ユースディアの美しきしもべ?
ユースディアは広い部屋の中で、ムクムクを探す。
「ムクムク、ちょっと、どこに行ったのよ!」
最近、リリィと遊んでばかりで、使い魔としての仕事をサボってばかりなのだ。
「ムクムクめ……! 見つけたらこねくり回してやる!」
「ずいぶんと、お優しい罰ですね」
「――ッ!!」
背後に立ち、話しかけてきたのはユースディアの美貌の夫アロイスである。
気配がなかったので、ギョッとしてしまった。
「あなた、いつの間にそこにいたのよ」
「たった今です。何度かお声をかけたのですが」
「そう」
「ムクムクさん、いらっしゃらないのですか?」
「ええ。ヨハンやリリィと遊んでいるのよ、きっと」
「なるほど。何か、お仕事を頼むつもりだったのですか?」
「ええ。闇魔法の薬作りに必要な、爪化粧をしてもらおうと思っていたんだけれど」
ユースディアはアロイスに、特別な調合で作られた爪化粧を見せる。瓶の中には、黒い液体が入っていた。
自分で塗るのは面倒なので、いつもムクムクに塗らせていたのだ。
「でしたら、私が塗りましょうか?」
「は?」
「お手伝いさせてください」
「何言ってんのよ。あなたがするようなものではないわ」
「私はディアのしもべですので、どうぞご命令ください」
「誰がしもべよ」
アロイスは冗談ではなく、本気で言っているのだろう。
ユースディアはため息を吐きつつ、爪化粧と小さな筆をアロイスに差し出した。
「だったら、やってみなさいよ。はみだしたら、許さないから」
「ありがとうございます」
ユースディアは一人掛けの椅子に座り、肘置きに置いた手先をアロイスに向けた。
アロイスは膝をつき、真剣な眼差しで爪化粧を施す。
意外や意外。アロイスは丁寧な手つきで、器用に爪化粧を施していた。
初めてしたというのに、ムクムクより上手い。ムラなく塗っていく。
「ディア、これは魔法で乾かすのですか?」
「いいえ、息を吹きかけるだけでいいの」
自分でしようと思っていたが、アロイスがユースディアの手を取る。
そして、フーフーと息を吹きかけた。
「ちょっ、それは自分でするから」
「大丈夫ですよ、ディア。すぐに乾かしてみせますので」
アロイスの吐息が、爪先に吹きかけられる。
それだけなのに、ユースディアは盛大に照れてしまった。
その後、逆の手も丁寧に爪化粧を施してくれた。
「これで終わりですね」
「ええ。あとは、自分でするから」
「あとは? まだ、何かあるのですか?」
「え、足の爪もしないといけないのだけれど」
口にしたあとで、ハッとなる。嫌な予感がした。
アロイスは笑顔で、言葉を返す。
「足の爪先も、やらせていただきます」
「足はいいわ!」
「暇なので、やらせてください」
「いいって言っているでしょう!」
「丁寧に塗りますので!」
結局ユースディアは押し負けてしまった。
多くの人々を配下に持つ公爵閣下が絨毯の上に這い、ユースディアの爪に化粧を施す。
アロイスのつむじを見下ろしながら、なんて光景だと頭を抱えた。
本人は嬉々として行っているのも、大問題である。
「全部、全部ムクムクのせいよ!!」
戻ってきたムクムクが、ユースディアにこねくり回されたのは言うまでもない。




