第8話 真相は未だ遠く
「この身体が……機械の身体……」
提示された真実に、息を呑む。
思わず片手を持ち上げてまじまじと眺めるが、そこに機械らしい痕跡は一切見られない。
姿形こそかつての俺とは似ても似つかないが、生白く華奢な手は、どこからどう見ても人間の少女のそれだった。
「……思っていたよりは、冷静に受け止めていらっしゃるのですね。てっきり、もう少し取り乱されると思ったのですが」
「いや、驚いてはいますよ。ただ、思い返せば何となく察しはつけられたなと思って」
そう、これまでの出来事やマザーの話を総括すれば、何となくだが察しはついたのだ。
最たる事例としては、かの異形の化け物に襲われた時だろう。
あの時俺は、この華奢な姿からは想像もつかないような怪力で、一時とはいえ化け物を退けた。
しでかした時は不思議で仕方なかったが、「この身体が機械だから」という真実を知った今は、あの現象もすとんと腑に落ちたように感じるのだ。
それに、スイの正体に関する話の流れの中で、俺自身もまた「常人ならざる存在」であることは匂わされていた。
そこから聞かされた〈鎧装機兵〉の存在を加味すれば、自身の正体に関する候補はある程度絞り込むことができたのだ。
……という旨をマザーへ語り聞かせると、マザーはその顔に感心したような表情を浮かべる。
「なるほど。チヒロさんは、洞察力に長けていらっしゃるようですね」
「そんな、大したことじゃ。……でも、さっきの口ぶりからするに、『俺がこんな身体になった理由』は、さすがのマザーもご存知ないってことでいいんですよね」
「そうなります。なにせ、あなたに関する事柄はどれも初めての事例ばかり。『遠い過去の記憶を持つ人間』というのも『人間だった者が機兵のような身体を持っている』というのも、加えるなら『もともと男性だった者が女性に変わっている』などというのも、これまでで一度たりとも聞いたことがありません。こればかりは、追加の調査を行わなければ何とも言えませんね」
やはり、マザーにも俺がこうなった原因はわからないらしい。
当然といえば当然だろう。なにしろ俺は、コロニーの人間やここで生まれた鎧装機兵とは違い、未知の方法で生まれた存在なのだ。何かしら手がかりの糸口だけでも……と思ってはいたが、さすがに望みは薄かったらしい。
「元の身体に戻すとかは、できませんか? 最悪、男の身体なら何でも――」
「いえ、それは難しいと思われます。部品の増設や小規模な改修、欠損パーツの修復ならともかく、中身をそのままに全身を丸ごと別の形に再形成するとなると、技術的に不可能、あるいは非常に困難な面がいくつもありますので……申し訳ありません」
一抹の望みをかけて聞いてみるが、最後の望みはきっぱりと断ち切られる。
鎧装機兵なんて技術があるならあるいは、と思ったのだが、現実はそううまく行かないようだ。
「……私がこういうのもおかしいかも知れませんが、気を落とさないでください。幸いと言うべきか、このコロニーに保管されているアーカイブの中には、『男性が女性に変わってしまう事例』を描いた絵物語なども数点存在します。それらから何かしらの情報が得られるかどうか、この後試してみるつもりです」
「いや、それたぶん役に立たないと思……いえ、何でもないです」
すみません、たぶんそれ十中八九架空の作品です。
最大限好意的に見るなら、これからの過ごし方の参考にはなるかも知れないが……解決の糸口としては期待しないほうがいいだろう。
「ともあれ、あなたの正体に関しては、今後も継続的に調査を行わせていただきます。時間はかかるかも知れませんが、些細な情報であったとしても、必ずあなたにお教えすると確約しましょう」
「お願いします。こんなになった理由がわからないままじゃ、死ぬに死ねませんからね」
冗談混じりに笑って見せると、ずっと神妙な面持ちだったマザーも、立体映像にクスリと笑みを浮かべてくれた。
