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対魔王人類同盟  作者: 茅ヶ崎栄太郎


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第6話 反撃

市街戦は二日目に入っていた。


通りのあちこちで火の手が上がり

崩れた建物の瓦礫が道を塞いでいる。

ついこないだまで朝市で賑わっていた広場は

今や本陣として兵士たちが慌ただしく行き交う場所になっていた。


私は詰所の裏手に設けられた救護所で

負傷した兵の手当てを手伝っていた。

包帯が足りない。水も薬も心もとない。

それでも運び込まれる兵は途切れることがなかった。


「西門方面、第三防衛線まで後退!

 敵騎兵の突入を阻止しきれません!」


「南通りの障壁が崩された!

 衛兵隊が応戦中!」


報告が飛び交うたびに胸が締め付けられる。

南通り。父さんが守っている場所だ。


「お嬢さん、水を……」


担架で運ばれてきた兵が

掠れた声で呟いた。

左腕が肘から先がなかった。

私は震える手で水筒を口元に運んだ。


「ありがとう……」


兵はそれだけ言って意識を失った。

止血帯を巻き直しながら

私は奥歯を噛みしめた。


同盟を結んだ筈の相手が攻め込んできて

私たちの街で人を殺しまわっている。

何が起こっているのか理解できなかった。


---


昼過ぎ、指揮官が広場の本陣に将校を集めた。

私は救護所の片隅から耳を澄ませていた。


「現在の戦況を報告せよ」


「西門から侵入した敵騎兵は

 路地戦に持ち込み撃退しました。

 ただし敵は数で押してきており

 防衛線の維持は限界に近づいています」


「敵の損害は」


「相当数を討ち取っていますが

 兵力差が大きすぎます。

 このままではジワジワとすり潰されます」


指揮官が地図を睨んでいた。

沈黙が重い。


将校たちが次の手を探ろうとしていたとき

場の隅に立っていた父さんが一歩前に出た。


将校たちの視線が集まる。

父さんは衛兵隊長だ。

正規軍の将校ではない。

ここに居るのも街の地理に詳しいからという理由で

末席に加えてもらっているに過ぎない。


「衛兵隊長殿、何か」


指揮官が促した。


「……差し出がましいのは承知しています」


父さんは一度言葉を区切り

それから腹を据えたように口を開いた。


「あの魔法部隊の砲撃は凄まじい威力です。

 今朝、西門の防衛で間近に見ました。

 あれを敵の本隊にまとめて叩きつけることは

 できないのでしょうか」


「まとめて、と言うが」


魔法部隊の指揮官が眉を上げた。


「敵の主力は散開して動いています。

 こちらが砲撃態勢に入れば

 すぐに隊形を変えてくる」


「であれば、集めればいい」


父さんの言葉に場がざわめいた。


「敵を一か所に引き寄せて

 そこに魔法を集中させるのです。

 この街の道は、私が一番よく知っています」


「……囮になると言うのか」


指揮官が目を細めた。


「大通りから路地へ引き込み

 中央広場の手前で合流させる。

 敵は狭い道を抜けた先に広場を見れば

 必ず隊形を密集させて突入してくる。

 そこを叩いていただきたい」


父さんは地図を指で辿った。

西門から南通り、裏路地を抜けて市場通りへ。

二十年この街で暮らしてきた男の手が

迷いなく道筋を描いていく。


「この街には袋小路が多い。

 知らなければ迷い込んで出られなくなる。

 だが知っていれば

 逆に敵を誘い込んで閉じ込めることもできる」


魔法部隊の指揮官が地図を覗き込んだ。

しばらく黙って父さんの示した経路を見つめていたが

やがて顔を上げた。


