第40話 水の宝石
皆で、川へと魔石を集めに行く日の朝
「えぇ……」
集まった人数を見た時、俺の口からそんな呻きが漏れ出た。
目の前には100人を超える者達が集まっており、昨日予想していた人数よりも倍以上の人数が集まっていたからである。
「如何なさいましたか?主様?」
俺から漏れ出た声を聞かれてしまったらしく、エルフィーから怪訝そうに尋ねられてしまった。
「いや、なんでもない」
俺は極力平静を装いそう返したが、心の中ではちょっとだけ焦っていた。
水難事故の対策には、ウアと数人の人間達とエルフの長であるエルとエルフの数人の男性陣の協力を取り付けたので、そちらに関しては大丈夫だと思うのだが……
皆に振る舞おうと考えて、夜の内に用意しておいた食材の量では、全員へと配れそうにないのだ……
用意してきたのはサトウモロコシや栗ボールなのであるが、トウモロコシ部分の数は60本程しかない。
うーん、これは何人かには茎の部分で我慢して貰うしかないかなぁ……
と俺が悩んでいると
「それじゃ、しゅっぱーつ!」
と、リーティアが元気に号令を発してしまい、俺は悩みながら川へと向かう事となった。
だが、その悩みは直ぐに頭から消え去る事となる。
と言うより、川へと向かう最中、トラブルが頻繁に起きて考える暇が無くなったと言うのが正しい。
木の根っこなどに足を取られ転倒した子供の治療や、皆からはぐれて迷子になった者の捜索を手伝うといった大小様々な事が起き。
それらに対処する為に、俺も奔走する事になったのだ。
先日、川へ行った時に獣道みたいなものがあったし、そんな長い距離でもないから簡単に到着するだろうと高を括っていたのだが、俺の見通しは甘かったらしい。
なんとか、2時間ほどかけて全員を無事に河原まで送り届ける事ができたのは良いが、引率を手伝ってもらった者達はへとへとになって居るし、俺も精神的に疲れた。
これを帰りの時にもする事になるんだよな……
遠足や修学旅行中などでの引率の先生は、こんな感じなのだろうか……?
集団行動って怖い……
ともあれ、気を取り直して、川辺に集めた皆へと諸注意などを言っておかねば
「よーし! 全員! 聞いてくれ!
まず、川での注意点だ。
なるべく膝より深い場所へは行かない事。
誰かが溺れたり怪我などした場合は――」
注意事項を一通りの説明してから、今日の俺の目的であった光の魔石集めの事も伝える
「――子供を連れて来た者は、なるべく子供と一緒に行動してくれ。
それと、これは私からの頼みなのだが……
無理に探す必要はないし要らない物でかまわない。
透明か白く透けた石を見つけたら、昼の休憩の時にでも私の元へ1、2個持って来て欲しい」
まだ皆には魔石か普通の宝石かの判断が難しいので、光か無属性の魔石の見た目の特徴だけを教えておく。
たぶん、集まった内の半数以上はただの宝石になってしまうだろうが、これは仕方がないな。
「では皆、気を付けて楽しんでくれ」
最後にそう締めくくると、皆は蜘蛛の子を散らすように川へと向かって行った。
直ぐに「あったー」や「見つけたー」などといった声が周辺から上がり始める。
それに参加したい気持ちを俺はぐっと抑え、先に用意しておかねばならない事があるので、その準備に取り掛かった。
先ずは、先導を手伝ってもらったウアの人間グループとエルのエルフグループの数人に世界樹の葉を渡して少し休憩してもらい、俺も魔力を回復しておく。
その後、水魔法が得意な者が多いエル達には、川で宝石を採っている者達の監視を頼み、俺はウアの人間グループを引き連れ周辺に散らばる流木を回収し、それらを数か所に分けて積み上げ、火を熾した。
先程の諸注意を伝えた時に皆に説明したのだが、川の水は結構冷たい。
なので「寒いと感じてきたら、川から上がり近くの焚火に当たりなさい」と皆には言ってあるので、その体が冷えてしまった者達の体を温める焚火を用意した訳である。
薪を集めたり火を熾してる最中も、何か起きるんじゃないかと身構えていたのだが、皆は思ったよりも俺の言いつけを守っており、すっころんでびしょ濡れになった程度の事しか起きず、少し安心した。
川辺の数ヶ所に焚火を設置し終わり、次は皆へと配る焼きトウモロコシなどの準備をしていると
「主様、私もお手伝いいたします」
と、エルフィーが川から戻って来た。
リーティア達は、まだ宝石採りに夢中になっているらしい。
「そうか?すまんな。
では、トウモロコシを焼くのを手伝ってくれ」
俺はそう言い、エルフィーとウア達に、半分に折ったトウモロコシに枝を刺してどんどん渡していった。
トウモロコシは、全員に用意するには数が足りないので、結局は半分にして焼くことにしたのだ。
一応、皆も昼食は各自で用意はして来ているし、近くの森にも食い物は多いし問題は無いのだが、ちょっぴり申し訳ない気持ちに俺はなっていた。
何か簡単な、お菓子的な食べ物を作れないかとも考えていたのだが、此処には調理器具なんて物は無い。
食材は豊富にあるのに、それを生かす為の物が足りなすぎるんだよなぁ……
うーん……サトウモロコシから搾り取った汁を煮詰めてキャラメルみたいな……もしくは、それを芋などに絡めて大学芋みたいに……無理だな。
フライパンや鍋はもちろんのこと、時間も無い。
何か、もっと単純で大量に作れる物はないものか……
そんな事を考えながら半分にしたトウモロコシを串に刺していると、俺の直ぐ近くの焚火で火の番をしながらトウモロコシを焼いているエルフィーが、額に浮いている汗を手でぬぐう姿が目に入った。
結構、暑そうにしている。……これは采配を誤ったな?
