ジルの出自
私はシャルロッテ王女に手紙を送った。
ジルが『竜化』の症状で苦しんでいること。
ジルの母親は竜人族だったのではないかということ。
そしてシャルロッテ王女はそのことを知っているのではないかということ。
シャルロッテ王女と二人きりで話をしたとき、彼女は言っていた。
ジルのことをよろしくね、と。
あのとき私は何気なくその言葉を受け取っていたけど、今考えればあれはジルの出自のことを話していたのかもしれない。
ジル本人に話を聞ければいいんだけど、ジルは今そんな状態ではなかった。
「ひとまずこれでしばらくは大丈夫だと思う」
額に浮かんだ汗を拭い、リゼルはそう言った。
「ありがとう、リゼル」
「いや……現状だとその場しのぎにすぎない。症状が安定している間に治療法を見つけないと」
診療所のベッドで眠るジルを見ながらリゼルは答える。
ジルはただ眠っているわけではなく、リゼルの魔法で体内の魔力の動きを極度に抑え込んでいる。
リゼルによれば『ジルの周りを魔力で覆い時間の流れを遅らせているような状態』ということだけど、ほどこした術式が複雑すぎて私には理解できなかった。
ほんとすごいね、リゼル……。
とにかくこれでジルはしばらくは大丈夫。
その間に竜化を治す方法を探らないといけない。
「僕は王都に戻って竜化に関する文献を調べてみる」
「私は竜人族のところに行って、なにか知らないか聞いてみる」
その間ジルを置いていくのは心配だけど仕方ない。
私は静かに寝息を立てているジルの手を握って呼びかける。
「きっと……なんとかするから、待っててジル」
私はカルカス殿下が貸してくれた騎兵の皆さんを護衛に竜人族の村まで急いだ。
竜人族の土地との境界線を管理しているフロベール子爵が、勝手に川を渡られては困ると言うので(一緒にいるのはエルテシアの兵なのでそれは仕方ないよね)使者を送ってドランと村長のレイガスさんを呼び出してもらった。
いつかのように館の応接室で向かい合う私とドランとレイガスさん。
「まさかあいつが竜人族の血を引いていたとは……」
私の話に二人も、それに同席していたフロベール子爵も驚いていた。
「なにか知らない? 竜人族に伝わる竜化を抑える魔法とか」
私は問いかけるが、さすがにそんな都合のいいものはないようだった。
「我ら竜人族は竜の姿を誉れとするからな。それを止める術は……」
「竜化を進めることで体質が安定することはあるだろうがな」
「どういうこと?」
「……竜人族は成長期に一度魔力が乱れる時期がある。そのときには全身の魔力をドラゴンの性質に近づけることで安定させるんだ」
「我らはその時期を乗り越えて、竜化という術を使えるようになるが……ジル殿の場合はそううまくいくとは限らぬだろう」
レイガスさんの言うとおりだ。
竜人族の人たちの竜化と今ジルが罹っている竜化は意味が違う。
ジルの魔力の性質をドラゴンのものに変えても、症状が安定してくれるとは限らない。
もしかしたら、全身があの腕のようになってしまうかもしれない……。
「だがその手段が間違いともまだわからないだろう。念のためこれを持っていくといい」
とドランは大きな石を取り出した。
白くて透明感のある不思議な石で、表面には紋様が刻まれている。
「これは?」
「竜骨石だ。死んだ竜の骨を加工して作る。竜人族が魔力をドラゴンに近づけるときに使うものだ。持っていけ」
「……ありがとうドラン」
「気にするな。貴様らには世話になったからな」
小さくそう答えて顔をそらすドランに私は思わず笑みを浮かべた。
そんな彼のシトリンのような金色の瞳を見て私は、前に彼とジルが兄弟みたいだと感じたことを思い出す。
「ねえドラン。あなたのお母様って……?」
「ん? 母は父と共に同じ村に住んでいるが……」
とそこでドランは私が言いたいことに気づいたらしい。
「バカを言うな! 母は村を出たことすらない!」
「そ、そうよね。ごめんなさい、変なことを聞いて」
私は慌てて頭を下げる。
さすがにそれは想像のしすぎだった。
と思ったんだけどレイガスさんがポツリとつぶやいた。
「いや……レイナ――ドランの母には妹がいた」
「そうなのか? 初めて聞いたぞ」
「特に隠していたわけではないのだがな。お前が生まれる前に行方不明になった。葬儀も行われたが、死体が見つかったわけではない」
「その妹さんの名前はなんていうんですか?」
「シーナという名だ」
シーナさん……。
その人がもしかして……?
私はドランとレイガスさんにお礼を言って、すぐにザレスの街に戻った。
ジルがいる診療所は警備が強化されていた。
カルカス殿下によればロミア王国の王宮から兵士が送られてきたらしい。
「本当なら王都に運びたいところなんだろうけど、リゼルは動かすなって言っていたしね」
ジルは出発前と変わった様子はなかった。
相変わらず穏やかに寝息を立てている。
けれど症状がよくなったわけではない。
左腕は相変わらず竜の鱗に覆われたままだ。
「あ、そうそう、シャルロッテ王女から返事が届いていたよ」
カルカス殿下が手紙を渡してくれる。
私はそれを急いで開封した。
そこには、手紙で詳しく語ることはできないけれど、私の想像は正しいと書いてあった。
『ジルと相談して、もし望むのならシャンド村というところを訪れてみてください。
――シーナという女性がすべてを話してくれるはずです』
シーナ……。
やっぱり彼女がジルの……。
手紙はそこで終わりだった。
残念ながらシャルロッテ王女も竜化を治す方法は知らないようね。
「あとはリゼルを待つしかないみたいだね」
「そうですね……」
カルカス殿下の言葉に私は頷く。
待つことしかできないというのはひどくもどかしい。
「アリシア、君も少し休んだほうがいいよ。相当疲れているだろう?」
「はい……」
うまく休めるか自信はないけど。
と、そこへカルカス殿下の部下が顔を出した。
この人はたしか……私を襲撃した黒装束の暗殺者を見張っていた人だ。
彼はこのザレスまで連行されてきて、今は街の自警団の牢に入れられているらしい。
カルカス殿下はエルテシア王国まで連れていって尋問するつもりだったようだけど、ジルの竜化の騒ぎがあってそのままになっていた。
「彼、なにか話したの?」
「いえ、そうではないのですが……」
部下の人は私をチラリと見ると、カルカス殿下に答えた。
「聖女――アリシア様と話がしたいと申しております」
……私と?
私はカルカス殿下と一緒に自警団の牢屋までやってきた。
湿った薄暗い地下牢の一室に黒装束の暗殺者は捕まっていた。
黒い髪の彼は、オニキスのような黒い瞳で私を見る。
いえ、私じゃない?
その後ろにいるルーを見てる?
ルーが見えているの?
今はほかの人には姿を見せない状態のはずなのに。
「やはりか……まさか実在するとはな……」
暗殺者はボソボソと呟く。
「私になんの用ですか?」
「探していた……この世界の、救世主……」
は?
私が救世主?
なんの話……?