「……さて、この辺りが私からお伝えできる情報の全てと言えるでしょう。他にも知りたいことがありましたら、私の持つ知識の範疇でお答えしますが、いかがいたしますか?」
マザーの問いかけに、首を横に振る。
「いえ、充分です。今の段階で知りたかったことはおおむね知れました。わざわざ時間を割いてくれて、ありがとうございます」
「例には及びません。欲する者へ知識を授けるのもまた、管理者たる私の役目ですから。……では、今後の流れに関して軽く確認してから、今日のところは終わりにしましょうか。続きはまた明日、あなたの心を休ませてからにしましょう」
それからは、確認事項に関する話し合いに終始した。
こちらの合意を確認したマザーは、タブレット端末を手渡し、必要な書類へのサインを促してくる。
自分の知る時代から遠く離れた未来でも、こういうところは変わらないらしい。そんな奇妙な感慨と共にサインを終わらせると、この場はお開きとなった。
*
「ふぅ」
マザーとの会談を終えた俺は、案内された部屋のベッドへ腰を下ろし、詰めていた息を吐き出す。
もっとも、今使っている部屋は客室ではない。このコロニーに住む人々が利用するために作られた「医療棟の病室」が、俺に与えられた借宿だった。
マザー曰く、このコロニーには俺のような「外からの来訪者」の存在を想定した設備は作られていないようで、来客を迎える部屋もなければ、外部の人間を宿泊させる施設もない。なので、暫定措置として病室を間借りする形で借宿とさせてもらっているのだ。
「いろいろあったけど……とりあえず、ここに住ませてはくれるみたいで助かった、かな」
ベッドのふちに腰掛けた状態からごろりと寝転がり、俺は先ほどの会談で話し合った「これからのこと」を確認し直す。
まず、俺の身柄に関しては、一時的にマザーが直轄で預かることになるそうだ。
今後の流れでは一般市民の元へ移る可能性もあるが、何しろ事情が事情だ。戸籍の付与などについては、当分先の話になると思ったほうが良いらしい。
また、俺自身の扱いに関しては、コロニー内の標準市民という形で組み込まれ、他の標準市民と同等の権限が与えられるという。
コロニー内の人々は大まかに「標準市民」と「特務市民」の二階級に分けられている。その名の通り前者は一般人、後者はマザーの補佐や技術開発などの要職に就く人間というふうに区分されており、俺は一般市民としてこのコロニーに住むことになるのだ。
そして、少し期間を空けた後には、俺に適した職を見つけるため、数日ほど各所で適職検査を行う予定となっている。
これに関してはマザーからの提言ではなく、俺から提案したことだ。「働かざる者食うべからず」というように、なにもかもタダで享受させてもらうのはさすがに気が引けたのである。
とはいえ、外様の人間を急に組み込むとなると、必然的に調整が必要な場面も多くなる。なので、もろもろの予定が決まるまではゆっくりと心を休めていてほしいと言われ、その場は終了となったのだ。
「あとは、他の人たちが受け入れてくれるかどうかだけど……」
一通りの確認事項を振り返り終えた俺の口から、今後へのちょっとした懸念が漏れる。
元いた世界では社会人として働く身だったが、その時のあれこれがこの時代でも通用するとは限らない。
それに、気を抜くと忘れそうになるが、側から見た今の俺は「いかにも非力そうな年若い少女」そのもの。多少なりともマザーの口添えは得られるかもしれないが、それでもなお舐めてかかられるなんてことも、決して無いとは言い切れないのだ。
「ま、そこはなるようにしかならないか」
寝転んだまま肩をすくめ、気持ちを切り替える。
今ここで頭をひねっても、答えなんて出てこない。どう転ぶかは、実際に顔を突き合わせてからだ。
――なんてことを考えていた、その矢先。
不意に飛び込んできた控えめなノックの音が、間借りした病室の中で反響した。