汗などかかない俺があっちをやった方が良かったかもしれん。
交代ついでに、彼女や同じく火の番をしている者達に水でも差し入れしようと考え、昨日サーリから貰ったコップを取出し、俺はそれに魔法で水を注いだ。
だが、その時、何か物足りない気がした。
世界樹の周辺は一年中、春か秋といった気温を保っているが、真昼時の一番暖かい時間帯に火の番をしているのだ。
焼いているトウモロコシを焦がすわけにもいかず、焚火から離れられない皆は、目の前の炎が発する熱を間近でその身に受け、身体は汗をかくほどに否応なく火照っている……
その者達に差し出す飲み物として、この常温のただの水では
まさしく、生ぬるいッ!
そこで俺は、コップに注いだ水へ、世界樹の葉とサトウモロコシの茎の搾り汁を適度に入れてから、初挑戦となる魔法を試す事にした――
「エルフィー。少し私が代わろう。
これを飲んで休憩していなさい」
そう言い、俺は彼女へとコップを差し出す。
「え……? はい、ありがとうございます主様」
と、言い、エルフィーが両手でコップを持った瞬間
「冷たっ!」
と、俺の期待していた反応を彼女はしてくれた。
俺が渡したのは「氷」を入れてキンキンに冷やした、即席のジュースである。
「これは……氷……ですか?
凄く冷たくて……びっくりしました」
と、エルフィーは驚いた後に呆けた表情になり、コップの中を覗き込んでそう感想を述べた。
やはり、彼女は氷の事を知っていたか。
だが、知っている事と実際に体験する事とは別なので、少しは新鮮な感覚を味わえたであろう。
エルフィーが可愛らしくクピクピ飲むのを見届け、味などの感想も聞くと「とても美味しいです」との答えも貰えたので、俺は他のトウモロコシを焼いている者達へも順に配って回った。
それを飲んだ者達の反応も概ね良好だったので、他の者達にも飲ませてみようと思ったのだが、コップの数が明らかに足りない。
なので、急遽エルフィーと数人のエルフ達にコップの作成を頼むことにした。
やがて周囲に焼きトウモロコシの良い匂いが漂い始め、その匂いに釣られる様に宝石採りに夢中になっていた者達も、川を上がり、徐々に群がってくる。
その者達から取って来てくれた宝石を数個ずつ受け取り、暖かい物を食べたい者へは焼きあがったトウモロコシや焼き栗を配り、逆に冷たい物が欲しい者へは冷たいジュースや冷やした果物を配った。
皆、昼食を食べながら採れた宝石を見せ合ったり、氷の新感覚に驚いていたりとワイワイとはしゃいでいる。
その皆の楽しそうな様子を見ながら、俺もキンキンに冷やしたジュースを飲みつつ一息ついてると
「主様。その氷なのですが、あれも作れるのでは――」
と、隣に居たエルフィーが面白そうな事を提案してきたので、世界樹の方へと帰ってから試しに作ってみる事にしたのだった。
帰りは朝の教訓を活かし、日が暮れる3時間ほど前には皆を集めて、森を行き来する為の注意点を簡単に説明して、早めに帰る事にした。
おかげで、混乱やトラブルも少なく世界樹の所まで帰る事が出来たので、さっそくエルフィーの発案した夕食のデザートの作成に取り掛かる。
ちょっとした氷柱を作り、それをレイディアとバハディアに爪を使って削ってもらい「かき氷」を作ったのだ。
俺は葉っぱの器に盛ったかき氷に、サトウモロコシの茎の搾り汁と果物の果汁を掛けてさっそく試食してみた。
すると、記憶の中のかき氷と比べると甘さは少し薄いが、それでも、とても懐かしい感覚が思い起こされた。
さっそく、皆にも配り食べてもらうと、氷を食べるという新食感からか、大いに喜んでいた。
まぁ、大量に食べたせいで頭がキーンとなりもがき苦しんで居る者や、体が冷えてしまい焚火で温めねばならない者達も出たが……
焼きトウモロコシやかき氷、冷やしたジュース、どれも現代の物とは見た目も味も違うが、どこか夏祭りの様な雰囲気が今日は感じられた。
俺としても色々と忙しい一日ではあったが、大量の魔石も手に入ったし、満足のいく一日だった
……かな?




