動物用寝床だった。


「……犬?」

ハルトが思わず言う。


そこへ、くるりと振り向いた動物は、確かに地球の犬に似ていた。

耳の形は少し違う。

鼻先はやや短い。

毛並みは滑らかで、色もガイア特有の灰青が混じっている。

でも、しっぽの振り方と、こちらへ寄ってくる時の期待した目は、ほとんど“犬”だった。


レンがしゃがみ込む。

「うわ……ほんとに犬っぽい」


アレンが笑う。

「うちの家族だよ」


別の家では、猫に似た動物がいた。

身体は少し細く、瞳の色が地球の猫よりも光をよく拾う。

だが、高い場所に乗りたがり、気まぐれで、撫でられる時だけやたら甘える感じは、見事なくらい“猫”だった。


ミオはその子に会った瞬間、目を輝かせた。

「ねこ!」


リナ・フェスが笑いながら訂正する。

「ガイアでは別の名前あるけど、たぶん“ねこ”でだいたい合ってる」


レイは、その話を後から聞きながら思った。

似た環境では、似た進化を遂げる。

それは人型の知的生命だけではなく、伴侶動物に近い存在にも及んでいるのかもしれない。

それが偶然なのか、もっと深い系譜があるのかはまだわからない。

でも少なくとも、地球人たちはそのぬくもりに救われていた。



ガイアの家庭の暮らしぶりは、地球の子どもたちに強い印象を残した。


まず、静かだった。

無音という意味ではない。

生活音はある。

食事の準備。

水の流れる音。

動物の足音。

子どもの笑い声。

でも、それらがぶつかって騒音になる感じではない。

空間そのものが、音が逃げるように作られているのだと後からレイは気づいた。


次に、ものが少ない。

ただし貧しいわけではない。

必要なものはある。

でも、“持つこと”を誇る感じがない。

修繕して使うこと、循環させること、共有することが前提になっている。

だから部屋の中にあるもの一つひとつが、ただ置かれているのではなく、“使われている”気配を持っている。


そして、家族の距離が近い。

それはべったりしているという意味ではない。

互いに一人の時間も持ちながら、同じ空間を当たり前に分け合っている。

その感じが、地球の子どもたちには少し不思議で、でも心地よかったらしい。


ユイは帰ってくるなり言った。


「なんか……よその家って感じやったけど、変に気ぃ張らんでよかった」


レンも頷く。

「うん。

“ちゃんとして見せる家”じゃなくて、“普通に暮らしてる家”って感じ」


コハルは、ソレアの家の窓辺の植物を絵に描いていた。

ミオは、猫に似た子が足元へ丸くなってきた話を何度もして、サラは“ガイアのおやつ”が思ったよりおいしかったことを熱弁していた。


それを聞きながら、レイは静かに思った。

この子たちはもう、“よその星”ではなく“よその家”の話をしている。

それはものすごく大きな変化だった。



時間は、静かに流れた。


長い30時間の一日。

480日の一年。

最初は、ガイアの時間感覚そのものが異物だった。

だが、人はやがてそれに身体を合わせていく。


季節が一周する。

芽吹き期を越え、成長期を越え、収束期を越え、静穏期を越え、再び新しい芽吹きへ向かう。

地球の子どもたちは、学校で友だちを作り、ガイア語をほとんど自然に使いこなし、遊びや歌も混ぜ始めていた。

大人たちも仕事に少しずつ入っていき、レイは本当に“つなぐ役”として忙しくなっていた。


そして――


ガイアに来て、ガイア時間の一年が過ぎた。


その実感は、最初は数字だった。

でも、やがて生活の手触りになった。

今年の最初の芽吹き期。

最初の均衡の日。

最初の長い夕方。

最初の収束期の静けさ。

そういうものが積み重なって、ようやく

「自分たちは一年ここで生きた」

と身体で思えるようになった。



その一年のあいだに、当然ながら人と人の距離も変わった。


地球人とガイア人は、最初こそ互いを“外から来た者”“似ている他者”として見ていた。

だが時間が経てば、それだけではいられない。

一緒に働き、一緒に学び、一緒に食べ、笑い、間違え、教え合う。

そうなれば、好意も生まれる。


