8 飛竜はかわいい。とってもかわいい!
朝食を食べ終えた私と有紗は、ここには帰ってこれない可能性もあると言われて全ての荷物をまとめた。
荷物は少なかったので自分で持つと言ったけれど、メイドさんがどうしても運ぶと言って聞いてくれないので頼むことにした。
来たときに着いた正面玄関ではなく、屋敷の裏側、うっそうとした森に面している裏庭へと案内されてついていく。
有紗はまだのようで、アンバーくんとシャロッツが飛竜に繋ぐと思われる荷台……というのか、平安時代の牛車についていたような大きな車輪の付いた箱のようなものを準備していた。
準備と言っても、使用人さんたちが動くのを指示している感じだが、見たところほとんど終わっているようだ。
しかし、肝心の飛竜というのが見当たらない。
「アンバーくん、シャロッツ。お待たせしました」
「恵梨香様、用意はもうよろしいのですか?」
「はい、できました!」
「それはよかった。ちょうどこれから飛竜を呼ぶところなのです」
「へぇ、どうやって呼ぶんですか?」
「この笛を吹くと森から出てくるんだ。いくぞ」
アンバーくんが手にした銀色の細長い小枝のような笛を吹いた。
だが、音はならなかった。
ピィー、みたいなおとがするのかとおもっていたので拍子抜けしたが、音が出ていないわけではないようだ。
聞こえるというか、鼓膜が金属の擦れるような、黒板を引っ掻くような、不思議な振動を感じている。
ちょっと不快感を感じて、背筋がゾワゾワしていると、森から赤いものが数体飛び上がり、こちらに向かって飛んで来た。
「恵梨香様、あれが飛竜です」
ぐんぐんと迫ってくる赤い塊は近づくにつれてはっきりと姿がわかってきた。
体はイグアナのようだが、スッキリとした顔立ちで前足は後ろ足に比べて小さく、背中にコウモリのような柔らかそうな羽が生えている。
全身にまとった赤い鱗が太陽の光を虹色に反射している。
足を体に沿わせて飛んでいる姿は、水の中を泳ぐイグアナそっくりだった。
「す、すごい……」
飛竜たちは私たちから少しはなれた正面に降り立った。
近くなるとその大きさがはっきりとわかった。
全長は成人男性が3人寝転んだくらいはある。
高さも地面に手を着いている状態で成人男性2人分くらいだ。
ここに集まったのは4匹のようだが、アンバーくんは首をかしげて辺りを見回している。
どうしたのか聞こうとすると、私の背後でゴウッと風が巻き起こった。
思わず振り返ると、1匹の飛竜がいた。
触れられそうな距離で私をじっと見つめる飛竜に、突然のことで声がでなかった。
アンバーくんや、シャロッツがなにか叫んだように思えたが、私と飛竜以外が別の世界に行ったような、透明な巻くに包まれたように他の音が遠く聞こえない。
飛竜はじっと私を見つめる。
よくみるとその鱗は他の飛竜よりも濃い色をしていて、とても美しかった。
「………撫でても、いいですか?」
私の口からでたのは悲鳴ではなく、こんな言葉だった。
飛竜は答えるように一度大きく口を開けると、また閉じて頭を差し出すように下を向いた。
私はゆっくり手を上げて頭を撫でる。
しばらく飛竜はそのままじっとしていたが、段々首を上下に振り出し、私の手に頭や背中を押し付けてきた。
羽を触って欲しそうにぱたぱたと閉じたり開いたりし始めたので、付根の辺りから撫でて上げた。
20分くらい撫でていたのだろうか、満足したように鼻を鳴らすと、飛竜は他の飛竜の方へ歩いていった。
そのとたん、アンバーくんにガッと肩を掴まれた。
「ひゃい!」
ビックリして変な声が出てしまった。
「恵梨香!大丈夫か?!」
「どこかお怪我は?!噛まれたりしていませんか?」
アンバーくんとシャロッツが真剣に聞いてくる。
その顔は青ざめていた。
「怪我なんてしてませんけど。飛竜ってかわいいですね。鱗がサラサラしてて気持ちよかったです。羽はフワフワだったので、今度ブラッシングしたいです」
おとなしくて、人懐っこいんですねなんていっていると、大きなため息が二つ出た。
「恵梨香、飛竜は気難しく高潔な生き物で、人間が触れるのを一番嫌がる。調教師でさえ飛竜に触れるのはきちんと関係性を築いてからだ。あんな初対面でいきなり触るなど、死にたいのかと思ったぞ」
「助けようにも恵梨香様はこちらの声が聞こえていないようですし、近づけば飛竜が威嚇してきましたし、本当にどうしようかと思いました。無事でなによりです」
そんな生き物とは知らなかったが、むしろ撫でろと言わんばかりの飛竜からの要請があったような?
何て考えていると、仲間の方へ向かった飛竜は、得意気に頭をもたげて鼻息を荒げている。
そして他の飛竜はなにか抗議するようにその飛竜に向かって鳴き声を上げていたが、急にピタッと鳴き止むと全員こちらを向いた。
こちらを向いた飛竜たちが一斉に駆け出した!
「な!」
「クソ!止まれ!」
アンバーくんが慌てて笛を吹く。
きいてない!と思ったとき、あの飛竜が大声で短く吼えた。
ものすごい勢いだった飛竜たちはピタッと止まった。
飛竜がもう一度鳴くと他の飛竜たちはシオシオと残念そうにもとの位置へと帰っていった。
「な、何が起こったんでしょうか?」
「わからん……」
呆けるように私達は立ち尽くしていた。
その後、飛竜の調教師を呼んで詳しく聞いたのだが、あの濃い色の鱗の飛竜は群れのボスで絶対人には懐かないそうだ。
なぜ私に近づいてきたのかは分からないが、あの飛竜レオルは今日、珍しく気分がいいらしく、いつもは群れの飛竜に仕事を押し付けるのに、自分が行く気満々のようだ。
他の飛竜に勝手に帰るよう指示を出して森へと追い立てていた。
だが、いつもはアンバーくんのいうことをきちんと聞くのに、今日はあまり聞かないらしい。
やっぱり他の飛竜に……と言っていると、嫌そうに指示にしたがっていた。
時々私の側に来て撫でろと頭を擦り付けてくる。
そんな仕草がかわいくてついつい撫でていると、準備をしていた使用人さんたちが微妙な顔をして通りすぎていった。
そんな大事件が全部終わった頃、有紗が大荷物を抱えてやってきた。
荷物を積み終え、私達はお世話になったお礼をいうと王都へ向かって飛び出した。
やっと王都へ向かって飛び立ちました!
地味にアンバーくん、ライバル登場?
次話は空の旅をお送りします。
まだ王都に着けない……。
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