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1000光年の亡命  作者: リンダ


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最初の問い

 第二十五章 最初の問い


 最終ワープを抜け、レオニス系第三惑星の姿が前面スクリーンに現れてから、しばらくの間、艦橋は言葉を失っていた。


 それは無理もなかった。

 誰もが、まず“本当にあった”という事実を受け止めるので精一杯だったからだ。


 恒星の光。

 惑星の輪郭。

 薄い雲。

 反射する大気。

 夜側と昼側の境界に沿う、わずかな散乱光。

 まだ遠い。

 まだ表面の細部までは読めない。

 それでも、ただの推定座標や希望ではなく、そこに一つの世界があった。


 アーク・レヴァナントは、その世界の外縁観測圏へ滑り込むように進んでいた。

 艦橋では高峰悠真が各種の観測を立ち上げ、白石凛が記録を開き、久我颯人は黙ったまま前面スクリーンを見つめている。

 朝倉レイは、航法卓に手を置きながら、自分の鼓動が少し速いことを自覚していた。


 新しい世界。

 新しい空。

 新しい地面。

 そして、もしかすると新しい生命圏。


 そこへ、唐突に警告音が鳴った。


 短く、鋭く、人工的な音。


 高峰が反射的に端末へ身を寄せる。

「外部通信……?」


 久我がすぐに顔を上げた。

「地球系の残骸か」


「違う」

 高峰の声が低くなる。

「波形パターンが地球系と合わない。

 人工信号だけど、既知の人類規格じゃない」


 その一言で、艦橋の空気が凍る。


 レイは前面スクリーンを見る。

 惑星はまだ静かにそこに浮かんでいる。

 だがいまこの瞬間、その静けさの意味が変わった。

 無人の新天地ではないかもしれない。

 いや、もう違う。

 向こうは、こちらを見つけている。


「発信源は」

 久我が問う。


 高峰の指が走る。

 受信角度。

 位相差。

 複数アンテナ間のタイムラグ。

 外縁空間の反射ノイズを除去。

 そして、表示されたベクトルは惑星へ向かって収束した。


「……レオニス系第三惑星地表」

 高峰が言った。

「少なくとも、そこ由来です」


 誰もすぐには喋れなかった。

 推定ではなく、確定に近い。

 つまり、この惑星には文明がある。

 通信技術を持ち、こちらを認識し、発信している存在がいる。


 白石凛が、かすれた声で言う。

「本当に、いたんだ」


 その言葉には恐れも、驚きも、どこか安堵のようなものも混じっていた。

 無人の星に勝手に降り立つ話ではなくなった。

 それはそれで厳しい。

 だが、文明があるということは、少なくともこの星が完全な沈黙の世界ではないということでもある。


「翻訳系を」

 久我が短く命じる。


「はい」

 高峰が応じる。

「まずは音韻解析。

 繰り返し構造を拾います」


 通信は、一度きりでは終わらなかった。


 短い間隔を置いて、同じ信号列が数回繰り返された。

 明確な意志を持った呼びかけ。

 ランダムではない。

 威嚇とも、単なるビーコンとも違う。

 “こちらへ向けて、理解させるために繰り返している”通信だった。


 高峰の横で、白石凛が解析表示を覗き込む。

「文節っぽい区切りがある」


「ある」

 高峰も頷く。

「しかも同じ塊が何回か出てる。

 最初の部分は多分、“識別”か“呼びかけ”だ」


 レイは艦橋後方の補助スクリーンを見た。

 そこには、通信波形が可視化され、音素候補が並んでいる。

 耳には、まだ言語としては聞こえない。

 金属音にも、歌にも、鳥の鳴き声にも似ていない。

 だが完全な機械信号とも違う。

 どこか有機的な抑揚があった。


「翻訳機にかけます」

 高峰が言う。

「直訳は無理でも、統計的な意味推定なら出せる」


「急がなくていい」

 久我が言った。

「誤訳のまま受け取る方が危険だ」


 その判断に、レイは少し安心した。