「……確かに、ここなら集中砲撃が効く。

 建物が遮蔽になるから

 砲撃班を三方に配置して同時に撃てば

 逃げ場のない殺傷域を作れる」


「だが囮部隊の退路は」


将校の一人が言った。


父さんは地図の一点を指した。


「この路地です。

 市場通りの裏手に抜ける細い道がある。

 地元の人間しか知らない道です。

 敵はまず気づかない」


指揮官は腕を組んで考え込んでいた。

やがて父さんを見据えた。


「衛兵隊長殿。

 囮というのは聞こえはいいが

 敵の主力を引きつけるということは

 失敗すれば部隊ごと潰されるということだ」


「承知しています」


「正規軍ではない衛兵隊にその任を負わせるのは——」


「だからこそ、です」


父さんは静かに遮った。


「正規軍の兵は前線で戦い続けてもらわねばなりません。

 衛兵隊はこの街を守るための部隊です。

 この街の道を使ってこの街を守る。

 それが私たちの仕事です」


誰も何も言えなかった。


指揮官はしばらく父さんの目を見つめた後

小さく頷いた。


「……分かった。作戦開始は明朝。

 魔法部隊は砲撃配置の準備にかかれ。

 衛兵隊長殿には囮部隊の指揮を任せる」


「はい」


父さんは短く答えて敬礼した。


---


その夜、父さんが詰所に戻ってきた。


散発的な小競り合いは続いていたが

大規模な攻勢は止んでいた。

敵もまた態勢を立て直しているのだろう。


「父さん」


「ああ」


鎧の上から分かるほど

あちこちに切り傷と打撲の跡がある。

それでも父さんは笑って見せた。


「聞いていたのか」


「……全部」


「盗み聞きは感心しないな」


「父さんが囮になるなんて」


声が震えた。

父さんは私の隣に腰を下ろした。


「心配するな。

 この街の道なら目を瞑っても歩ける。

 二十年前、お前の母さんを口説くために

 毎晩この街の路地という路地を歩き回ったからな」


「そういう話じゃない」


「そういう話だ」


父さんは静かに言った。


「道を知っている人間が行くのが一番確実で

 一番多くの命を救える。それだけだ」


私は何も言い返せなかった。


「夜が明けたら詰所から出るな。

 何があってもだ」


「……分かった」


父さんは頷いて立ち上がった。

衛兵隊の部下たちと作戦の打ち合わせがあるのだ。


その背中を見送りながら

無事を祈ることしかできなかった。


---


三日目の朝が来た。


空は曇天で日差しはなく

灰色の光が瓦礫の街を照らしていた。


号令が飛ぶ。


「全部隊、作戦配置につけ!」


兵たちが持ち場へ散っていく。

魔法部隊の三班がそれぞれの砲撃位置に移動していくのが

窓から見えた。


やがて西から地鳴りが聞こえてきた。

敵の全軍が動き出したのだ。


「来るぞ! 第一防衛線、接敵!」


轟音。金属のぶつかる音。

怒号が通りの向こうから響き渡る。


窓から身を乗り出して西を見た。

父さんの衛兵隊が西門の方角へ駆けていくのが見えた。


作戦通りなら

父さんは前線で敵の注意を引きつけ

退きながら敵主力を街の奥へ誘い込む。

そして市場通りの広場に密集させたところで——


待つ時間が永遠のように感じられた。


「衛兵隊、西門で敵騎兵と接触! 後退しながら南通りへ誘引中!」


胸が締め付けられた。

父さんが今まさに敵の前に立っている。


「敵主力、衛兵隊を追って南通りに侵入!」


「衛兵隊、裏路地に転進! 敵はそのまま市場通りへ向かっています!」


上手くいっている。

父さんは敵を引きつけたまま

知り尽くした路地を縫って逃れているのだ。


だが報告の合間に聞こえる

遠い怒号と剣戟の音が恐ろしかった。


「敵主力、市場通りの広場に集結中!

