第13話 可愛い後輩のため
第4Q、宝星からのオフェンス。
武人が、英和を簡単にドリブルで抜いていき、譲がヘルプにやってくる。
そのタイミングで、フリーになった亮がダイブしてきて、武人も亮に合わせのパス
を出し、亮が強烈なワンハンドダンクを決める。
「よし! いいぞ!」
ベンチで奏が歓声を上げる。
今度は、譲がポストアップから亮との1対1を展開する。
フィジカルで押し込んでくる譲に、亮も耐えるが、ターンアラウンドからのフェ
イダウェイシュートで、亮を避けながら譲がシュートを決める。
「俺は止められねぇぜ!」
「んーーーー」
ショートを決めて自分の力を誇示してくる譲に、悔しそうに拳を握る亮。
だが、簡単にやられまいと、すぐに亮はフックシュートでお返しをして得点を決
める。
「お返しー!」
「イラつかせやがる!」
平然と返してきた亮に、「イラつく」と言った譲だが、笑みがこぼれどこか楽し
そうでもある。
必死に譲に対抗していく亮だが、その後は譲の実力に押される一方で、第4Qが
3分ほど経過したところで交代となる。
OUT 宮部亮
IN 大川泰山
「泰山先輩、頑張ってくださいよー」
「おう、任せろ!」
交代する前に言葉を交わしながらハイタッチをする。
「成瀬相手によくやった!」
「よくやったデス!」
「どうもー」
ベンチに戻ってきた亮に、猪本監督とジェニファーが称賛の声を掛ける。
コートに戻ってきた泰山に、譲が再びトラッシュトークを仕掛けてくる
「また戻ってきたのかよ。後輩君のほうが使えるんじゃねーのか?」
「もう、貴様のトラッシュトークには乗らん!」
先ほどまでの泰山とは違い、譲の挑発には乗らない。
気合の入った泰山は、譲にシュートを簡単に打たせないよう、プレッシャーをか
けてディフェンスに集中する。
泰山のおかげで白鳥のオフェンス力が弱まり、5分8秒、81-78で宝星がリ
ードをしている所で、白鳥がタイムアウトを取る。
「あのダンクバカ、鬱陶しいぜ!」
「落ち着いてください、大川君のディフェンスが良くなったのもありますが、上手
くダブルチームで守ってきているだけで、1対1では完全に負けてはいません」
「たりめぇだろ、俺が止められるか!」
なだめる元矢に強気に譲が返す。
「とにかく、なんとか僅差ですが、ここから山崎さんが戻ってくる時間帯なので、
そこを気を付けないといけないですね。それと、笠原さんがこのまま出てくるので
あれば、宗介君、頼みましたよ」
「はい! 例のディフェンスですね!」
元矢の指示に元気よく返事をする宗介。
勇士に対して何か作戦があるようだ。
一方、宝星ベンチ。
「篠山、よく頑張ってくれた、ここから山崎を出すぞ」
「ありがとうございます!」
「よっしゃー! 残り5分、暴れるぜ!」
「4つファウルしてるのを忘れんなよ」
「わかってら!」
元矢の読み通り、コートに戻ってくる攻に釘を刺す武人。
「ディフェンスは、このままタイミング良く成瀬にダブルチームで抑えて、点差を
広げていけ!」
「はい!」
猪本監督の激励に大きな声で返事をする宝星メンバー。
「勇士も頑張ってね!」
「あぁ……」
第4Q、空気だった勇士に葵が励ましの言葉をかけるが、勇士の目はどこか虚ろ
だ。
タイムアウトが終了し、ここからクラッチタイムに入っていく。
宝星ボールからゲームが再開される。
「なっ!?」
「マジかよ!?」
ボールを保持する弓弦とベンチの武人が、コートを見て驚きの声を上げ、他の宝
星メンバーも驚きの表情を浮かべる。
勇士のマークにつくはずの宗介が、勇士から2メートル以上は離れている位置で
ディフェンスをしていて、勇士が完全にフリーの状態だ。
(完全に穴だと思われてる……)
自分の弱点を突いてくる白鳥に、屈辱を受ける勇士。
