第6話 マザー
輸送機を降りた俺は、スイの先導で〈コロニー〉へ通じるゲートを潜った。
隔壁扉が閉まると、圧縮された空気の抜けていく音と共に、光の筋が全身を猛スピードで駆け抜けていく。
何をしているのかとスイに聞いてみれば、どうやらこれは「汚染物質をコロニーの中に持ち込まないために、特殊なレーザーで全身を洗浄している」のだそうだ。
数分ほど洗浄された後、改めて開かれたコロニーへの通路を進んでいく。
まばらに配された電灯だけが光源となる薄暗い通路を歩いていると、ちょうど十字に別れたところで別の人物と遭遇することになった。
――いや、それを「人物」というかどうかは、おそらく人によって判断が分かれるだろう。
なにせそこに立っていたのは、女性――をかたどった、半透明の立体映像だ。ときおり走るノイズでブレが生じるその姿は、明らかに人ではないことを物語っていた。
《ようこそ、チヒロさん。スイから報告は受けていますよ。よくぞこのコロニーへ来てくださいました》
驚きもつかの間、立体映像から声が発される。
しっとりと落ち着いた、いかにも大人の女性然とした声。そして、先の言動から察するに――
「あなたが、〈マザー〉?」
《ご明察です。正式名称を『統括管理AI〈ゼムリア〉』。このコロニー、およびそこに住まう人々の管理と保全を主として建造された人工知能です。みなからは、恐れ多くも〈マザー〉の名を頂戴しています》
ゼムリア、そしてマザーを名乗った立体映像の女性が、折目正しく一礼する。
つられてこちらも会釈を返すと、マザーは作り物と思えないような優しげな笑みを返してくれた。
《スイ。長期の単独任務と合わせて、ここまでご苦労様でした。彼女のことは私が引き継ぎますので、別命あるまでは待機をお願いします》
「はーい。じゃあチヒロちゃん、ここでいったんお別れだね」
「ああ。本当に、色々とありがとな」
数刻前、初めて出会った時と変わらない調子で、スイは「気にしないでー」と笑う。
直後、その表情が少し心配げなものに変わったかと思うと、スイの手がそっと俺の手に添えられた。
「その……おせっかいかもしれないけど、気を強く持ってね。たぶん、チヒロちゃんにとってはいろんなことが凄い衝撃だと思うから」
どうやら、これからの俺に降りかかる出来事を察して、身を案じてくれていたらしい。
「気立てが良い」という表現は、ひょっとしてこの娘のためにあるのではなかろうか。そんな益体もないことを思いながら、俺は添えられた手を優しく握り返した。
「ありがとな。……でも、大丈夫。あの廃都市や化け物を見て、スイと出会った時に、ある程度は覚悟したつもりだ。どんな現実だって受け止めてやるさ」
「うん、その意気だよ。頑張ってね、チヒロちゃん」
そう激励の言葉をかけてくれると、スイは同じように握り返してくれた手を離して、今度こそ別れ道の向こうへ歩いていく。
もう一度振り返ったスイは、少し張り上げた声で「またねー!」という言葉を残して去っていった。
「……本当に、あの子に助けられていろいろと助かりました」
《スイがあなたの助けになったのなら、なによりです。……さて、こんなところで立ち話というのもなんです。場所を変えましょうか》
そう言ったマザーは、立体映像ながらしっかりと歩く所作を伴って、俺を先導し始めた。
*
マザーの後ろに続いて通路を歩くこと数分。
いくつめかの岐路を曲がった時、ふいに開けた視界の先には、予想とは違う光景があった。
先ほどまで歩いてきた通路は、整然としつつもどこか薄暗く、生活感のようなものはほとんど感じられなかった。
対して、目の前に現れた新たな道は、頭上に空を戴いた屋外通路だ。
さらに、周囲を見渡してみれば、山積みされたコンテナやかすかな足跡など、先ほどまでの通路よりも雑然とした印象が目立つ。先ほどまでの通路とは打って変わって、ここには確かな人の存在を感じ取ることができた。
《ここから先は一般区画で、ここより前が軍用区画、のようなものです。本来なら人の往来もあるのですが、今は人払いをしてありますので、気にせず通ってください》
「あぁ、だから人の跡があるのに誰もいないんですね」
《そうですね。おそらく問題ないとは思いますが、万一ということもありますので。……さ、こちらです》
再び先導されるままに歩くと、そう時間を要せず目的地に到着する。
《ここは、私とこのコロニーの住人が面と向かい合い、日常的な交流や提案聴取、あるいはメンタルケアの場とするための『交信室』のひとつです。私への用件がありましたら、ここやほかの交信室で私と話せることを覚えておいてください》
説明するマザーに促されるまま、少し大きな観音開きの扉を潜ると、そこにあったのは広々とした空間。
並べられた長椅子の配置や室内の構造はまるで教会の聖堂のようだったが、本来祭壇があるべき場所には、一脚の椅子だけが配されている。
そしてその椅子の上には、眠るようにうなだれながら腰掛けている、一人の女性の姿。その姿は、ここまで俺を先導していたマザーのそれと瓜二つだ。
なんてことを思っていると、数歩歩み出たマザーの立体映像が、ふっと掻き消える。
直後、それに対応するように椅子に座った女性が顔を上げ、こちらへ向けて微笑みかけてきた。
「……もしかして、マザーなんですか?」
「はい、その通りです。この身体は、コロニー内の住民と円滑なコミュニケーションを取るために製造したもの。いわば、私専用の操り人形といったところでしょうか」
問いかければ、女性――ことマザーはそう説明してくれる。
先ほどまでの立体映像の容姿が反映されているのか、はたまたその逆なのかはわからないが、その立ち振る舞いや顔立ちは、確かにマザーのそれだった。
「さて……まずはひとつ謝罪いたします。事後報告になりますが、あなたの身の上に関しては、スイに話して頂いたものを通信で聴かせていただきました。盗聴のような形をとったこと、申し訳ありません」
再び立体映像を動かして、マザーは折目正しくこちらへ頭を下げてくる。
「あぁ、いえ、そんなのは別に。隠したい話でもないし、むしろ同じ話をする手間が省けたって考えればありがたいくらいです」
「そう思っていただけたなら、こちらとしても幸いです。――その上で、あなたが抱えているいくつかの疑問に対しては、私が知り得る限りの情報を、できる限り正確にお答えさせて頂くことを確約いたします」
なるほど、その申し出はとてもありがたい。
外の世界があんなありさまになっている今、どんな内容であっても情報を得られる機会は貴重だ。後学のためにも、拾える情報は徹底的に拾うのがベターな選択だろう。
いくつか気になる情報はあるが、その中でもマザーが一番正確に把握できているであろう事柄といえば――
「じゃあ、聞かせてください。――この世界は、本当に地球なんですか? どうして、この世界はこんなありさまになってるんですか?」
真っ直ぐに疑問をぶつけると、マザーは立体映像越しに言葉を続ける。
「そうですね。何を話すにせよ、まずはそこを伝えるべきでした。……長くなるのでかいつまみながらになりますが、よろしいですか?」
構わない、と首肯を返すと、マザーは数泊の間を置いてから、《では》と再び口を開いた。
「――端的に申し上げるなら、この世界は、あなたが知るであろう地球そのもの。その『未来の姿』で、間違いありません」
そんな語り始めと共に、衝撃的な歴史の授業が幕を開けた。




