第三十九話・休日②
再び食堂区画の商店街へとやって来たアレックス達は、最初にシェリーの使う木剣を買うために武具店を訪れていた。
午前の武術の自主訓練では、シェリーはアレックスから木剣を借りて自主訓練に参加していた。
しかし、それでは今後の自主訓練で困る事になるという事で、木剣を新調する事になったのだ。
「私、自分の木剣など持っておりませんので、木剣を買うのがとても楽しみですわ」
満面の笑顔を浮かべて歩くシェリーに、ヴァレリーが疑問をぶつける。
「あれ?シェリーさんは、学園に入る前に剣の稽古はしていなかったの?」
「学園に入るまでは、先生に教わっておりましたの。授業で使う木剣も、先生が用意して下さっていたのですわ」
なるほどと、ヴァレリーは頷いた。
そうして、アレックス達が他愛もない話に興じているうちに、武具店の前までたどり着いていた。
店の中に入ると、アレックスはシェリーを連れて店主に声を掛けた。
店主に事情を説明して、シェリー用の木剣を見繕ってもらう。
その間、一緒に来店したエドウィン達はそれぞれ気ままに店内を見て回っていた。
「さぁ、シェリーさん。これからはこの木剣を使ってくださいね」
「わぁ、これが、私の木剣なのですわね。とっても嬉しいですわ」
ランズベルク伯爵家の第五子であり三女のシェリーは、これまで様々な物が上の兄姉のお下がりで賄われてきた。
そんなシェリーにとって、ここで買った木剣は数少ない自分だけの持ち物になるのだ。
「なぁ、お嬢ちゃん。木剣は訓練で使えば摩耗して傷むから、そうなったらちゃんと新しい木剣に買い替えるんだよ」
「まぁ、買い替えてもよろしいのですか?」
「よろしいんだよ。それに成長して背が伸びたら、体格的に訓練に使うのに合わなくなってくる事もあるだろうしなぁ。そうなったら、それはそれで買い替える必要が出てくるだろうな」
「まぁ、そうなんですのね。それでは、その時はまた木剣を買いに参りますわ」
「おぅ、そうしてくれ!」
厳つい顔に笑顔を浮かべる店主の言葉に、シェリーも笑顔でまた買いに来ると約束していた。
そうして、アレックスは武具屋の店主に別れの挨拶を済ませると、エドウィン達を呼んで隣にある魔術道具店へと移動したのだった。
……
…………
………………
続いて、アレックス達は魔術道具店へやって来た。
前日にお店へ来たアレックス達と違い、シェリーは初めて訪れる魔術道具店に興奮を隠せないでいた。
「まぁまぁ!アレックス君、見てくださいな。あんなにたくさんの杖が並んでありましてよ」
シェリーの興奮した様子に、リリーは苦笑いを浮かべてシェリーを宥めていた。
「シェリーさん、少し落ち着いたら?何だかずいぶん嬉しそうよね」
「はい、リリーさん!私、こうしてお店に行ってみたり、お友達とお出かけするのって初めてで嬉しいのですわ」
「そんなの、直ぐに慣れるわよ。学園にいる間は、買い物は商店街のお世話になるんだから……」
「こんな素敵なお店にこれからも来る事が出来るなんて、とっても素敵ですわね!」
「えっ?えぇ、そうね……。それにしても、お店に行った事も無いなんて、今まで買い物はどうしていたの?」
「お買い物でしたら、いつも『ゴヨウショウニン』というお店の方が来て下さるのですわ」
「御用商人?……ねぇ、アレックス君、ヴァレリー君。上位貴族って、皆そんなものなの?」
シェリーの圧に押されたリリーが、アレックスとヴァレリーの二人を振り返った。
そんなシェリーの疑問に、アレックスは苦笑を浮かべて答えた。
「確かに、御用商人の方から来る事は多いですけれど、街に出て買い物する事が無いわけではありませんよ。ヴァレリーはどうなんですか?」
アレックスは、ヴァレリーを振り返った。
アレックスから話を振られたヴァレリーは、シェリーの興奮した様子に困惑しながらも答えを返した。
「え?えぇっと……、うちの家でも、御用商人が来ることが多いかな?だけど、街に買い物に出たことが無いわけじゃないよ」
話をしながら、アレックス達は店の奥へと進んでいった。
店の奥に進むと、店主からアレックス達に声を掛けてきた。
「おや?昨日の坊ちゃん達じゃないか。今日はどうしたんだい?もしかして、魔法の発動体を選びに来たのかな?」
「店主のおじさん、こんにちわ。今日は、仰る通り魔法の発動体を選びに来たんです」
店主の言葉に、アレックスが答えた。
「そうかい。それは、よく来てくれたね。そうすると、そっちの新顔のお嬢ちゃんも同じなのかな?」
「そうですね。ですから、私とマリーさん以外の人達の魔法の発動体を選んでもらおうかと思ったのです」
「そういう事なら、適性を調べてあげようじゃないか。魔術の適性を調べる装置は色々あるが……、魔法の発動体のためだったら、あれだな。それじゃ、坊ちゃん達。道具を準備をするから、ちょっと待ってておくれよ」