最初に周囲がはっきり気づいたのは、ユイとミナ・レフだった。

二人は最初から言葉のやり取りの速度が合っていた。

ノートの取り方も、整理の仕方も、突っ込みのタイミングも似ていた。

一緒にいる時の空気が自然すぎて、サラが「もう夫婦やん」と言ってユイに真っ赤になって怒られたのが、きっかけみたいなものだった。


ハルトとケイル・ナハも、最初は完全に“どっちが上か”の張り合いから始まったのに、気づけば一緒に走り、一緒に食べ、一緒に無駄に競争していた。

ただ、この二人はまだ“親友寄り”の距離で、周囲が勝手に面白がっている感じでもあった。


もっとはっきりしていたのは、コハルとソレア・ミルだった。

二人は絵と歌の感覚で先につながり、そのあとで言葉が追いついた。

並んで座っても沈黙が苦にならず、片方が描いたものをもう片方が歌にしようとする。

それは明らかに、ただの友だちより一歩深い場所へ向かっていた。


だが、一番周囲を少し驚かせたのは――

朝倉レイだった。



レイは、自分のことになるとずっと鈍かった。


つなぐ役。

記録。

通訳補助。

教育区画と生活区画の橋渡し。

地球側とガイア側の意識差の調整。

やることが多すぎて、自分の感情を後回しにしていた。

それに、ここは新しい星だ。

まず地に足をつけることが先だと思っていた。


だから周囲のほうが先に気づいた。


アルシア・レンと話す時のレイの目線の置き方。

アルシアがレイへ質問を返す時の声のやわらかさ。

厳しい話をしていても、二人のあいだだけ少しだけ呼吸が合っている感じ。

それは最初は“信頼関係”に見えた。

でも、一年も一緒に仕事をしていれば、その先のものもにじみ始める。


最初にニヤついたのは白石凛だった。


「……ねえ」


仕事終わり、外周歩廊で二人きりになった時、凛が言う。


「何」


「自覚ある?」


レイは眉を寄せる。

「何の」


凛は、あからさまに楽しそうな顔をした。

「アルシアさんのこと」


レイは、そこで初めて何を言われているのかを理解した。

そして理解した瞬間、ものすごく困った顔になった。

凛はそれを見て、確信したように笑う。


「あるんだ」


「……うるさい」


「否定しないんだ」


レイは深く息を吐いた。

否定できない。

できなかった。

アルシア・レンは、最初に自分たちへ文明の本質を問い返した人だ。

厳しい。

冷静。

でも、相手が本当に言葉を探している時はちゃんと待つ。

正しさで押し切らず、責任のある言葉だけを置く。

そして、時々どうしようもなくやさしい。


そんな人を、一年も近くで見て、何も感じないほどレイは鈍くなかったらしい。



だが、感情と現実は別だった。


地球人とガイア人。

見た目は似ている。

DNA一致率も99%。

でもそれは、恋愛や妊娠や出産に問題がないという保証にはならない。

互換性が高いことと、長期的な安全性は別の話だ。


この点については、イリオス・ヴェンと沙月を中心に、かなり慎重な検証が進められていた。

血液。

免疫。

遺伝的組み合わせ。

生殖細胞の適合。

胎児発達の予測。

ガイア大気・重力・栄養環境における負荷。


結論が出るまでには時間がかかった。

だが、その答えは最終的に明確だった。


地球人とガイア人のあいだで妊娠しても、基本的に問題はない。


もちろん個別差はある。

慎重な経過観察も必要だ。

だが少なくとも、種としての大きな障壁は確認されなかった。

この結果は、ガイア側にも、地球側にも静かな衝撃を与えた。


似ているどころではない。

ここまで来ると、もはや“遠い異星人”という言葉がかすむ。


そして、その確認が出たことで、

これまでどこかで互いにブレーキを踏んでいた者たちの中に、正式に交際を始める動きが出てきた。



その一人が、朝倉レイだった。


きっかけは、あまり劇的なものではなかった。

むしろレイらしく、仕事の帰りだった。


均衡の日の調整記録を終えたあと、レイとアルシアは外周歩廊を並んで歩いていた。

ガイアの夕方は長い。

