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イ国の魔女  作者: ネコおす
第三部 ハ国編
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ハ国の地



「なんですか、今日は朝から浮かない表情をしていますね。」


「え?あ、いえちょっと考え事をしていて。すみません。」


翌朝、私たちは国境を越えハ国の関に向かっていた。ハ国の先導と合流する地点から外交は始まってるということもあり、今日は商会の車ではなく、ウィリュイさんと同じ車だ。


今からハ国に入るというのに私の頭の中はまだ昨日のことに意識がいっている。



………


「でも、まだルウェリン様が継ぐとは限らないですし予想の範疇でしょう?」


「まだこの事に気が付いている者は少ない。しかしいずれ時間の問題であろう。私が君を見定めていたのは君自身が正しい選択をできる者かどうか自分の目耳で確認したかったからだ。まぁ今は無用であったとも思っているが。」


「無用ですか?」


「私は民の場を知るユーコンが適任だと思う。しかし箱入りのニメレン様であっても君が傍に居ればそう誤ることもあるまいと今は思う。どちらとなっても変わりはないなら私の杞憂だった。」


「いえ、それだと私がどちらかに嫁ぐことが決定しているようでは?」


「今更これだけの事を成して大衆となれるとでもお思いか?他国へなぞ、周りが許さない。現に既に囲われているであろう。」


騎士団の庇護から商会主、軍部に関わり、今では偽りとはいえ妃候補…確かに私は常に囲われてる。今回だって私への護衛は無くとも騎士や兵の配置は私に考慮したものだ。


「今後君を利用したい者や疎む者も出てくるだろう。これも年寄りの要らぬ忠告として許せ。」


「あの…どちらも選ばないという選択はないでしょうか?」


「ふむ、初代王の伝承で最も民に人気のある者は誰か知っておるか?」


初代王の伝承…ロ国に伝わるお話だっけ。私が魔女なんて呼ばれるのもインジギルカ王がその話になぞらえたのが発端だ。


「それは主役の初代王でしょう。」


「いいや違う、魔女だ。」


「へ?」


「初代王も彼女が命を賭して力を振るわねば王となることがなかった。小さいながらも特別な力、より大衆に近い存在、それが民に慕われる理由だろう。」


あれ、侮蔑や卑下する言葉じゃないってのは知ってたけれどそんな人物になぞらえられてたの?思いのほかインジギルカ王って私の事認めてくれていたんだと今になって知った。


………


結局その後も、のらりくらりとミーバンガム氏から明確な回答は得られなかった。彼がどういった意図で初代王の伝承を持ち出したのかわからない。でもなんだか私にとって不本意な結果となるぞと言われているような気はする。


そもそもまだルウェリン様がアグニン様を継ぐとは決まってない。そのアグニン様だって未だ健在なのだ。今気にしたところで無意味…なのだけれど流石の私でもあんな話を聞かされて気にしないって方が無理だ。


「考え事も自由ですがもう関所が見えてきましたよ。貴方は外交役なのですから切り替えて頂かないと困ります。」


「はい、わかりました…シルダリアさんハ国の特徴ってわかりますか?」


「ええ、私の知る範囲でしたら。」


シルダリアさんは王族側仕えにして軍部長官の愛妻だ。下手な騎士兵たちよりも他国の情勢について詳しい。


「ハクツイスラ国は、建国から約20年とイ国に次いで新しい国です。それ以前までは幾つもの小国が連なる地域で頻繁に戦が起こっていましたが現在の君主シュレフ=ジャグアールにより統治されました。熱帯気候で北は山岳森林により建材等に恵まれ、南は海に面した随一の海洋国です。ボ国と国境を面しているため度々、競合いが発生していますがこれを全て退けています。騎士はいませんが、公役は全て戦士であり、民も成人していれば皆兵という軍構成となっています。」


突然尋ねてもスラスラと情報が出てくるあたりは流石だ。


イ国の共和制化を除けば最も新しく誕生した国、当時ボ国の侵攻に困窮していた西方諸国を中央に位置していたハクツイスラが支援、船を用いて敵兵を退けたという話は有名だ。(とヴォルガ様に習った。)徴兵と国民皆兵制というのも既存の情報。事前にヴォルガ様やドニエプルさんから得ていた情報とも変わりはなかった。


「シルダリアさんはハ国を訪問したことがあるのですか?」


「はい。数度使節団や交流の場に側仕えとして従事したことがあります。」


「他に私が知っておいた方が良い事柄はありますか?」


「そうですね、ハ国の国土はロ国と同じ程度ですが西東に広がっており全域で暖かい…というよりも暑いです。」


確かに今の時点でも少し汗ばむ程度には暖かい。ロ国もそうだったけれどもたった数百キロ程度でこうも温度差があるのを不思議に感じるのはあちらの世界を知っている私だけだ。でもこれはドニエプルさんにも事前に忠告を受けていたから薄手の服装は用意してある。


