6 ベルモア卿の家にお泊まり。上
「有紗……。この世界の家ってお城なの?」
目の前に建つ城は、西洋風の造りでかなり大きかった。
昔見た世界のクイズ番組とかで取り上げられてそうな城。
「違うよ、恵梨香ちゃん。さすがにお城が家なのは貴族とか、一部の商人とか、限られた人だけよ」
「貴族とか……。もしかしてベルモア卿って貴族?」
私が聞くと、有紗は思いきり笑って応えた。
「もう、聞いてなかったの?ベルモア卿は辺境伯だって言ったでしょ?」
「いや、聞いたけど。あの時のパニクってたし、そもそも辺境伯ってなに?」
私は呆然と城を眺めながら聞く。
「辺境伯っていうのはね、国の地方、特に国境を統治している貴族のことよ。他国の侵入を防ぐのが仕事で、国を守る大切な役目を担っているから爵位も伯爵だけど、他の伯爵より上位にあたるの」
有紗、昔からこういった話が大好きだったから生き生きしてるなぁ。
「そんなどや顔で言われても、伯爵がどの程度偉いのか分かんないから、全然ピンと来ないんだけど」
そう、分からない方が悪い。
こんな話題はさっさと終わらせた方がいいのだが、分からないままにしては後々困ることになるかもしれない。
得意げにフフンと語る有紗に、少しゲンナリしながら聞いた。
その瞬間、有紗の瞳がキラリと輝いた。
「伯爵の地位は結構上位に位置するんだよ!こっちでは違うことがあるかもしれないけど、向こうじゃ伯爵の地位は王家が一番上だとすると3番目くらいになるかな?まあ、国によって違ったから、一概には言えないんだけど。で、辺境伯はそれより上で、侯爵のちょっとしたか、同等くらいの地位なの!侯爵は王家が持つ位のすぐ下だから、実質王族以外の人間では一番高い地位になるかな。でも、婚姻関係を考えると、王族以外の人間っていっても王族の血がガッツリ入ってるから全く無関係の人間でもないんだけどね」
こういうことだ。
有紗は自分の興味があることについて質問されると、こうなってしまう。
有紗曰く、同士が増えたと思ってついつい喋りすぎてしまうらしいのだが。
早口でまくし立てられたので、さぁっと聞き流したが、とりあえずベルモア卿はかなり偉い人ということだろうか。
今までの話を聞いていたのか、一緒に馬車に乗っていたシャロッツが会話に入る。
「有紗様は博識でおられますね。この世界に来られてから間もないのによく爵位の事がお分かりになりましたね」
「向こうの世界にも爵位はあったのです。間違っていたらすみません」
「いえ、先ほどの情報で正しいですよ。ここヴァンクリール国の爵位は、上から大公と大公公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵、騎士爵、名誉爵となっています。一般的に貴族とみなされるのは男爵以上ですが、騎士爵の中には家督継承権の無い上級貴族の子息がおられるので言動には気をつけたほうがよろしいですよ」
有紗の話にシャロッツは笑顔で丁寧に返す。
シャロッツと有紗が貴族についての話題で盛り上がっていると、少し前に先に屋敷に戻ると言って馬を走らせていたベルモア卿がけげんな顔をしながら中から出てきた。
「こんなところで何をしているんだ?早く中にはいれ」
「すみません、ベルモア卿。恵梨香ちゃんにベルモア卿のことを説明していたんです」
そういって有紗が頭を下げる。
「いや、ベルモア卿のことは説明してないでしょ。貴族の事しか言ってなかったじゃん」
「あれ?そうかな?」
「そういえばそうですね」
有紗とシャロッツが同じ様に首をひねっている。
あきれて私がため息を吐くと、ベルモア卿がキョトンとした顔になる。
「俺のことだと?……そういえば有紗殿には名乗ったが、恵梨香殿にはまだだったな。まぁこんなところではなんだ。まずは中に入って、落ち着いてからにしてはどうだろうか」
それもそうだと、私たちは屋敷の中へ向かった。
中は広いエントランスに、大きなシャンデリア、高そうな調度品の数々が並んでいる。
男女の使用人だろう数十人の人が出迎えてくれた。
その中の数名が案内してくれるのでついていくと、客室のような部屋へたどり着いた。
私たちには1人ずつ部屋があてがわれているらしい。
広い部屋へ通されると、晩餐を皆でとるようにとメイドが教えてくれた。
そして晩餐の前に身じたくをしましょうと、お風呂やマッサージ、着替えなど目まぐるしくメイドたちにもてあそばれた。
屋敷についた頃はまだ陽が高かったが、いつの間にかとっぷりと陽が暮れて夜空が広がっていた。
食堂へ案内されると、皆揃っていた。
「遅くなってすみません」
「いや、皆今来たところだ。席についてくれ」
ベルモア卿が勧めてくれた席は有紗の隣。
神殿で座っていた席と一緒だ。
テーブルも、神殿と同じ様に長い。
テーブルの上には金縁の丸くて大きめのお皿があり、ナプキンが花のような形をして乗っている。
その脇には金のカトラリーがずらりと並んでいる。
テーブルマナーに自信がない私は心中穏やかではなかったが、チラリと横を見ると有紗がこっそり「私のまねしていいよ」と教えてくれた。
ほっと胸を撫で下ろしていると、ベルモア卿が話し出した。