地球より少し角度の違う光が、緑の上をなめるように落ちている。


しばらく無言で歩いたあと、アルシアが言った。


「一年だ」


「うん」

レイは頷く。


「あなたたちは、この星の一年を越えた」


その声には、最初の頃の審査する側の硬さはもうほとんどなかった。

まだ慎重さはある。

でも、その下にある感情を隠しきれていない。


レイは少し迷ってから言った。


「アルシア」


「うん」


「私は、最初にあなたに“何の目的でここに来たのか”って問われた時、ちょっと怖かった」


アルシアは苦笑するように息をついた。

「私は、怖がらせるつもりで言ったわけではない」


「わかってる」

レイも少し笑う。

「だから余計に怖かった。

あれは、本当に聞かれてる問いだったから」


アルシアは、少し黙ったあとで言った。


「今も聞いている。

あなたが、ここで何を生きたいのか」


その問い方が、昔よりずっと個人的だった。

文明ではなく、レイに向けた問いになっていた。


レイは、足を止めた。

風がある。

草の匂い。

遠くの街。

長い一年。

地球。

宇宙船。

歌。

学校。

仕事。

全部が一瞬で胸の中を通った。


そして、彼女はようやく答えた。


「……あなたのいる未来を、ちゃんと見てみたい」


翻訳機がその言葉をガイア語へ変換する前に、アルシアの表情はもう少しだけ変わっていた。

意味は、翻訳より先に届いたのかもしれなかった。


アルシアは、ごく静かに言った。


「それなら、見てほしい」


その言葉で、何かが定まった。


地球人とガイア人。

異なる星。

でも、ここで一年を越えた二人。

それは、もう十分に始まりだった。



やがて、正式に交際を始める者たちが少しずつ現れた。


ユイとミナ・レフ。

コハルとソレア・ミル。

そして、朝倉レイとアルシア・レン。


大人たちは最初、少しだけ息を呑んだ。

でも反対する者はいなかった。

むしろ、長い不安のあとでようやく未来の側へ足を踏み出したことを、静かに祝福する空気のほうが強かった。


白石凛は、当然のようににやにやしていたし、

高峰は「ついにか」と言ってレイに肩を叩かれ、

沙月は少し笑って「仕事中の顔、前よりわかりやすい」とだけ言った。


ホログラムの優子は、もう大騒ぎだった。


「ええええ! レイさんついに!?」


光子も叫ぶ。

「ちょっと待って、うちらの長距離観測、当たりすぎやろ!」


せきちゃん閣下まで、よくわかっていないくせに妙に高い声で鳴く。


「せきちゃん、めでたい!」


キリちゃんはぷいっとしながら、さつまくんが

「れいちゃーん、おめでとー! ついでに僕とも――」

と言いかけたところで、即座に

「イモは黙って」

と切り捨てて、部屋中を笑わせた。


その笑いの中で、レイは初めて“未来”という言葉が現実の手触りを持つのを感じた。


地球ではなく、

宇宙船でもなく、

ここガイアでの未来。



その夜、朝倉レイは記録端末に書いた。


ガイアに来て、ガイア時間の一年が過ぎた。

子どもたちは学校に溶け込み、友だちを作り、よその家へ遊びに行き、犬や猫に似た動物とも出会った。

ガイアの家庭の暮らしぶりを体験し、“よその星”が“よその家”へ変わり始めている。

そして今日、地球人とガイア人のあいだで妊娠しても問題はないことが確認された。

それによって、正式に交際を始める者たちも出てきた。

私も、その一人だ。

ここまで来るとは思っていなかった。

でも、一年という時間は、制度や言葉だけではなく、感情のほうもこの星に結びつけるらしい。

灰の故郷を失ったあとで、別の星の誰かを大切に思うようになる。

それは裏切りではなく、たぶん生き直しだ。


書き終えたあと、レイは長く息を吐いた。


窓の外には、ガイアの夜。

地球より長い時間。

でも今は、その長さが少しありがたかった。


未来を考えるには、少し長い夜のほうがちょうどいいのかもしれない。



第四十一章・終

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