二人の距離
ジルと一緒にロミア王国の砦にやってきて二週間が経った。
魔法使いとしての私の生活は順調だ。
砦では大きな事件も、戦争も起きることなく、平和そのもの。
私のここでの仕事は、学園で学んだ魔法理論を砦の人たちに教えること。
あとルーのおかげで治癒魔法が使えるようになったので、兵士の皆さんの訓練中の怪我を治して回っている。
おかげで砦の人たちとはずいぶん親しくなれたし、治癒魔法もだいぶ上手に扱えるようになったと思う。
美味しいご飯はあるし、お布団はあったかい。
魔法学園とちがって、庶民だからといって馬鹿にされたり嫌がらせされたりもしないし。
職場としても暮らす場所としても最高の環境だ。
問題があるとすればただ一つ……ジルのこと。
ジルはこの砦の最高指揮官なので、たいてい忙しそうに働いている。
なのであまり顔を合わせることはないのだけど、たまに廊下などでばったり会うことがある。
「アリシア――」
「じ、じじじじじじジル、おおおお疲れ!!」
「あ、おいっ!」
そのたびにこんな感じで逃げ出してしまう。
なにを隠そう、ついさっきもそうやって廊下を走ってきて自室に飛び込んだところだ。
我ながらひどいと思う。
これならセウェルス相手の方がまだまともに話せていた。
ジルは警備の配置なんかの相談を終えたら、ここをガリアードさんに任せて次の砦に向かう予定だ。
私もそれについていかなければいけない。
嫌なわけじゃない。
でも、このままでは馬車の中で間がもたない。
あ、いやでも今度の移動はジルが王族だということを隠す必要がないわけで。
そうなると庶民の私は違う馬車に乗ることになる?
それならなんとかなるかな……。
などとぐるぐる考えていると、扉がノックされた。
「アリシア、入っていいか」
ジル!?
「は、ははははい! どうぞ!」
ベッドに寝転がっていた私は、慌てて跳ね起き、髪を整えてからそう答える。
ジルが部屋に入ってきた。
砦に来てからのジルは、学園の制服ではなく指揮官用の軍服を着ている。
王族用にしつらえられたものらしく、質素なデザインながら細かいところに丁寧な装飾が施されている。
そんな格好をしたジルを見ると緊張が半端ないことになってしまう。
赤い髪をちょっと雑にまとめてるところなんかは以前と同じなのに、着ている服のせいで凛々しく見える。
表情もなんだかキリッとしてて……本当に王子って感じなのだ。
いや、本当に王子なんだけどさ。
「アリシア、なんで俺のことを避けるんだ」
「いえ、あの……避けてないけど」
自分でもひどい言い分だと思った。
ジルからしたら避けてないように思えるわけがない。
「いいや、避けてるね。どうしてだ? 俺が王族だからか? これまでどおりにしてくれって言っただろ」
「そうだけど……」
そうだけど!
私もそうしたいけど!
できないから困ってるんじゃん!
私が答えられないでいると、ジルは寂しそうな、どこか傷ついたような表情を見せた。
これまで見たことのない彼の表情だった。
「アリシア……」
思い詰めたようなジルの声に、私は思わず一歩後ろに下がってしまう。
そのひょうしに、床に垂れていたシーツに足を滑らせた。
「っ!」
「危ない!」
私の身体はふわりと支えられた。
がっしりとした腕に抱き止められ、背中にはジルの体温が伝わってくる。
「大丈夫か?」
「う、うん……」
急速に頬が熱くなる。
こんなに近くでジルの顔を見たのは初めてだ。
シトリンのような金色の瞳が私を見つめている。
白い肌は意外なほどにきめ細かくて綺麗だ。
「殿下、どちらですか、殿下!」
ふと、廊下からガリアードさんの声が聞こえた。
いつになく焦っている様子だ。
ジルは私を引き離すと扉に向かった。
「俺はここだ。なにがあった?」
「……お楽しみのところ申し訳ありません」
「そんなことあるわけないだろ! いいから要件を話せ!」
「はっ、実は――」
二人は言葉をかわしながら行ってしまった。
私はよろよろとしながらベッドに倒れるように座り込んだ。
間近に見たジルの顔が頭から離れない。
心臓が早鐘を打っている。
顔がまだ熱い。
けれど、すぐにジルがガリアードさんに言った言葉がよみがえる。
――そんなことあるわけないだろ!
そうだ。
そんなことはあるわけない。
私とジルの間にはそれだけの距離がある。
ジルがそれを一番よくわかってるんじゃないか。
私は一気に冷静になって部屋を出た。
淡々とお仕事を続けよう……。
本日もお読みいただきありがとうございました!
続きは明日となります。
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