 ここで焦れば、最初の遭遇が最悪の形で始まりかねない。

 向こうは質問しているのかもしれない。

 あるいは警告しているのかもしれない。

 それを取り違えれば終わる。


 通信はさらに二度繰り返された。

 その間、艦橋の誰も余計なことを言わない。

 エンジンの低い唸り。

 解析機の処理音。

 時折入るサブシステム更新。

 そして、まだ未知の言葉。


 やがて、翻訳エンジンの暫定表示に初めて意味らしきものが浮かんだ。


 高峰が息を止める。

 凛も画面を見つめる。

 レイは自然と一歩近づいていた。


 表示されたのは、まだ完全ではない、不自然な日本語だった。

 だが意味は十分すぎるほど伝わった。


「見かけない船団だな」


 艦橋に沈黙が落ちる。


 次の文が出る。


「何の目的でここに来たのか」


 さらにもう一文。


「何が目的なのか、詳しく話せ」


 それで、全員が理解した。

 これは歓迎でも、攻撃でもない。

 尋問に近い確認だ。


 向こうは、こちらを未知の船団として観測し、警戒し、目的を問いただしている。

 それは当然だった。

 もし逆の立場なら、レイたちだってそうする。


「軍事色は」

 久我が低く問う。


 高峰はすぐに答えられなかった。

 通信文だけでは読み切れない。

 ただ、そのトーンには露骨な敵意はない。

 しかし無警戒でもない。

 いわば、門の前で止められて“何者だ”と問われている状態だ。


 白石凛が静かに言う。

「問い方が直球だね」


「回りくどくないのは助かる」

 沙月が医療区画からの回線越しに言った。

 いつの間にか艦橋の状況共有へ入っていたらしい。

「少なくとも“出て行け”ではない」


「でも“ようこそ”でもない」

 レイが言うと、凛が頷いた。


 そうだ。

 向こうは歓迎していない。

 だが即時排除を宣言しているわけでもない。

 まだ秤の上にある。

 こちらが何者で、何を持ち込み、何を求めているのか。

 それを測ろうとしている。


 久我颯人が、ようやく長く息を吐いた。


「正直でいくしかないな」


 誰も反対しなかった。

 地球で何が起きたか。

 自分たちがどこから来たか。

 なぜここまで来たか。

 そのすべてを隠しても、いずれ破綻する。

 第一印象で終わる相手ではない。

 文明があるということは、記憶も、警戒も、外交もあるということだ。


 その頃、教育保護区画では、まだこの緊張を知らない子どもたちが、さきほどまでの余韻で笑い合っていた。


「しずかなペラペラーズって何それ」

 ユイがまだ笑っている。


 レンも口元を押さえている。

「静かなのかペラペラなのか、どっちかにしてほしい」


 ミオは、キリちゃんの“ぷいっ”を全力で真似してみせ、サラがまた転げる。

 コハルはさつまくんの絵の横に、“しずかなペラペラーズ”と書き添えていた。

 リクはノートに、今日のホログラムの会話をメモしている。


 その空間へ、鷹宮美咲の端末が短く震えた。

 艦橋最優先共有。

 内容を見た美咲の表情が変わる。


「……来た」


 彼女のその声に、子どもたちも顔を上げる。


「どうしたと?」

 ハルトが聞く。


 美咲は一瞬迷った。

 だが、もうこの船では“何かを全部隠して大人だけで抱える”やり方は選ばない。

 それが次の世代への誠実さだと、皆で決め始めていた。


「この星から、通信が入ったの」

 美咲は言った。


 部屋が静まる。


「つく星から?」


 ミオの目が丸くなる。

 ユイも息を呑む。

 レンは立ち上がりかけて止まった。


「うん。

 この星にいる誰かが、私たちに“何者なのか話せ”って聞いてきてる」


 その一言で、子どもたちの顔から笑いが消える。

 怖さではない。

 もっと強い、現実の重みだ。


 コハルが小さく言う。

「ほんとに、おったんや」


 美咲は頷いた。

「うん。

 ほんとに、いる」


 艦橋では、返信文の草案が始まっていた。


 短く、正直に、だが必要以上に弱く見せず。