 密集隊形で突入態勢!」


「魔法部隊各班、配置完了!」


報告が矢継ぎ早に飛ぶ。


「衛兵隊は」


私は思わず叫んでいた。

誰にともなく。


「衛兵隊、退避路に離脱中!」


息を呑んだ。

まだ広場にいるのか。

もう抜けたのか。


「今だ! 全班、砲撃開始!」


空気が震えた。


三方向から同時に放たれた魔法の光が

広場に密集した敵の部隊を貫いた。


轟音。閃光。爆風。


建物の陰から次々と魔法が撃ち込まれ

広場を埋め尽くしていた敵の隊列が

火と光の中でなぎ倒されていく。


窓の外で巨大な火柱が何本も立ち上がった。

衝撃波が詰所の壁を震わせ

棚の上の物が床に落ちて散乱する。


「第二砲撃、開始!」


間髪入れず二撃目が放たれた。

態勢を崩した敵部隊に

追い打ちの魔法が降り注ぐ。


悲鳴と爆音が重なり合い

広場の方角が業火に包まれていた。


---


砲撃は断続的に続き

やがて敵の攻勢が止んだ。


広場に歓声が上がる。


「敵主力部隊、後退していきます!」


「敵右翼の騎兵集団、壊滅を確認!」


「西門方面の圧力が大幅に低下!」


だが私の耳にはそれらの報告が

遠い音のようにしか聞こえなかった。


父さんは。


衛兵隊は無事に抜けたのか。


救護所に駆け込んでくる負傷兵の中に

衛兵隊の腕章をつけた者が何人かいた。


「衛兵隊は。隊長は」


私は手当てをしながら尋ねた。


「隊長なら後続を率いて退避路を——」


兵がそこまで言いかけたとき

詰所の入り口に人影が現れた。


父さんだった。


鎧の左肩が砕け

額から血を流していたが

自分の足で立っていた。


「……ただいま」


「父さん!」


駆け寄った。

父さんの鎧を掴んだ手が震えて止まらなかった。


「衛兵隊、損害七名。全員退避路より離脱。

 作戦は……成功です」


父さんは指揮官に向けてそう報告した後

膝に手をついた。


「よくやった、衛兵隊長殿」


指揮官が歩み寄って父さんの肩を叩いた。


「あなたの作戦で敵の主力を叩き潰した。

 この街は持ちこたえられる」


父さんは顔を上げ、小さく笑った。


「この街の道に助けられました。

 ……すみません、少し座らせてください」


私は父さんを救護所の隅に座らせて

額の傷を手当てした。


「無茶しないで」


「お前たちのところに

 帰ってこなきゃならんかったからな。

 必死で走ったよ」


父さんは私の手当てを受けながらやさしく笑った。


「……お前が残ってくれていて良かった」


小さな声だった。

私は包帯を巻く手を止めて

その言葉を胸の中で噛みしめた。


---


四日目。


敵の攻勢は前日より明らかに弱まっていた。


散発的な攻撃はあるものの

全軍での突入は行われない。

街の外に退いた敵陣からは

何かを準備しているような動きが見えると

斥候が報告していた。


「敵は撤退してくれるでしょうか」


将校の一人が問う。


「あれだけの損害を受ければそうする他あるまい。

 だが、敵が完全に退くまでは気を抜くわけにいかん。

 今のうちに防衛線を再構築しろ」


指揮官の命令で兵たちが動き回る。

私も救護所の整理をしながら

束の間の平穏に息をつこうとしていた。


父さんは朝から南通りの防衛線に戻っている。

肩の傷はまだ痛むはずだが

部下たちを残して休むわけにはいかないと言って出ていった。


だが胸の奥で

何かが引っかかっていた。

合理的に考えれば退くしかない筈だが

撤退するにしてはどうも動き方が違うように見える。


午後、斥候の報告が入った。


「敵陣後方に魔力の集中を感知。

 規模はこれまでのものとは比較になりません」


指揮官の顔色が変わった。


「何だと。詳しく報告しろ」


「分かりません。ただ——

 大気中の魔力が異常な速度で敵陣の一点に吸い寄せられています。

 魔法部隊の観測班によれば

 これほどの魔力集中は記録にないとのことです」


場が静まり返った。


「大規模魔法の準備では」


