即位式
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「……どういうことですか?」
学園長の言葉に私はなんとかそう聞き返した。
学園長は険しい表情のまま答える。
「君が試験で不正を行ったという証拠が発見された。君の試験の結果は下方修正され、首席の座は取り消しだ。もっとも――不正を働くような者は、初めから聖女に相応しくはないな」
すぐには意味が飲み込めなかった。
不正?
私が?
そんなことしていない!
「なにかの間違いです! 調べなおしてください!」
「往生際が悪いぞアリシア。やはり生まれが悪い人間はあさましいものだな。エシャート嬢のような淑女こそ聖女に相応しい」
エシャート?
クリスティナ・エシャートのこと?
彼女はこの国随一の貴族――公爵令嬢だ。
学園での成績は私に次いで二位だった。
……まさか!
私がその考えに思い至ったと同時に、左右から兵士が私の腕をつかんだ。
「なに? 離して!」
「不正の発覚により、君の卒業資格、在籍記録も抹消となる。学園の生徒でない君にこの場にいる資格はない」
「そんな……!」
それでは聖女になれないばかりか、魔法学園の卒業生として魔法関連の仕事につくことすらできなくなってしまう。
「学園長! 私は不正などしていません! 再調査をお願いします!」
「くどい! 連れていけ」
兵士が私を引きずって部屋から出る。
廊下にはセウェルスがいた。
「セウェルス殿下! お願いです! 学園長の誤解を――」
私の言葉は途中で止まった。
セウェルスが私を見下ろすその目が、あまりに冷たいものだったから。
「アリシア。君には失望した。不正を働いて聖女の地位と私の妻の座を得ようとしていたなんて」
「違う……違います、私はそんなこと――」
「まったく、これだから庶民は嫌なのですわ」
私の言葉を遮って、奥の廊下に姿を見せたのは、クリスティナ公爵令嬢だった。
綺麗にカールしたブロンドの派手な髪。
サファイアのような深い青の瞳。
そして……私のものより何倍も豪華な純白のドレス。
「あきらめなさい、アリシアさん。あなたの目論見は失敗しました。聖女の位は高貴な血統を持つわたくしが正しく引き継ぎますわ」
「……っ!」
私を嘲るように笑う彼女の顔を見て確信した。
もともと彼女が聖女になる予定だったのだ。
そのために成績が調整されて、彼女が学園のトップになるはずだった。
けれど私が想定外の好成績を納めて彼女を超えてしまった。
聖女庁は一旦は私を聖女と認定したけど。
反対意見が出たんだろう。
クリスティナの実家――エシャート公爵家か。
それともほかの利害関係を持つ貴族か。
それはわからないけど。
そして、私が不正を行ったという証拠が捏造された。
いや、捏造するまでもない。
「不正があった」と報告してしまえば、なんの後ろ盾もない私には否定することなどできないのだから。
「さ、参りましょう、殿下」
「ああ」
クリスティナの呼びかけにうなずき、セウェルスは私の前から去っていく。
「セウェルス殿下! 待ってください! 待って……」
セウェルスは……一度も私に目を向けることなく。
クリスティナとともに廊下を歩いていった。
そして私はようやく理解した。
目が覚めたというべきかもしれない。
セウェルスは、これまでだって一度も私に目を向けてくれたことなどなかった。
彼が見ていたのは聖女候補だ。
私が聖女に選ばれたから私と一緒にいただけだ。
私が聖女に選ばれたから私と話してくれただけだ。
私が聖女に選ばれたから私に笑いかけてくれただけだ。
彼にとって聖女じゃない私は――ただのアリシアは、なんの価値もない、その辺の石ころと同じ存在なんだ。
私は兵士に引きずられるようにして教会から追い出された。
外はどんよりと曇っていて、ぽつりぽつりと雨が降り始めていた。
突き飛ばされ、段差で転んだ。
腕を石畳で擦って血が滲む。
「う、うう……なんで」
なんとか身を起こした私の耳に、教会の鐘の音が響く。
聖女の即位を祝う鐘。
私ではない。
今、祝われているのは――クリスティナだ。
「いや……」
私は怯えるように駆け出した。
鳴り響く鐘の音から逃げ出すように。
雨の中を私は走る。
悔しかった?
憎らしかった?
違う。
心に浮かぶのは喪失感。
私はただただ――寂しかった。
息が切れる。
それでも、逃げるように脚は止まらない。
私にはなにもない。
地位も財産も才能も輝くような美貌も。
ともに食卓を囲んで笑い合う家族さえもなかった。
そんな私がやっと手に入れたものを。
どうしてこんなに簡単に奪うの?
石畳につまずいて、私は転んだ。
泥の混じった水溜りが純白のドレスを汚す。
聖女になると信じて用意した、私の人生最初で最後の贅沢だったのに。
身を起こす。
立ち上がる気力はなかった。
まだ鐘の音が聞こえる。
クリスティナの聖女即位を祝っている。
世界の全てに知らせるように、雨を割って鳴り響く。
その音はまるで私に思い知らせようとしているかのようだ。
お前など聖女になれるわけがない。身の程を知れ。思い上がるな。
努力など無駄だ。運命は変えられない。お前は死ぬまで――地べたを這いずっていろ。
涙が溢れる。
抑えられなかった。
「あああああ――!」
泣き叫んだ。
まるで赤ん坊みたいに。
誰かに助けを求めるように。
けど、私の声は雨にかき消され、どこにも届かない。
私の嘆きなんて誰にも聞いてもらえない。
私は――世界中で一人ぼっちだ。
「アリシア? 泣いてるのか?」
声に顔を上げる。
燃えるような赤い髪の下。
シトリンのような金色の瞳が私を見下ろしていた。
「……ジル?」
次はお昼ごろ更新予定です。