ボールを持つ弓弦に、激しくディフェンスをする元矢に弓弦はやむを得ず、勇士
にパスを出す。
勇士にボールが渡っても、宗介はその場からピクリとも動かない。
完全フリーの状態で、ゆっくりと確実に3ポイントシュートを打つ勇士だが、放
たれたボールはリング手前で弾かれて外れる。
「くっ……」
いつもなら決めれるシュートを外した勇士の表情が歪む。
白鳥のオフェンスになり、元矢と譲のピック&ロールから、譲のダンクシュート
で白鳥が点差を縮める。
先ほどと同じで完全フリーな勇士に、もう一度弓弦がボールを託す。
だが、次の勇士のシュートは、エアボールとなり入る気配がない。
「勇士……」
ベンチで見守る葵が苦悶の表情を浮かべる。
宗介が勇士に1対1を仕掛ける。
ディフェンスも上手い勇士だが、簡単に宗介にドライブで抜かれ、得点を決めら
れ、白鳥が逆転をする。
白鳥が得点を決めたタイミングで、宝星はメンバーチェンジを行う。
OUT 笠原勇士
IN 篠山武人
練習試合などでは、クラッチタイムで勇士を使っていた猪本監督だが、公式戦で
はさすがに勝ちに行ける手段を選んだ。
「お疲れ、勇士……」
「あとは武人先輩に任せよう」
「あぁ……」
勇士を心配して話しかけてきた葵と奏に、勇士は物憂げな表情で返事をする。
勇士が交代してから、宝星と白鳥の激しい攻防が繰り広げられていく。
ダブルチームをされながらも得点を決める譲と、シューターの勇士の代わりに3
ポイントを決める攻。
残り56秒、89-88、宝星リードが1点リードしている。
攻が左ウィングでボールを持ち、英和と対面する。
攻がジャブステップで揺さぶってから、左へドリブルを一つ突く。
英和が左へ動いた瞬間、レッグスルーで右ドリブルに切り替える。
英和は置き去りにされ、抜ききったかに思えたが、ドリブルでゴールに突っ込ん
で行った攻の前に突然、元矢が現れた。
いきなりのことで、そのまま攻が元矢に突っ込んで行き、正面から元矢に衝突す
る。
笛が吹かれ、攻が※チャージングを取られて、5つ目のファウルを犯す。
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チャージング……相手に体当たりのようにぶつかっていくファウル。
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「やっちまったぁぁぁぁぁぁああ!!」
「上手くいきましたねぇ……」
大声を上げて頭を抱える攻とは対照的に、ニヤリと笑みを浮かべる元矢。
退場する攻に、やむを得ず猪本監督が交代を告げる
OUT 山崎攻
IN 青木正敏
「すまねぇ、みんなー……」
「ま、まだ負けたわけじゃないデス!」
「そ、そうですよ、ここからですよ!」
泣き崩れる攻に、なんとかフォローしようとする葵とジェニファー。
「そうだぞ、最後までしっかり見届けろ」
「はい……」
猪本監督の言葉に顔を上げる攻。
試合は白鳥ボールで再開される。
譲がハイポストに上がってきてボールを貰う。
泰山と対面してから、大きく左へ一つドリブルを突いて、プルアップジャンパー
を放つ。
ブロックに飛んだ泰山の手は、ボールに触れることなくシュートはゴールリング
に吸い込まれていき、白鳥の1点リードに変わる。
「ぐっ……」
譲を止められなかった泰山は、悔しそうな表情を浮かべる。
「泰山、次、行くぞ!」
「おう!」
弓弦が泰山に声をかけてから宝星のオフェンスに入っていく。
宝星は得意の弓弦、泰山のピック&ロールを仕掛ける。
上手くピックに掛かり、ディフェンスがスイッチしてから、弓弦が泰山にパスを
渡す。
元矢がマークマンになった泰山は、元矢の上からダンクシュートをお見舞いしよ
うとしたが、譲が物凄いスピードで泰山の元まで走ってきて、譲のダンクをブロッ