魔法部隊の指揮官が低い声で言った。


「あり得る。それも通常の規模ではない。

 あれだけの魔力を集めているということは——」


言葉を切った。

その顔に浮かんだのは

私がこれまで見たことのない種類の恐怖だった。


「……禁忌魔法、か」


誰かが呟いた。


禁忌の魔法。

名前だけは聞いたことがある。

古い時代に封じられた

使ってはならないとされる大規模破壊魔法。


「まさか。あれは伝説のはずだ」


「伝説であってくれれば良いのだが。

 あの魔力の規模は通常の魔法では説明がつかない」


指揮官が拳を机に叩きつけた。


「全部隊に警戒態勢を発令しろ。

 魔法部隊は防御障壁の展開を——」


その言葉が終わる前だった。


西の空が白く光った。


音はなかった。

ただ光だけが膨れ上がり

世界が白く塗りつぶされていく。


「伏せろ!」


誰かの叫びが聞こえた次の瞬間

光が消え

代わりに地獄が来た。


---


地平線から火柱が立ち上った。


一本ではない。

何本も、何十本もの炎の柱が

大地を突き破るように噴き上がり

空を赤黒く染めていく。


衝撃波が街を叩いた。


詰所の壁が砕け

私は瓦礫と一緒に床に叩きつけられた。

耳が潰れたかと思うほどの轟音が

全身を貫く。


這い上がって窓の外を見た。


街の西半分が燃えていた。


炎は地面から湧き上がるように広がり

建物を、通りを、防壁を

何もかもを呑み込んでいく。


あの方角に——

前線の部隊がいた。

魔法部隊の二班がいた。

南通りを守る父さんがいた。


「……父さん」


声が出なかった。

いや、声は出ていたのかもしれない。

轟音に掻き消されて自分の耳にすら届かなかった。


炎の渦は膨張を続け

街の中心部にまで迫ってきている。

熱風が肌を焼き、息を吸うだけで喉が灼けた。


「生存者は東へ撤退しろ!

 東門から脱出だ!」


指揮官の声が聞こえた。

だがそれも炎と轟音の中で

かき消されそうだった。


私は崩れかけた詰所から転がり出た。

通りは炎に照らされて真昼のように明るい。

逃げ惑う人影が見えた。

倒れている兵の姿が見えた。


南通りの方角を見た。

そこにはもう通りはなかった。

炎の壁だけがあった。


足が動かなかった。


「逃げろ! こっちだ!」


誰かに腕を掴まれて引きずられた。

兵だった。顔は煤と血にまみれて誰か分からない。


背後で何かが崩れ落ちる轟音がした。

熱風が背中を叩き

火の粉が頬を焦がした。


東門を目指して走った。

瓦礫を越え、炎を避け

倒れている人を踏まないように走った。


走りながら

涙が止まらなかった。


---


東門の外に辿り着いたとき

街は巨大な炎の塊になっていた。


天を衝く火柱が幾重にも連なり

空を赤と黒に染め上げている。

その光は遠く東の平野まで届き

夜空を昼のように照らしていた。


生き残った兵たちが呆然と

燃え上がる街を見つめている。


魔法部隊は砲撃配置についていた西の二班が消滅。

前線で戦っていた歩兵部隊の大半が炎に呑まれた。

衛兵隊は——


「父さん……」


南通りにいた衛兵隊は

炎の中心に近かった。

生き残れる場所ではないことは

燃え上がる街を見れば分かった。


膝から力が抜けた。

地面に崩れ落ちて

私はただ燃える街を見つめた。


生まれた街のいつも遊んでいた通り

市場で買い物をして、詰所で父さんの帰りを待った。

そのすべてが燃えている。


同盟を結んだはずの国が

禁忌の力で私たちの街を焼き尽くした。


「……どうして」


声にならない声が漏れた。


何かがおかしい。

だが今はそれを考える余裕すらなかった。

目の前ですべてが燃え尽きていくのを

見ていることしかできなかった。


夜空を焦がす炎の光の中で

生き残った兵たちの影が揺れていた。


誰も言葉を発しなかった。

言葉にできるものが何もなかった。

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