5 これからのこと。
ベルモア卿がギョッとした顔をし、慌てた様子で言った。
「ぜ、前例が無いだけで、まだ本当に帰れない訳じゃないかもしれない。なにか方法が無いこともないかも知れないな!まだ何も分かっていないのだから、帰れないということも確定ではない可能性もあるわけだが、まだそれも分からないということも…………」
私が泣いている原因は自分だと思ったのだろう。
慰めようとしてくれたことは、素直に嬉しかった。
私と目が合うと、下を向いてしまったベルモア卿に私は話しかけた。
「異世界とか……信じられないけど、来ちゃったものは、仕方がないもかも知れないですね。すいません、泣いちゃって」
涙を手で抑えて言うと、ベルモア卿はパッと顔を上げた。
懐からハンカチをだし、私に渡してほっとしたようにはにかんだ。
受け取ったハンカチで涙を拭うと、私は気持ちを切り替えて、聞いた。
「異世界のことはまあいいです。それより、私たちはベルモア卿になぜ攻撃されたんですか?石を投げたりしましたよね?」
私の言葉に、ガタっと席を立ってシャロッツが反応した。
「石ですって!?ベルモア卿、まさかあれが!!」
急に慌てだしたシャロッツの顔色がどんどん悪くなる。
それをなだめるようにベルモア卿はシャロッツに着席をうながす。
「ああ、恵梨香殿に投げた石。あれは魔族を識別する石で、闇の魔力にも反応する。恵梨香殿が触れると石が黒く変色しただろう?あれがそうなんだが……」
「それでは!恵梨香様は魔族……」
また立ち上がったシャロッツの目には、怯え、恐れ、憎しみ……。
そんな感情がありありとみてとれた。
「シャロッツ、座れ。言っただろう、石は闇の魔力にも反応する。恵梨香殿はおそらく魔族ではない。それに………」
「なんですか、ベルモア卿。恵梨香様が魔族ではない根拠は!?」
「落ち着け、シャロッツ。石は黒く染まったんだが……。これがその石だ」
ベルモア卿は有紗から石を預かっていたのだろう。
懐から赤い布に包まれた物を取り出すとテーブルに置いた。
ベルモア卿が包んでいた布を開くと、あの透明な石が現れる。
「これは……石は透明ですが?黒く変色したのですよね?」
シャロッツは石に顔を近付けてまじまじと見ている。
「ああ、石は変色した。だから俺も恵梨香殿が魔族であると判断し、門を突破される前に倒そうとした。だが、有紗殿が石を持つと、変色した石がもとに戻ったのだ」
「あり得ません。石は変色すればもとに戻すことなど不可能です」
「そうだ、だが俺は見た。確かに石がもとにもどるところを」
信じられない……、と呟きながらシャロッツはへたりこむようにイスに座った。
「門も伝承通り、白の扉となって開いた。おそらく有紗殿は救国の聖女だと思われる。そして、恵梨香殿は宵闇の巫女だろう」
「聖女の門が開いたのですか!?有紗様が開いたと……。それなら石に奇跡が起こってもおかしくないですね」
「聖女と、巫女?」
私が聞き返すと、シャロッツが説明を始めた。
「まず、救国の聖女様についてご説明します。いにしえの時代、魔族が全盛にあり、人は滅亡の時を迎えていました。しかし、1人の聖女様がこの世界に誕生したのです。聖女様が誕生すると魔族は次第に衰退していきました。聖女様はこの世界に存在するだけで魔族を退けたのです。聖女様が誕生して20年で純血の魔族は滅びました。しかし聖女様も、その凄まじい力は常に命を削るものだったようで、20歳で聖女様はお亡くなりになったのです。聖女様は最後の力でこの《聖女の神殿》をお造りになりました。また世界に危機が迫るとき、聖女はこの門を開くだろうと……」
「有紗殿には説明をしたが、おそらく有紗殿が聖女だろう。今は世界に危機など迫ってはいないのだが……」
ベルモア卿は考え込むように腕を組んだ。
「なぜかは分からないが、聖女が異世界から訪れた。きっとこれから世界になにかが起こる。そのために聖女が召喚されたのだろう」
その言葉にシャロッツもうなずいて肯定する。