クする。
「うがっ!!」
強烈なブロックをくらった泰山が、声を上げる。
英和がボールを拾い速攻を仕掛けるも、宝星も素早くディフェンスに戻り、残り
時間が36秒となる。
元矢がトップでボールコントロールしながら、ゆっくりと時間を使う。
弓弦も元矢にプレッシャーをかけ、ボールをスティールする機会を伺うが、元矢
もしっかりとボールを保持する。
残り時間22秒の場面で、ポストアップしている譲にボールが渡る。
譲がいつものように泰山を押し込んでいると、武人がダブルチームに行こうとす
る。
その瞬間、譲がターンアラウンドからフェイダウェイシュートを放つ。
しかし、そのシュートを読み切っていた泰山が、大きく前に飛んで、この試合初
めて譲をブロックをする。
「なっ!?」
「あぁぁぁぁぁぁぁああ!!!」
ブロックされたことに驚く譲に、泰山は大声を上げながらブロックする。
こぼれたボールを武人が拾い、素早く相手コートにドリブルで攻める。
フリースローライン付近まできたときに、武人の前に元矢が立ちふさがる。
「行かせません! ここは死んでも止めます!」
いつも冷静な元矢が、鬼気迫る表情で武人を止めようとする。
武人はスピードを落とし、右から左へクロスオーバーで元矢を抜こうとする。
元矢も武人の正面に入り、止めたかと思われたが、今度は左から右へのクロスオ
ーバーで切り替えし、元矢を抜き去る。
「なっ!?」
「可愛い後輩《勇士》をいじめた罰だ!」
元矢を抜き去った武人は、レイアップシュートを※ブザービーターで決めて、9
1-90で宝星高校の勝利。
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ブザービーター……Qの終了と、試合終了する時間ににシュートが入ること
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「やったぁぁぁぁぁぁぁぁあああ!!!」
ベンチで落ち込んでいた攻が、大声を上げ飛び跳ねて喜びを表現していて、周り
の部員たちも歓声を上げている。
コート上の宝星選手も武人の元に集まりハイタッチを交わす。
「よくやったぞ、武人!」
「お前のブロックもな!」
武人と泰山がお互いの最後のプレーを褒め合う。
その泰山の元に譲がゆっくりと歩いて来て口を開く。
「最後のブロックだけで、全体的に見れば今年も俺の圧勝だったよな!」
「ぐっ……」
勝ち誇った表情で譲が、痛いところを突いて泰山が少し、表情を歪める。
だが、すぐに譲が真剣な表情になって言葉を続ける。
「けど……次こそは俺たちが勝つ!」
「あぁ! 次も俺たちが勝つ!」
互いの健闘を称え合い譲が宝星の元から立ち去っていく。
一方で、ベンチで勝利を喜ぶ勇士も元に、元矢がやってくる。
「笠原さん、すいませんね、精神的に追い詰めるような作戦をしてしまって」
「い、いえ、弱点を突いてこられるはしょうがないですから……」
「本当にすいませんでした……ですが、あなたが覚醒しないとこの先の相手は厳し
いですよ」
「えっ!?」
元矢の助言にドキリとする勇士。
「まぁ、私たちからすれば覚醒してもらいたくはないのですけどね」
「……」
「では、私はこれで失礼します」
そう言って元矢は自分のチームの元へ戻って行った。
勇士も自分の弱点については当然、思うところはあるようだ。
「なに暗い顔してるのよ、宝星が勝ったのよ?」
「あぁ……」
暗い顔をする勇士を心配して葵が話しかけにきて、勇士は部員たちと勝利の喜び
を分かち合いにいく。
宝星バスケ部はしばらく、勝利の余韻に浸って会場をあとにする。
次の試合は白鳥学園高校と同じく、東京でも5本の指に入る強豪校、天来高校と
の試合が決定した。




