『この病が蔓延る街で』
薄暗闇の中、ひなは高鳴る胸の鼓動を一生懸命にこらえていた。
声優になって初の舞台。お金をもらって仕事でする初めての演劇。
そして自分はその劇のヒロイン役。
緊張するなというほうが無理があるだろう。
「おい、からひな。落ち着いていつも通りにやればいいんだ」
「は、はい……先輩」
心を落ち着かせようと客席を見渡すと、間隔をあけて座った10人のお客さんがフェイスガードとマスクを着けて開演の時間をまだかまだかという顔で見つめている。
ひなはその視線に応えるように一つ大きく深呼吸。
今までだって演劇部の舞台でこれより多くのお客さんの前で演じてきた。
だから。
これから幕を開ける舞台でもしっかりとやれる。
自分はやればできる子だ。
そう思うと心の奥底からすっと力が抜けていくのが分かる。
「よし。いけるな?」
「はいっ」
ひなのその小さな言葉と共に舞台の幕が上がる。
それは小さな地下の劇場で行われる。
一人の少年と少女の物語。
―――
病の蔓延る街の片隅で。
一人の少年が大きな屋敷の中に匿われるように暮らしていました。
少年の世界は、大きな屋敷の中が全てでした。
来る日も来る日も。
少年の世界は屋敷の中で過ごす日々。
少年はそんな日々に飽き飽きしていました。
「あー……。街に出たいなぁ」
少年はメイド服を着たメイド長の男性にそう告げる。
「駄目ですよ、坊ちゃま。街は病気に溢れています。ステイホームしていなければ」
「そうは言ってもな。いつもいつもステイホームステイホーム。俺はいつになったら街に遊びに出かけられるんだ?」
「そうですね……。この流行り病が収まれば……あるいは」
メイド長の言葉に少年は小さくため息をつく。
この流行り病は収束する兆しすら見えない。
少年が物心ついた時から、流行しているのだから。
「そんなことより、今日はこのスイッチを使って遊びましょう」
そう言ってメイド長はスイッチボタンを渡してくる。
「……なんだこれ?」
「メイドさんスイッチー、です」
少年は試しにボタンを押してみる。
『あ!』
「あんなことやそんな事を」
『い!』
「言い続けても」
『う!』
「うんと納得させられることはできず」
『え!』
「延々と悩み続けながらも」
『お!』
「お坊ちゃまと今日も二人で遊んでいます」
少年が押したボタンに続きメイド長は動作を交えながら言葉を紡ぐ。
……正直つまらなかった。
「こんなくだらないもの作ってる暇があるならもっと俺を楽しませるもの作れよっ!!」
このメイド長はいつもこんな調子だ。
少年の関心を外の世界から逸らそう逸らそうとしてくる。
それは正直ありがたい話なのではあるけれど。
少年の外の世界への憧れは膨らんでいくばかりだった。
だから。
だから少年は、月が丸く輝く晩のこと。
大きな屋敷を抜け出してしまったのです。
「はぁっ……はぁ……。街って、こんなに人が居て明るいんだな……」
真夜中だというのに、街の灯りは真昼の様に明るくて。
人々が楽しそうに賑わっていて。
少年はその街並みをゆっくりゆっくり歩いていく。
今まで憧れていた街を満喫するように。
けれど、街の人々は少年の姿を見て、少年を避けるように歩いていく。
何故なら少年はマスクをしていなかったから。
この病が蔓延る街では、マスクをしていない人は全くと言っていいほどいなかった。
少年が一人のんびりと街を歩いていると。
「あなた……願い事があるでしょう?」
妖しい雰囲気を纏った少女に声をかけられた。
街の人々は自分の事を避けるように歩いていくのに。
その妖しい少女はクスクスと微笑みながら少年に笑いかけている。
いつの間にか少年と少女の周りは人もいなくなり。
二人きりの。
無言の空気が流れる。
月の光が。
街の光が。
スポットライトで照らす様に。
少年と少女を明るく照らす。
少年は光の中、考えを巡らせる。
例え少女が妖しい雰囲気を纏っているとしても。
少年を避けずに声をかけてくれた少女に。
少年は興味を持った。
だから少年は、ゆっくりと少女に語りかけた。
読んでくださってありがとうございます!
地下演劇の舞台の幕が上がったなりあがりシスターズ。
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今後ともよろしくお願いいたしますm(__)m




