聖女と竜王の伝説
私を殺そうとした暗殺者が、今度は私のことを救世主と呼んでいる。
どういうこと?
「面白いことを言うね」
私の横にいるカルカス殿下が興味深そうに笑みを浮かべる。
「今度はそうやって言いくるめてアリシアを誘拐でもしようって作戦かな?」
「そのようなことはしない……」
暗殺者は小さく首を横に振った。
「オレは雇われただけだ……彼女に対する恨みがあるわけではない。それよりも……
彼女が救世主であるならば、真実を話すことがオレにとっては重要だ……」
「真実ねえ。そこまで言うなら、君の雇い主が誰か教えてくれないかな? そうすれば君のことを多少は信用できるんだけど」
カルカス殿下はそんなふうに言うけどそれはさすがに難しいんじゃない?
暗殺者が依頼人のことを明かすなんて今後の仕事に差し支えるでしょう。
と思ったら。
「エシャート公爵家の使用人だ」
あっさり明かしちゃった!?
え? で、なんだって?
エシャート公爵家?
「公爵家の誰が暗殺を目論んだのかまではわからないがな」
もしかしてクリスティナ?
あるいはその父親のエシャート公爵が?
どうして私を狙うの?
……もしかして私が聖の精霊と契約したことがバレた?
それにしても殺そうとするなんて……。
「なるほど……エシャート公爵家を探ってみよう。それにしてもいいのかい? 暗殺者がそんなことを話してしまって」
カルカス殿下に対して暗殺者の彼は答える。
「暗殺者は廃業だ。今からオレはただのザインだ」
そう言ってオニキスのような黒い瞳で私のほうをじっと見てくるザイン。
私は頷く。
「いいわ。教えてちょうだい。私が救世主ってどういうこと?」
私の問いにザインは語り出した。
「オレの一族に古くから語り継がれている伝説がある。悪しき魔物が大地を埋め尽くすとき、聖女と竜王がそれを滅ぼし世界を救うだろう、と」
「悪き魔物?」
「通常の魔法や清浄の力で倒すことのできない魔物だ。最近では魔獣と呼ばれているようだな」
「っ!」
私はカザハン王国での出来事を思い出す。
ルーと一緒に使う清浄の魔法でも消滅させられなかった強力な魔物がいた。
「あれ……でもそいつはジルが倒したよ?」
「それはそいつが竜王……竜人族と人間の血を引く者だからだろう」
「あ……」
そうだ。
ジルは人間であるロミア国王と竜人族である母親の間の子供。
そしてあのとき魔獣を倒したジルの炎魔法は、ドランの放つ魔法によく似ていた。
あれが竜王の力ということ?
「今現れているのは魔物と魔獣の中間の存在にすぎない。近いうちに真なる魔獣が出現する。それを倒すには、竜王の力と、聖なる精霊に選ばれた本来の聖女の力の両方が必要になる」
「本来の聖女?」
それがつまり私ということ?
「まるで歴代の聖女が偽物みたいな言い方だね」
「偽物だ。初代の聖女以外はな」
カルカス殿下の言葉にザインはあっさりそう言った。
「聖なる精霊は初代聖女との約束を守って、エルテシア王家が選んだ聖女に力を貸してきたにすぎない。それは聖女に選ばれた者とほかの聖女候補にそれほど差がなかったからだろう。だが今代は……」
言葉を切ってザインは私を見てくる。
「本人と現界している精霊を見ればわかる。聖なる精霊にとってお前はエルテシア王家の選出など無意味なほど、聖女としてふさわしかったんだ」
『その人の言うとおりだよー』
「ルー?」
突然ルーがキラキラと姿を表して言ってくる。
『アリシアの魔法はとても素敵なんだ。だからボクたちは初めからアリシアと契約しようって決めてたのさ』
そういえばルーは出会ったときにも言っていた。
私の魔法は初代聖女と同じくらい優しくて気持ちがいいって。
ルーの姿を初めて見るカルカス殿下は驚いていたけど、すぐに笑みを浮かべて言った。
「なるほど。精霊本人がそう言うなら信じるしかない」
ザインも頷いて言ってくる。
「お願いだ……聖女よ。竜王とともに魔獣を倒し世界を救ってくれ」
「…………」
牢屋越しに手を差し出してくるザイン。
その真摯な声に思わず手をとりそうになるけど、カルカス殿下が私の前に立ってそれを阻んだ。
「おっと、ダメだよアリシア。彼を信用するのはまだ早い」
「今の話では不足か……?」
「どこまで本当かなんてわからないでしょ。そもそもどうして君はそんな伝説を知っているんだい? それを語り継いでいるという君の一族はいったい何者?」
「…………」
カルカス殿下の言葉にザインは少し迷うようなそぶりを見せたけど、すぐに覚悟を決めたように頷いた。
黒装束を脱ぎ捨てると、その下に着ていたこれまた黒い服をまくりあげ、脇腹を晒してくる。
さすが暗殺者だけあって鍛え上げられた筋肉――なんて感心している余裕はなかった。
そこには肉体の一部が変質したみたいに、闇のように真っ黒な皮膚が張り付いていた。
それは――魔物の体表にそっくりだった。
「オレは、過去に出現した魔獣と人の子の末裔だ」
私とカルカス殿下は牢屋を出てジルのいる診療所に戻った。
「あんなものを見せられたら信用しないわけにはいかないね」
カルカス殿下の言うとおりだ。
けれどザインの言う『竜王』――竜人族と人間の子であるジルは竜化の症状で動くことができない。
竜化を治す望みは王都に向かったリゼルだ。
今は彼からの知らせを待つしかない……。
「アリシアさん。あなた宛にお手紙です」
とそこへ、診療所の人が手紙を持ってきてくれた。
見れば送り主はリゼルだ。
「っ!」
「もしかしてジル王子を治す方法が見つかったかな?」
私は封筒を破くように開封し中の便箋を取り出す。
そこには『すぐに王都にきてほしい。ある問題が起こっていて、君にしか解決することができない』と書かれていた。
「妙だね。ジル王子の竜化についてはまるで触れられていない」
「……これ、リゼルの字じゃありません」
「なんだって?」
カルカス殿下は部下に命じて以前自分宛てに送られてきたリゼルの手紙を持って来させた。
二枚を並べて見比べる。
「たしかに。似ているけどあちこち癖が違っている。よく気づいたね」
さんざん木の枝で地面に書いたリゼルの文字を見てきたのだ。
幼馴染をなめないでほしい。
「……これはどういうことでしょう?」
「誰かがリゼルを騙って君を王都に呼び出そうとしている。ザインを雇って君を殺そうとしたのとはべつの人間だろう」
「…………」
王都でなにが起きているのかは私にはさっぱりわからない。
けど……こんな手紙が送られているということは、リゼルの身になにかあったことはたしかだろう。
「……私、王都に行きます」
「本気かい?」
カルカス殿下の問いに私は頷く。
ジルのことは心配だけどリゼルを放っておくこともできない。
それに……王都の人たちは私から聖女の位を奪って追放したのに、私のことを放っておいてもくれないらしい。
それならしっかりと決着をつけるしかない。
「待て……」
そのとき後ろのベッドから声が聞こえて、私とカルカス殿下は驚いて振り向いた。
「ジル!?」
リゼルの魔法で眠っていたはずのジルが身を起こしながら、私をまっすぐに見つめていた。
「……俺も連れていけ」
かすれた声でジルはそう告げるのだった。