「あとは国柄ですが…」


「あ、民や王も活発で大らかで付き合い易い人柄だと聞いています。カサイも奔放なところがありましたけれどその通りでしたし、お付きの人達も良識な方たちでしたね。」


カサイのお付きの人たちで記憶にあるのはタカツマさんとモガミさんだっけ…モガミさんはちょっとおっかない感じだったけれどカサイに危害を加えないって解っていれば大丈夫な人だ。


「そういえばナイル様はカサイ様と縁があるのでしたね。」


「カサイが使節団として城都を訪問した時からですね。今も文のやり取りは続いていますよ。」


あれ以来、この数年で何度も友人として文字での交流は続いているし、染色反物に関しては常連となってくれている。合わせてハ国からの需要も伸びたし、商いとしてもあの縁はホシノ商会としても良いものだった。ただロ国との戦以降は、情勢を心配する文に戦後に一度返しただけでそれからカサイからは送られてきていない。


車が止まる。既に先頭は関に入ったところだろう。開いている幌窓から外の様子を窺うと関所というよりも小さな砦に近い印象だ。こんな山岳地帯にこれだけ立派なものを設けられるというのも周囲に建材となる木々が豊富ということだろう。



ん?…なんだろう。少し先頭の方が騒がしい。


「では、既にご存じだとは思いますがハ国の民は一言で言い表すなら…」


シルダリアさんの言葉を尻目に先頭に目を凝らすとイ国の兵とハ国の兵が入り混じった群集が出来ており、お祭りかのように騒いでいる。先頭の隊にはヘルィが就いているはずだ。


「とても好戦的な人々です。」


……好戦的?


窓からでは先の様子が見えない。何か問題でも起こったのだろうか。シルダリアさんの話も気になるけれど現状の方が優先だ。


「少し様子を見てきますね。さほど距離もありませんし。」


「ナイル様!?」

「ナイルさん!?」


ウィリュイさんとシルダリアさんの呼びかけには応えず、私は戸を開けて踏み台を待たずに飛び降りる。ここからでは何が起こっているか見えない。隊列の先頭へと向かって歩く。


慌ててシルダリアさんも着いて来こようとしてくれるけれど、そこはやはり良家の柄、引手が踏み台を用意するまで待っているようだ。私は先が気になりそのまま足を進める。



「何やってんだ!もっと踏み込めぇ!」

「ヘルィ様、さっさとしめてやりましょう!」

「はぁー速ぇわ、やっぱ騎士ってのはすげぇんだな。」

「んな、モガミ様ほどじゃねぇだろ。それに技は組頭の方が鋭い。いけるいける!」


人込みで群集の中は見えないけれど、剣戟音が聞こえてくる。えっ、どういう状況!?


襲撃とか戦闘とかそういう雰囲気じゃないことはわかる。皆「いけー!」やら「やれー!」だの、まるで試合観戦でもしているかのような状況だ。


皆、中心が意識が向いているようで後ろにいる私には気が付いていない。背丈の低い私には音と足元の隙間から微かに見える影から状況を把握しようとしていると、ふと隣に人が立つ気配がした。


「みんな血気盛んですね。」


「盛んっていうか、なんでこんなことになってるの?」


「ふふ、みんな貴方たちが来るのを待ちに待っていましたからね。喧嘩はハ国の華ですから。」


「喧嘩ってこの人たちってハ国の先導隊の人達なんだよね?」


「ええ、大変だったんですよ。どこの隊が迎えに行くかで数十人が喧嘩となりました。」


いやいや…もはやどこからツッコんでいいのかわからないけれども、シルダリアさんが言わんとしたことは理解できた。


「ロ国やイ国の文化だと決闘みたいなものです。ただハ国だと交流文化の一つ、挨拶みたいなものなのです。」


「えぇ…それ真剣でやっちゃうの?危ないなぁ。」


呆れ気味な声で私は答えると、笑って返された。柔らかでそれでいて品の良い仕草が彼女の育ちの良さを表している。


「それでタマツキさんもモガミさんも居ないみたいだけれど、まさか…」


「はい。抜け出して来ちゃいました。仕方がないじゃないですか、早くナイルに会いたかったのですよ。」


長身で黒く艶やかな長い髪、そこに黄金色に黒ぶち模様の毛並みの耳と尻尾が映える。

いつの間にか横に並んで話しかけるその人物に私は顔を向けた。


「久しぶりだね、カサイ。」


「お久しぶりです、ナイル。」


やっとハ国に入りました。ちなみにナイルが車内から飛び降りていますが、背丈が低すぎるので逆に登ることは踏み台がないとできません。


次話は国境から城都までの旅路です。

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