「そうですね。きっと聖女様の采配でしょう」
「有紗殿には今後聖女の力を使う訓練を行い、王国の守護や危機の対応などの相談など様々なことをこなして貰わねばならぬやもしれん。おそらく王宮へ住まうことになるだろう」
そこで私は気付いた。
「ちょっと待って。聖女はその力のせいで早死したんでしょ?じゃあ有紗は、有紗はどうなるの!力を使う訓練なんて、そんなことして何かあったら!」
「落ち着け、聖女が魔族を退けた頃は、世界に魔族の放つ邪悪な瘴気が満ちていた。それを押し退けるだけの力を常に放出していたのだ。力の消耗はそれこそ並の命なぞあっという間にすり減るようなものだったであろう。だが、今のこの世界には魔族はいない。魔物はいるが、魔族に比べれば、瘴気はほとんどでていない。命を削るようなことはないだろう」
それを聞いて、ひとまず安心する。
でも、これからなにか起こるなら安心ばかりしていられない。
どうすればいいかはわからないが、なにか対応策を探しておかなければならないだろう。
「訓練も今まで聖女が何をしていたか学ぶ程度だ。他に力を使えるものなどいないのだからな。それから、恵梨香殿。そなたはおそらく宵闇の巫女だ」
ベルモア卿が私に視線を向けた。
「宵闇の巫女?」
「それも私が説明します。宵闇の巫女は闇の魔力を持つもののことを指す言葉なのですが……。闇の魔力は、その。魔族が多く持つとされていて、人が持つことは稀なのです。ですから、あの……。現在は、差別の意味合いが強く、生きるためには王国の保護を必要とする者のことなのです」
シャロッツは言いにくそうにそういった。
なるほど、これで府に落ちた。
「わかった。私はこの世界では迫害される対象だってことね。もしかして、その闇の魔力って、結構多かったりする?」
あの時のベルモア卿の対応。
あれだけ怯えていたのだ、きっとそれなりの理由がある。
ベルモア卿が申し訳なさそうに応えた。
「恵梨香殿の闇の魔力はこの石が一瞬で全て真っ黒になるほどだ。この国では最大の魔力を持っている。それこそ、魔族に匹敵するほどの魔力量ではないかと」
「やっぱり。そうじゃないかと思った」
私が吹っ切れたように言うと、有紗が私の袖をつかんだ。
「え、恵梨香ちゃんが迫害の対象だなんて!そんな……。私が恵梨香ちゃんのことを保証します!恵梨香ちゃんは魔族ではありませんし、人に危害を加えるようなことはありません!……聖女の言葉ではみんなを納得させられないでしょうか?」
ベルモア卿たちの方を向いて、有紗は言ってくれた。
だが、私はこれ以上有紗の足手まといになるつもりはない。
苦い顔をする2人に、私は言った。
「有紗、あんまり無茶言ったらダメだよ。ベルモア卿、シャロッツさん。私はこれからどこへ行けばいいですか?国に保護されるんですよね?」
「恵梨香ちゃん!?」
ベルモア卿たちはほっとした様子だ。
「すまない。宵闇の巫女を保護している施設があるのだが、そこへ入るのが普通だ。だが、まだどうなるか俺の一存では決められん。まずは皆で国王のもとへ向かい、王の判断を仰がねばならんだろう。今日はもう王宮へは向かう時間がないので、我が屋敷へ泊まっていただくことになるだろうが、かまわないか?」
私たちはベルモア卿の言葉にうなずく。
それからしばらくしてベルモア卿が手配した馬車が神殿へと到着した。
ベルモア卿は自分で乗ってきた馬に乗ると、馬車の横を走った。
生まれて初めて馬車に乗ったが、道の揺れが心地よく、緊張の糸が途切れたのもあり、気がつくと有紗にもたれ掛かって眠っていた。
そして、馬車から降りるとそこには大きな城があった。
聖女のこと、巫女のこと、説明はしてもらったけど、よく分からないことだらけ。
でも、出来ることからやっていくしかない!
とりあえず今やることは王様に会うこと!
次話は、王宮へ行きます!
たくさんの方が読んでくださってありがとうございます!
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