そう言うと、店主はカウンターの奥へと引っ込んでいった。
しばらくして、店主は店の奥から二つの魔術道具らしき物を抱えて出て来た。
一つは、二つの結晶球が結晶質の細い棒で繋がった様な見た目をしている結晶球の塊が板の上に据え置かれた造りのものだ。
もう一つは、小さな結晶球が円形に並ぶように配された板で、板の両端には取っ手がついていた。
店主はもってきた二つの道具をカウンターの上に置くと、アレックス達に声を掛けてきた。
「魔術の素養を調べるんだったら、他にも系統の得手不得手を調べる魔術道具を使うんだがね。今日は魔法の発動体の適性を見るだけだから、この二つで十分だろう。それじゃ、調べてあげようか。……、誰から調べるかね?」
見慣れない道具の登場に、エドウィン達が興味深そうにのぞき込んでくる。
「なぁなぁ、おっさん。それってどう使うんだ?」
レオンが、カウンターの上に置かれた結晶球の塊を突きながら店主に問いかけた。
「ハハハッ、そうだね、教えてあげよう。こっちの大きな結晶の魔術道具は、魔素知覚力測定器と言ってね。魔素感知の能力を測る装置なんだよ。片方の結晶球に手を当てて、中の魔素濃度を感じるんだ。その状態で結晶の中の魔素をもう片方の結晶球に移動させていって、どれ位の濃度まで魔素を知覚できるかで魔素感知の能力を測定するんだ」
そう言って、店主はもう一つの道具を指差した。
「それで、こっちの方は魔力操作盤と言って、魔力放出量と魔力操作の技術力を測定する装置なんだ。板の両端を手で持って、板に魔力を流すと円形に並んだ結晶球が光るんだ。そうしたら、その光を円形に回すように魔力を流していくんだよ。光が付いたままでどれくらい回るかの時間を測って、魔力放出量の測定と魔力操作の技術力の判定をするんだよ」
エドウィン達が小さく感嘆の声を上げる。
エドウィン達の反応に、店主は気を良くした様子だった。
「それじゃ、先ずは坊ちゃんからやってみるかい?」
「え?俺?……、よぅし、やってみる!」
店主に一番手に指名されたレオンはやる気に顔をわずかに紅潮させた。
「それじゃ、最初は魔素感知の測定からだね。こっちの結晶球に手を置いてごらん」
レオンは、店主に言われた通りに結晶球に手を置いた。
店主は、レオンが手を置いたのとは反対側の結晶球に手をかざした。
「さて、そっちの結晶球に魔素が集まっているのを感じるかい?」
「うん、感じる」
「それじゃ、少しずつ魔素濃度を変化させるから、魔素を感じなくなったり、逆に感じるようになったら教えてくれるかな」
「分かったよ」
そうして、しばらくの間レオンと店主は結晶球に手をかざしたまま、魔素を感じる感じないといった遣り取りを繰り返していった。
「ふむ、こんなもんかね。坊ちゃんは、魔素感知がなんとか出来てるって感じだな。それじゃ、続けてこっちの方を試して見るかね」
店主はそう言って、隣に置いていた魔力操作盤を手に取った。
受け取ったレオンは、それを両手でしっかりと構えた。
「そんなに緊張しなくても大丈夫だよ。それじゃ、板に魔力を流してごらん」
店主に言われて、レオンは一息吐くと魔力操作に集中していった。
すると、魔力操作盤の結晶球に光が灯る。
「よし、光が点いたね。それじゃ、その結晶球に点いた光をグルグルと回してごらん」
店主に言われたレオンはさらに集中して魔力操作盤を睨んだ。
しばらくすると、ゆっくりと光が回り出した。
「良いよ。そうしたら、魔力操作盤をカウンターの上に置いてくれるかい。時間を測るから」
レオンがカウンターの上に魔力操作盤を置くと、程無くグルグルと回っていた光が明滅したかと思うとフッと消えた。
「なんだ、レオン。直ぐに消えちまったな」
「うるさいな。そんな時もあるんだよ」
冷やかすように言うエドウィンに、レオンは憮然とした表情で言い返していた。
「それで、おじさん。レオンの魔力操作はどうなの?」
レオンに代わって、リリーが店主に結果を聞く。
「光は十分に点いてるから良いが、時間の方はな……。坊ちゃんの魔力操作は、まだまだって感じだね」
店主は、結果を手元の紙に書き記していく。
「そうしたら、今日の測定結果を元にして、魔法の発動体を作るとするかね。魔法の発動体のデザインは値段次第だが自由にできるから、店内にある気に入ったデザインの物を持っといで。それをもとにして作るからね」
店主に言われたレオンは、店内にある杖を品定めに行った。
それから、リリー、シェリー、ヴァレリー、エドウィンの順に、店主に魔術の適性を見てもらっていった。
そうして測定した適性を考慮しながら、店内に陳列されている杖を見比べて魔法の発動体を注文していく。
夕方の鐘が鳴るまでのしばらくの間、エドウィン達はああでもないこうでもないと店内を見て回った。
アレックスも、そんなエドウィン達に付き合って様々な杖や短杖を見比べては、買い物を楽しんだのだった。




