第5話 僕と叔母様
————翌朝、僕を起こしてくれたのはいつものメイドじゃなくて執事長だった。
「おはようございます。ベルディオ様」
「……あ、うん。おはよう、執事長……」
まだ完全に目覚めていない僕は眼をこすりながら挨拶を返した。
「でも、どうしたの? 執事長が起こしに来るなんて珍しいね」
「そのことですが、実は旦那様のお知り合いの方に不幸がありまして……」
「不幸?」
「はい。それで旦那様は奥様とご一緒に早朝に出立なされました」
「そうなんだ。お二人ともお葬式に行っちゃったんだね」
執事長の話を聞いて不謹慎だけど僕は少しホッとした。なぜなら今日も午後から母上のダンス特訓の予定だったけれど、正直まだ母上と正面から向き合って話をする気持ちが出来ていないんだ。
そんな僕に執事長は報告を続ける。
「旦那様と奥様は二日後には戻られる予定です。その間、お邸の差配を私が仰せつかりましたので申し訳ございませんが、ベルディオ様に剣をお教えすることが出来なくなりまして……」
「そんなこと気にしなくていいよ。その間はメイド長に勉強を見てもらうから」
「実は……メイド長も旦那様たちのお世話に伴われておりまして……」
「そっか……。それじゃあ父上たちが戻るまで一人で過ごすよ」
「申し訳ございません」
執事長は本当に申し訳なさそうに頭を下げて部屋を出て行った。
◇
————午前中、本を読んで過ごした僕は昼食を済まして午後からは何をしようかと考えていた。
そんな時、部屋にノックの音が響き渡った。
「はい、どうぞ」
「お邪魔するわよ」
軽やかな声と一緒に部屋に入って来たのは、まるで絹みたいな銀髪を綺麗に結い上げた美しい女性。僕はその顔に見覚えがあった。
「久しぶりね、ベル」
「叔母様!」
僕が笑顔で駆け寄ると、銀髪の貴婦人はたしなめるように指を振った。
「お・ね・え・様」
「は、はい。お久しぶりです。お、お姉様」
僕に『お姉様』と呼ばれた貴婦人は満足したように笑くぼを見せた。
この貴婦人は父上の歳の離れた妹で僕の叔母にあたる人だ。でも叔母様は『叔母』と呼ばれるのが好きじゃないみたい。
「お、お姉様。今日はどうなされたのですか?」
「……ええ。近くに来る用事があったから実家に寄っただけよ」
少し歯切れの悪い叔母様の言葉に僕はピンと来た。
「お姉様。もしかしてまた旦那さんとケンカされたのですか……?」
「そ、そんなことあるわけないでしょう! 何を言っているのかしら?」
当たりだ。僕に指摘された叔母様は分かりやすく顔を逸らした。
3年前に一回り年上の有力貴族の方に嫁いだ叔母様だけど、夫となった人とケンカするたびに実家であるこの邸に帰って来るんだ。
「————そんなことより、お兄様はいらっしゃらないようね?」
「はい。父上はお知り合いの方のお葬式に参列するため、母上とメイド長と一緒に朝早く出て行かれました」
「ふうん、お義姉様とメイド長も……」
叔母様は残念そうな表情を浮かべたけど、すぐに気を取り直したように僕に向き直った。
「まあ、いいわ。今回は可愛い甥とゆっくりと過ごすことにしましょう」
そう言って叔母様は僕の両方のほっぺたをムニっとつまんだ。
「ほ、ほへえ様……?」
「……お兄様の面影もあるけれど、どちらかと言えばお義姉様似かしらね。男の子は母親に似るとよく言うものね」
「…………」
僕が黙り込むと、叔母様は何かに気付いた様子で僕のほっぺたから手を離した。
「何か気に障ったかしら、ベル?」
「い、いえ……」
「嘘ね。何か言いたげなのが顔に書いているわ。正直におっしゃい」
口調は強めだけど、叔母様の表情からは真剣さが伝わってくる。僕は母上のことを相談してみることにした。
「……実は、母上のことなんですけど……」
「お義姉様の?」
叔母様に訊き返された僕はコクリとうなずいて続ける。
「はい。僕は母上に嫌われているのかも知れません」
「……どういうこと……⁉︎」
「……母上はあまりに僕に笑いかけてくれませんし、どこかよそよそしい感じもするんです。母上はきっと僕のウジウジした性格が嫌い————」
「————プッ」
その時、僕の話の途中で叔母様が顔を覆ってうつむいてしまった。
「……お、お姉様……?」
「————アハハハハッ!」
「ッ⁉︎」
突然高笑いを始めた叔母様にビックリして僕は言葉を失う。
叔母様はしばらく笑った後、目元の涙を拭いながら僕に向き直った。
「……はあーあ、可笑しい。こんなに笑ったのは久しぶりだわ……!」
「???」
何がそんなに可笑しかったのか僕にはさっぱり分からない。
呆気に取られている僕の背中に叔母様の腕が優しく回された。
「お姉様……?」
「……全く、この子ったら見当違いのことで悩んじゃって……!」
そう言って叔母様は僕を安心させるようにギュッと抱きしめてくれた。
「————ベル。本当にお義姉様があなたのことを嫌っているのか知りたいのなら、直接本人に訊いてみなさい」
「え、でも……」
「母子なのよ。何を遠慮することがあるの?」
叔母様のおっしゃることはもっともだ。少し怖い気もするけど僕はそうすることにした。
「……はい……!」
僕の返事を聞いた叔母様はニッコリと笑って僕の頭を撫でてくれた。
「……だけど、やっぱりお兄様の子ね」
「え?」
「お兄様もお若い頃はお母様との関係に悩んでいたのよ」
「お母様って……お祖母様のことですか?」
「そうよ。その辺りも機会があったらお兄様に訊いてみたらいいわ」
叔母様は僕の身体を放すと自分のお腹に手をやりながらつぶやく。
「————それにしても、やっぱり母親になるのって大変なのね……」
「…………?」
◇ ◇
————翌朝、叔母様の旦那さんが迎えに来られると、叔母様は一緒に嫁ぎ先のお邸へと帰って行かれた。
口では旦那さんに「迎えに来るのが遅い」とか文句を言っていたけど、どこか嬉しそうな表情で迎えの馬車に乗り込んだのが印象的だった。




