ジル
ジルは私を、屋根付のベンチに座らせてくれた。
「これ、使えよ。腕の血」
言いながらジルはハンカチを差し出してくれる。
「ありがと……優しいんだね」
「いや、これくらいは普通だろ」
ジルはぶっきらぼうに言って顔を逸らしてしまう。
いつもと変わらない彼の態度に、私は思わず笑みを浮かべてしまう。
ジルは隣国の小貴族の息子だ。
聖女の即位式には、他国からは君主や大貴族しか呼ばれていない。
なので彼も出席していないのだろう。
しかし、どんなに小さい領地だろうが、庶民の私からすれば貴族様だ。
本来なら気軽に話しかけられるような人ではない。
けど、魔法学園の高等部で同じクラスになったジルは、なにかと私に話しかけてきてくれた。
理由はよくわからない。
彼は貴族にしてはなんだかフランクで、堅苦しいのが苦手なようだった。
もしかしたらそれで、貴族の子女よりも庶民の私に声をかけやすかったのかもしれない。
なんにしろ、彼のおかげで私は学園で孤独にならずに済んだのだった。
そんなジルだからだろうか。
私はたった今起こったことを、ありのまま話していた。
「はあ? なんだよそれ、ふざけんなっての」
話を聞いたジルが急に立ち上がった。
そのまま私の腕を取って歩き出そうとするのを慌てて止める。
「ちょ、ちょっとどこに行くの?」
「決まってる。教会に乗り込んで、お前が不正なんてしてないってことを証言してやる」
「待って待って!」
私はそのまま連れていかれそうになるのをなんとか引き留めた。
これだから!
本当にジルは、貴族とは思えないくらいに、言葉を飾らないというか、自分の感情に素直というか……。
いや、庶民の私としては、そういう彼だから一緒に過ごしやすかったんですけどね?
けど今教会に乗り込むのはどう考えてもマズい。
「ダメだって! そんなことしたらジルも私もただじゃすまないし、ジルの実家にだって迷惑がかかるよ?」
「……じゃあ、どうすりゃいいんだよっ」
ジルは赤い短髪をかきむしりながら憤る。
「アリシアは聖女になりたくてずっと頑張ってたじゃないか。不正なんて絶対しないやつだし、学園でトップだってことも間違いない。なのに、なんでこんな目に遭う? おかしいだろっ」
「ジル……」
自分のことのように悔しそうにしているジルを見ていると、いつの間にか笑みが溢れた。
なんだか急に胸が温かいもので満たされた気がする。
「ありがと、ジル」
「アリシア?」
「もういいの。今からなにをしても、きっと聖女の位を取り戻すことはできない。けど……ジルがそんなふうに怒ってくれたことが……私の頑張りを認めてくれる人がいたってことがわかって嬉しい。それで充分だよ」
「…………」
ジルは納得がいかなさそうだけど、私は吹っ切ることができた……と思う。
それよりも、明日からどうするかを考えよう。
除籍扱いだから学園の寮は追い出されるだろうし、私が入学前にいた孤児院ももう閉鎖されている。
ドレスの代金で所持金もゼロなので、とりあえず泊まるところもない。
住み込みで働けるところを探すか。
けど、私が聖女の資格を失ったということはすぐに王都に知れ渡るだろう。
そうなれば働き口も見つけられない。
これはもう放浪の旅に出るしか……。
「だったら、俺の家に来いよ」
ぐるぐると考えているとジルがそんなことを言ってきた。
「はい?」
「だから、俺の家に来れば? こっちはエルテシア王国と違って、魔法を扱える人間がずっと足りてないんだ」
つまりジルの実家で魔法使いとして働くってこと?
それはありがたいけど……。
「でも、私、学園の卒業資格もなくなってて……」
「そんなのどうでもいいっての。みんな、すぐにお前の実力に気づいて文句なんて言わなくなるさ。それに……あんたが来てくれると俺も……」
「?」
最後のほうは急に小声になって聞こえなかった。
でも、本当にいいのだろうか?
私みたいな庶民が……。
とすっかり弱気になってしまっている私に、ジルは言ってくる。
「どうしたんだよ。もしかして……いやか?」
なんだか捨てられた犬みたいな表情をするジル。
「いや、じゃないよ……」
「そっか! なら善は急げだ!」
今度は尻尾をふる犬みたいな表情。
まったく、立場が逆じゃない?
ジルは私の手を取ると走り出した。
雨で身体は冷えていたけど、握られた手がすごく暖かかった。
次は夕方に更新予定です。