「さて、まずは恵梨香殿。きちんと名乗りもせず申し訳なかった。私はヴァンクリール国ベルモア領を預かっている辺境伯、アンバー・ベルモアだ。そなたらが現れた《聖女の神殿》は我がベルモア領にある。今後、困ったことがあれば、何でもいってほしい。そなたらのことは国王より頼まれているからな」
「あ、ありがとうございます。私もきちんとしてなかったですね。日本という国から来ました、吉沢恵梨香です。えっと高校3年で、剣道部……。っていっても分からないか。年は17歳です。……気になってたんですが、ベルモア卿っておいくつなんですか?」
「それ!私も気になってたの!」
有紗も興味しんしんなようだが、ベルモア卿の様子がおかしい。
「私の年か……。うむ………」
何か言いにくそうにしている。
答えづらい様なことを聞いてしまったかな?と思っていると、シャロッツがクスクスと笑いだした。
「すみません、恵梨香様、有紗様。ベルモア卿は年が若いのを気にしておられるのです。他の貴族の方からよくからかわれるので」
「シャロッツ!余計なことを言うな。気にしてなどおらん!……私は14だ。この国の成人は16だから、成人前に辺境伯となった私に色々と言ってくるものもいるだけだ。気にしてない」
「14歳!?中学生で仕事してるって感じか。すごい!かっこいい……」
私が驚いていると、真っ赤になったベルモア卿が早く食事を始めようと、使用人たちに指示を出した。
洋食のフルコースをご馳走になり、満腹な私たちは疲れもあって早々に部屋へと戻った。
食事が始まったとき、ベルモア卿は料理を先に全て運ばせて、使用人たちを下がらせてくれた。
最低限の給仕のためにベルモア卿の執事が1人いたが、お陰であまり緊張せずに食べることが出来た。
すごい気配りだ。
これが貴族か……と感心する。
私と最初に出会ったときも、膝を震わせながら恐ろしい相手に立ち向かっていた。
国のために命をかけるなど簡単に出来ることではない。
まして、ベルモア卿は14歳だ。
本当にすごい。
部屋にかえってうとうとしながらそんなことを考えていた。
それからしばらくたつと、だんだん目が冴えてきてしまった。
おそらく馬車の中で眠っていたからだろう。
夜風にあたろうと部屋についていたバルコニーへ出た。
部屋は1階だったので、バルコニーからは屋敷の庭におりられるようになっていた。
庭は芝生が辺り一面生い茂り、中央には噴水が静かに水音をさせながら流れている。
夜だったが、この庭はほんのりと輝いていて明るい。
おそらく、あの芝生が光の原因だ。
芝生全体が淡い光を放っている。
そしていたるところに花が咲いた花壇があり、ベンチやガーデンテーブルなどが置いてある。
私は芝生に下りると噴水の方へ向かった。
側にあったイスに座ると、噴水の中を覗いた。
段々になった噴水には、その段ごとの水槽のなかに魚がいた。
尾ひれがが長く、胴はシュッとしている魚は優雅にヒレをなびかせて泳ぐ。
カラフルな魚は何匹もいて、とても美しかった。
夜風もほどよく吹いていて、とても気持ちがよかった。
心地よくてまた眠気が出てきたのでそろそろ戻ろうかと立ち上がると、噴水の水しぶきの向こう側で何か光が動いたように見えた。
気になったので、そちらの方へ歩いていく。
花壇や生け垣が、段々と迷路のようになっている。
なんとなくその間を歩いていくと、目の前にガラスで出来た建物が現れた。
一軒家位の大きさのそのなかに、噴水のところで見た光が動いた。
建物の入り口を見つけノックをしようと思ったが、入り口もガラスで出来ていたので諦めて声をかけることにした。
「あの、すみません……」
夜だったし、小さく声をかける。
すると中から返事が返ってきた。
「誰だ………。その声、恵梨香殿か?」
中で揺らめいた光がこちらへ向かってくる。
近くまで来ると、なかにいた人が誰かわかった。
「ベルモア卿だったんですか。すみません、夜遅くに」
「いや、恵梨香殿こそこんな夜更けにどうされたんだ?眠れないのか?もしや、昼間にどこか怪我でも………」
扉を開けてベルモア卿が心配そうに聞いてくる。
「いえ、ちょっと目が冴えてしまっただけです。光が見えて追ってきたんですが、ベルモア卿はここで何を?」
私が聞くと、困ったような顔をした。
「この時期の、夜しか咲かない花を見に来たんだ。恵梨香殿もと言いたいが、こんな夜更けに温室とはいえ女性と同室になるのはな。すまない」
確かに、少年とはいえそれはよくないだろう。
だけど、そんな花を見てみたいとも思った。
「そうですね。見てみたかったですが、諦めます。お休みなさい」
残念だが部屋に戻ろうと、来た方の道へ振り返った。
すると、後ろから腕をつかまれ、帰ろうとする体を引き留められた。
思わず振り向くと、ベルモア卿が私の腕を掴んでいた。
「こっそり………。ちょっとだけだったら、大丈夫じゃないかと。ちょうどさっき咲いたものがあるんだ」
ベルモア卿のお家にお泊まりです!
客人に合わせて気配りができる男、ベルモア卿!
夜の庭、次話に続きます!
思ったより長くなったので、分けました。
次話こそは、王都へ行けるといいなー。
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