 敵意を出さず、嘘もつかず、目的を隠しすぎない。

 この一文で、この先の全てが変わりかねない。


 久我が言う。


「まず、こちらが不明船団ではなく、単一移民船団であることを明示する」


「“移民”でいいですか」

 レイが問う。


「亡命者、難民、避難民、どれも嘘ではない。

 だが向こうにどう響くかがわからん。

 まずは機能で言う。

 長距離移民船。

 それが一番誤解が少ない」


 白石凛が補足する。

「あと、武力目的ではないことも必要」


 高峰が言う。

「でも、丸腰アピールしすぎるのも危険だ。

 相手が本当に善意だけとは限らない」


 レイはそのやり取りを聞きながら、胸の奥が静かに震えるのを感じていた。

 ここから先は、地球で積み上げた全ての教訓が試される。

 責任。

 説明。

 正直さ。

 警戒。

 そして、相手を人間――あるいは理性ある他者として扱う姿勢。


 ふと後方スクリーンを見ると、ホログラムの光子と優子が、今はさすがに黙っていた。

 でもその沈黙にも、不思議な寄り添いがあった。

 笑うべき時には笑い、黙るべき時には黙る。

 その呼吸を、この船はすでに少し覚え始めている。


 久我が最後に言った。


「よし。

 送る。

 だがその前に、全船へ状況共有を出す」


 レイは頷いた。

「子どもたちにもですか」


 久我は一拍置いてから答えた。


「もちろんだ。

 もうこの船で、“未来の当事者”を抜きにした未来の話はしない」


 その言葉に、レイは静かに息を吐いた。

 そうだ。

 この船はもう、ただの管理対象の集まりではない。

 次の世代も、すでに共同体の一員なのだ。


 全船放送が入る。


 レイはマイクの前に立った。

 今日一日だけでも、どれだけ多くの感情があっただろう。

 笑い。

 歌。

 最終ワープ。

 惑星。

 そして、通信。


「アーク・レヴァナント乗員のみなさんへ。

 レオニス系第三惑星から、通信を受信しました」


 船内のあちこちで、息を呑む気配が伝わる。


「発信内容は暫定翻訳で、

 “見かけない船団だな。何の目的でここに来たのか。何が目的なのか、詳しく話せ”

 というものでした」


 少し間を置く。


「つまり、この星には文明があります。

 そして、私たちを認識し、問いかけています」


 レイは自分の声が思ったより落ち着いていることに少し驚いた。

 もしかすると、ここまでの航海で、ちゃんと育ったものが自分の中にもあるのかもしれない。


「これより返信準備を行います。

 私たちは、この星へ勝手に降りることはしません。

 まず、何者であるかを誠実に伝えます」


 放送を切る。


 数秒、艦橋は静かだった。

 そのあと、高峰が小さく言う。


「誠実、ね」


「うん」

 レイは頷いた。

「地球で足りなかったものの一つだから」


 白石凛がそれを聞いて、ほんの少しだけ笑った。


「いい返事だと思う」


 その夜、朝倉レイは記録端末に書いた。


 最終ワープを抜けたあと、レオニス系第三惑星から通信が入った。

 発信源は惑星地表。

 翻訳機にかけると、“見かけない船団だな。何の目的でここにきたのか。何が目的なのか、詳しく話せ”という内容だった。

 ついに遭遇が始まった。

 到達は、到着ではなかった。

 ここからは、説明し、問われ、信頼されるかどうかの時間になる。

 灰の故郷を離れてここまで来た私たちは、何者として名乗るのか。

 亡命者か、移民か、生存者か、あるいは全部か。

 少なくとも、嘘では始めたくない。


 書き終えると、レイは窓の外を見た。


 そこには、もうただの座標ではない惑星がある。

 そしてその地表から、自分たちへ向けて問いが飛んできている。


 何の目的でここに来たのか。


 その問いに答えることが、次の文明の最初の一歩なのだと、レイは思った。


 第二十五章・終

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